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第3章 邂逅と恐怖

第35話 着ぐるみ士、文句を言われる

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 ジャンピエロの町を出発して、魔狼の姿で駆けること、およそ四時間。ヤコビニ王国北西部にあるザンドナーイ峡谷の、はずれに設営されたキャンプ地にて。
 「踊る虎ダンザティーグレ」のノーラ・マンノーイアはものすごく渋い顔をして、魔狼姿の俺を見上げていた。

「いやいいわよ? アタシはあのクソ勇者とは金輪際顔を合わせたくないけれど、アンタとは別に何の確執もないし、むしろ率先してあのクソ勇者を抑えてくれていたんだし」
「はあ……」

 強い口調で、半ば呆れられながら言われ、俺は彼女を見下ろしながら両の前脚を揃えて座っていた。いわゆる、おすわりの姿勢だ。
 そんな俺を睨みつけながら、ノーラがびしりと指を突き付けてくる。

「ただそれはそれとして、なにしれっと人間辞めてバケモノになってるわけ? アンタには人間ウマーノの自負ってモンが無いの?」
「それは……別に……」

 キツイ物言いを容赦なくぶつけてくる彼女に、俺は何を言い返すことも出来ない。
 人間ウマーノの自負なんて言われても、そんなもの、人間ウマーノだった頃から持っていたわけもない。特にそこに、何の意識もなかったからだ。
 俺の力ない言葉にますますヒートアップした様子で、ノーラが思い切り噛みついてくる。

「別にも何もないわよほんとに。なにそのとんでもないレベルにステータスにスキル。しかも『着ぐるみの魔狼王』の異名持ち? バカじゃないのほんとに?」
「うう……」

 フェンリルの俺よりもよほど雄々しい態度で接してくるノーラに、俺は困ったように彼女の後ろに視線を投げた。そこには「踊る虎ダンザティーグレ」の二人と「七色の天弓アルコバレーノ」の三人、計五人が困ったように俺を見上げている。
 その中でも最も困惑した表情をした弓使いアーチャーの男性が、ノーラにおずおずと声をかけた。

「の、ノーラさん、その辺にしてあげましょうよ……ジュリオさん、困ってますよ……」

 「七色の天弓アルコバレーノ」のリーダー、アルフィオ・ファイエッティが発する言葉に、ノーラの猛獣のような栗色の瞳が彼へと向けられる。
 その瞳の鋭さにアルフィオが小さくすくみ上る中、ノーラが鼻息を吐き出した。

「アルフィオ、アンタはジュリオと顔を合わせたことないだろうから素直に受け止められるでしょうけどね。アタシ達はそうじゃないの」
「ほんとですよねー、こないだまで本当に一介の冒険者だったはずのジュリオさんが、今や世界最強の魔狼王ですもの」

 「踊る虎ダンザティーグレ」の治癒士ヒーラー、ミルカ・マルドロットがノーラに同調すると、彼女の同僚である付与術士エンチャンター、ロセーラ・サルチェも肩をすくめた。

「まぁ、ノーラが言いたい気持ちも分かるさ。私達は顔を知っているから、余計にな」
「僕達は『白き天剣ビアンカスパーダ』とは面識が無いので、今のステータスだけしか知りませんけれど……皆さんはそうじゃないですものね」

 「七色の天弓アルコバレーノ」の斥候スカウト、トーマス・パッジが頬をかきながら言うと、アルフィオが大きく何度もうなずいた。
 Aランクパーティー「七色の天弓アルコバレーノ」とは、顔を合わせるのは今回が初めてだ。調査や探索に長けたパーティーで、様々な現場に赴いては現地の異常を的確に探し当てる技量を持つ。その著名さは、ランクに関わらず大陸全土で有名だ。
 そんな彼らの言葉を聞いて、ますます身を小さくする俺だ。

「いや、まぁ、その、ほんとにその通りなんですけれど……」

 その通りだ。「踊る虎ダンザティーグレ」の面々からしたら、言いたいことは山のようにあるだろう。なにしろ数日前まで、俺のステータスは一般的な冒険者の範疇に、ちゃんと収まっていたのだから。
 困り顔になりながらなんとか言葉を探す俺に、後方からウルフの姿に戻ったリーアとサンダービースト本来の大きさに戻ったアンブロースが言葉を発した。

「ねージュリオ、あたし達いつまで待てばいい?」
「さっさと本題を切り出さぬか、こうしている間にも不死鳥フェニックスは命を削られているのだぞ」

 彼女たちの言葉に、ようやく冒険者たちも本来の目的を思い出したようで。
 深くため息をついたノーラが、今までずっと静かにしていた最後の一人に目を向けた。

「はーっ、雷獣王にまで言われちゃしょうがないわ。アニータ、説明してあげて」
「はい、分かりました」

 彼女の言葉を受けて一歩前に踏み出したのは、「七色の天弓アルコバレーノ」の捜査士サーチャー、アニータ・マンガーノだ。
 特殊レアクラスの捜査士サーチャーは、文字通り調査と探査に特化したクラスだ。魔物や動物の調査、捜索、特定。さらには魔力の発生源や吸収点の捜査もお手の物。高ランクになると、冒険者ギルドの使役する物見鳥リトルバード数羽分の仕事を、一人で担えるようになる。
 そんな彼女が、俺の顔を見つめつつザンドナーイ峡谷の方へと手を伸ばす。

「このザンドナーイ峡谷で大規模な魔力枯渇が発生し、ここに巣を作っているフェニックスが命の危機に貧している……そこまでは、ジュリオさん達もギルドから説明を受けていると思います」
「確かに」

 彼女の説明にうなずく俺だ。確かにその辺りは、既にギルドから話を聞いている。問題はその先だ。

「フェニックスは魔力枯渇によって命を繋ぐための炎魔法を使えず、どんどん衰弱しています。既に雛の中で、命の危機に瀕した結果、巣から引き上げ私達の方で体温維持をしている子も出ています……このままでは、如何に不死のフェニックスと言えど、命が危ぶまれるでしょう」
「そんな……もうそんなことに、なっているなんて」

 続けられたアニータの説明を聞いて、リーアが悲痛な声を上げる。
 冒険者の手で保護され、体温維持を行わなければならないほどとは、相当状況が悪い。これは早いところ、フェニックス自体も救出してやらないとならないだろう。

「はい。魔力枯渇の原因については私達も『踊る虎ダンザティーグレ』と協力して、それが渓谷の底……そのさらに地下にいることまでは突き止めました。ですが、魔法を封じられた状態で倒すとなると至難の業です」

 残念そうに眉尻を下げながら話すアニータ。その話を聞きながら、アンブロースがすんと鼻を鳴らして口を開いた。

「そうもなろうな。一般に人間の冒険者は、魔法を用いて能力の底上げを図っている。それが封じられるとなれば、並大抵の者では魔力を溜め込んだ相手を倒すのは、困難を極めるだろう」
「くっ……」

 彼女の物言いに、ノーラが悔しそうに声を漏らしつつ歯噛みした。ともすれば挑発するような言葉ではあるが、ノーラはうつむきながらも静かに声を発する。

「……アンタの言うとおりよ、雷獣王。でも、最初から桁違いなステータスを持ってるアンタ達なら、魔力による底上げが無くても、アイツを倒せるはず」
「ノーラさんの言う通りです……道中までのサポートは僕達がするので、皆さんにはあいつの撃破を、お願いしたいのです」

 ノーラの言葉を継いで、アルフィオも口を開く。そして俺達に、冒険者六人が揃って頭を下げた。
 その姿に、俺は内心で驚きの声を上げた。あのノーラ・マンノーイアが、『八刀』のアルヴァロにすらなかなか頭を下げなかった者が、他の冒険者に頭を下げるだなんて。いや、俺を真っ当な冒険者の枠に当てはめていいのかは疑問だが。
 そんな彼らの姿をぐるりと見まわして、俺は大きくうなずく。

「分かった……引き受けます。それで、この峡谷の底には、何が居るんですか」

 俺の言葉を聞いた六人が、弾かれるように頭を上げた。その顔には見るからに喜びの色が見える。
 そして、「何が」の言葉を受けて、ノーラが皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「……ハハ、聞いて怖気づくんじゃないわよ?」
「それは果てのない渇望の化身、奪い尽くしてもなお欲する者……後虎院ごこいんの一、『さくの月』のアニトラの配下」

 彼女の言葉の後を継いで、アニータが再び話を始める。と、その告げられる説明を、名前を聞いて、リーアとアンブロースが揃って息を呑みこんだ。
 その説明、呼称。更には「後虎院ごこいん」の一人の名前。
 まさか、ここにいるのは。

「『枯らす者』エフメンドです」
「『枯らす者』……!?」
「エフメンド、だって……!?」

 俺の喉からも、驚愕の声が漏れる。
 『枯らす者』エフメンド。魔王の側近集団「後虎院ごこいん」の直属の部下、すなわち魔王軍の大幹部がこの現場にいることに、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
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