真夜中に愛猫とキスを

八百十三

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第1章 高次元存在との接触

第3話 契約締結

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 弁当を食べ終わり、味噌汁も飲み終わり、ゴミを片付けた後も、俺はわらびと話をしていた。本当だったらさっさとシャワーを浴びて寝たいのだけれど、わらびの話が気になって気になって仕方がない。

「それで、『契約』っていうのは?」

 要点を整理しながら踏み込んでいくと、再び獣人姿になったわらびが人差し指を立てながら言った。

「低次元存在である人間に対し、高次元存在である私たちが接触し、高次元に踏み込む許可を与える処理、それが『契約』です。『契約』締結によって対象者は高次元存在へと昇華され、四次元からもたらされると、『神』との交信が可能となります」
「えっ」

 説明をする中で、何でもないように発せられた言葉に俺は目を見開いた。同時に声も漏れたが、誰だってこんな話を聞いたら声が漏れるだろう。
 なんだ、特殊能力って。それに「神」との交信ってどういうことだ。

「特殊能力?」
「今、この状態では実感がないかもしれませんけれどね」

 おうむ返しする俺に、苦笑しながらわらびが言った。
 確かに今この場には、俺とわらびしかいない。交信出来るようになったといったって、別に今わらびのものではない声が聞こえているとか、そういうことも無い。至極、いつも通りの夜中だ。
 何が変わって、どんな特殊能力が使えるようになったのか、今の時点ではさっぱり分からない。それの説明をすることも無く、わらびは立てた人差し指を俺の方に向けてくる。

「それに、ご主人様と締結した契約は『』といって、一番簡素な契約です。これより上に二次契約、三次契約、四次契約とありますが、契約次数が上がるほどに高次元存在に近づきますが、要求するものが重大になります」

 立てる指を一本一本増やしつつ説明するわらびだ。どうもわらびと俺の間で結ばれる契約にも、何種類かあるらしい。
 だが、それはそれとして。俺は先程のわらびとのディープキスで、いったい何を彼女に持っていかれたというのか。噛まれたりしたわけでもなく、舌を絡ませ合っただけだと思うんだけれど。

「よ……要求するものって、じゃあさっきのディープキスで、わらびは俺に何を要求したっていうんだ?」
「ご主人様のです」

 もしかして先程のキスで魂とか持っていかれたんじゃないか、と思って恐る恐る問いかけると、わらびの返答はあっけらかんとしたものだった。
 そして唾液、という答えに、俺はとてもほっとする。なんか変なものを持っていかれたり、逆にわらびから何か変なものを流し込まれたりしないでよかった。
 が、安心したのも束の間、わらびがとんでもないことを言いだした。

「一次契約では唾液を、二次契約では血液をいただきます。三次契約では……その、何らかの体液を。そして四次契約ではをいただくことになっています。もっとも、三次契約の時点で高次元存在そのものになれ、時間軸の観測と移動を行えるようになるので、四次契約まで至る例はほとんどありませんが」
「えっちょっ、性行為って、えっ」

 これまたあっけらかんと、いっそ事務的にも聞こえるような口調で話すわらびの口から飛び出した言葉に、俺は明らかに動揺した。
 二次契約の血液はまだいい。四次契約の心臓も、まぁ、よくはないがいい。問題は三次契約だ。
 わらびは一瞬言葉に詰まりながら「性行為」と言った。それってつまり、わらびと俺がということなのか。
 念のため言うが、俺はケモナーではない。普通に人間の女性が好きだ。今はわらびは獣人姿になっているが、致すというならさっきまでの人間に猫耳猫尻尾が生えた姿の方がいいし、なんなら耳と尻尾も引っ込めてもらいたい。
 だがそれ以前にだ。わらびは俺のペットで、家族である。そのわらびと致すというのは、やはり心理的に抵抗があるのだ。
 内心パニックになる俺の気持ちなど一切合切無視しながら、ちょっと頬を染めながらわらびが話し続ける。

「まぁ、我々、無性と申しますか、男性性にも女性性にもどちらにもなれます上、変身能力も備えておりますゆえどのような姿にもなれますから、私たち本来の姿がお好みでないということでしたら、ご主人様のお好きなように」
「いやいやいや、待って待って待って!?」

 そう言いながらさっさと変身して、人間女性の姿になるわらび。ちょっと心の中を見透かされたような気がして、余計にパニックになる俺だ。もうわらびの姿を直視できない。
 というか、俺の好みを熟知しているかのようにわらびは、胸が大きすぎず、しかし小さくもない、目がぱっちり大きくて髪がさらっとしてほどほどに短い女性になってきた。ここまで好みに寄せて来られると、逆に怖い。
 そうして目を背けつつわらびを制止した俺の言葉をどう勘違いしたか、ますますとんでもないことを言い始めるわらびだ。

「あ、もしより方がお好みでしたらそのように対応も」
「待って待って待って、違う違う違う!!」

 余計に口調を強くして、わらびの言葉を制止する俺だ。
 さっき、彼女は性別も自由自在だと言った。つまり男にもなれるということだ。それは別にいい。そういう姿が必要になる時もあるだろう。
 問題は、その姿ことを考えたという点だ。
 誓って言うが、俺にはそっちの趣味はない。普通に異性が好きだし、普通に異性と致したい。同性と致すとか、なんなら俺がされる側に回るとか、考えたことも無いのだ。
 思わず強い口調になりながら、俺はわらびに告げる。

「俺は別にホモでもないし、わらびと致すつもりもないし、それにその前に、俺に備わったとかいう『特殊能力』についての説明が欲しいな!!」
「ああなるほど、道理ですね」

 頼むから致すことについてこれ以上話さないでくれ、そう言外に懇願する俺の目を見たわらびが、納得したように頷いた。
 実際、俺の特殊能力のことを俺はまだちっとも聞いていない。いい加減教えてほしいという俺の要求を、ようやく彼女は汲んでくれた。自分の右目を指さしながら、わらびが言う。

「ご主人様は私わらび、正式名『キネスリス・グウィン』と契約されました。それにより特殊能力『真実視しんじつし』に開眼されています」

 そしてわらびの発した能力の名前を聞いて、俺はきょとんとするので精いっぱいだった。真実視。聞いたことがない能力だ。

「な……なにそれ?」

 素直に、眉根を寄せながら問いかける。俺の質問に、右目を光らせながらわらびは話した。

「人の手によって隠された、見えざるものを視る能力です。例えば霊、例えば三次元に属する神、あるいは人に紛れた高次元存在など」
「うえ……」

 それを聞いて、げっそりした表情になる俺だ。
 何と言うか、すごく疲れそうだ。今まで見えていなかったものが見えるようになるというのは、便利である反面情報量が増えて疲労することが多くなる。
 実際、SNSなんかをやり始めた時もそうだったのだ。今まで意識しなかった情報とか、知ることのなかった情報とかが入ってくるようになって、その情報の多さに慣れるまでに時間がかかったことを思い出す。
 そんな俺の肩を叩きながら、わらびが優しく言ってくる。

「明日、会社にご出社なさる時に実際に町を見てみるとよいでしょう。どれだけ人ならざるものがこの三次元世界に跋扈ばっこしているか、分かるかと思います」

 彼女の言葉に、俺はため息で返す。そんなにか。そんなにこの世界は高次元世界や低次元世界からあれやこれやと手を出されているのか。
 俺が呆気に取られていると、ふとわらびが立ち上がった。俺に手を伸ばしながら、優しく笑う。

「さあご主人様、また明日もお仕事なんでしょう。今日はシャワーを浴びて、ゆっくりお休みになってください。明日からは私もご一緒しますから」
「えぇ……!?」

 その手を取ろうとして思わず身体を硬直させた。
 ご一緒するって。会社についてくるということだろうか。何をどうやって。
 頭に疑問符を浮かべる俺の手を取りながら、わらびはにこりと笑って俺を風呂場へといざなうのだった。
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