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第18話 国王と王子の困った癖

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 翌日、内勤の仕事に入ってから。いつものように来店して、4番テーブルの私をいつものように指名してきたパーシヴァルさんに、私は国王様と王子様の醜聞について話をしていた。
 カミーユさんから聞いた話に、ベッキーさんとの雑談で聞いた話。その両方をいくらか掻い摘んで話すと、パーシヴァルさんは口をへの字に曲げながら顎を掻いた。

「ははあ、なるほどね」
「情報の出どころがカミーユさんなんで、なんか妙に信憑性もあって……パーシヴァル様は外務庁の方ですから、そういう話も実態を知っているんじゃないか、と思ったのですけれど」

 そう、パーシヴァル・コンラッド伯爵は外務庁にお勤めの外交官だ。であれば、国外の要人を招いたパーティーや、国王様や皇太子様が国外に行かれた時の話なんかも耳にしているはず。そういうふうに、期待を込めて問うてみたわけだ。
 果たして、彼は苦笑しながらこくりと頷く。

「お恥ずかしい話ではあるんだが、概ね真実だね」
「えぇー……なんでそれ、外交問題に発展してこなかったんですか。すごく不思議なんですけれど」

 げっそりしながら、パーシヴァルさんのワイングラスに開栓したばかりの「アイヴィー」を注ぐ。とっとっと音を立ててグラスに満ちていく赤紫色の液体を見つめながら、パーシヴァルさんが目を細めた。

「ああ、問題になることは今までなかった。何故なら、たとえ相手が既婚者であったとしても、男性が進んで女性に声をかけることは、上流階級の社会においては社交辞令・・・・だったからだ」
「社交辞令……ですか?」

 その言葉に、ワインボトルの口を引き上げながら私が首を傾げる。社交辞令とは、随分言ってくるものだ。そりゃあ、地球とアーマンドじゃセクハラの基準も、男女の接し方の標準姿勢も大きく違うとは想うけれど。
 首をかしげる私からワインボトルを取り上げ、返す手で私のグラスに「アイヴィー」を注ぐパーシヴァルさんがにっこりと笑って口を開く。

「そう。例えばリセ、君が着飾って一番街通りを歩いていたとしよう。その際に、明らかに身なりのいい男性から、容姿を褒められたとする。どう感じる?」
「うーん……」

 そう問われて、私は柄にもなく真剣に考えた。
 一番街通りで着飾って歩いていた場合。そうなると例えばパーティーに出席する途中とか出席した帰りとか、あるいは一番街通りの店舗を舞台にして同伴の仕事が入った時だろう。そして声をかけてくるのは身なりのいい男性。となればお貴族様か、商人か、あるいは軍人か。いずれにせよ素性の明らかな人間であることは確かだ。一番街通りみたいな場所で浮浪者が女性に声をかけるなど、それこそしょっぴかれても文句は言えない。
 なるほど、そういうタイミングで声をかけて容姿を褒めてくるなら、お世辞として受け取るのもやぶさかでない。

「まぁ、その、嫌な気持ちには、ならないですけれど」

 私の回答に、パーシヴァルさんがワイングラスを持ち上げながら笑いかけてくる。既に私のグラスにもワインは注がれた後。ボトルはテーブル上に置かれていた。準備は万端だ。
 グラスを持ち上げて軽くかわし合うと、戻したそれに口をつけたパーシヴァルさんが、憂うように目を細めた。

「だろう? だから陛下や皇太子殿下がパーティーで女性の方々に声をかけても、嫌な顔はされなかった。しつこく迫ったり、肌吸いしたりなどの少し行き過ぎた行為があれば、王妃様や王子妃殿下が引き止めて、それで仕舞いだった」

 そう言って、再びワインをくい、と。その様子は明らかにこの国のトップの状況を憂いているようだ。二口目を大きく飲んだパーシヴァルさんが話を続ける。

「ところがここのところ……大体一年くらい前からかな。お二方のそういう、目に余る言動が徐々に増えてきて、王妃様や王子妃殿下が気を揉むことが増えてきた。今ではお二方が酔っ払わないよう、周囲の人間が厳しく酒量をチェックする有様だ」
「はー……」

 その言葉を聞いて、ため息をつく私だ。それはまたなんとも、一国のトップが酒席で振る舞う姿としては格好がつかない。
 どうやら本当に、エドワード7世とリチャード王子の酒乱ぶりは目に余る様子らしい。王妃様の心痛たるや、いかばかりのものだろうか。自分の夫と息子が揃って酒乱で、他国の要人に迷惑を掛けるなど。
 それにしても分からない。話を聞いている分には、この両名は元々お酒に弱かったという様子では無いように聞こえる。

「なんでまた、そんなことに?」
「分からない……陛下がお酒に酔いやすくなられた、というのならご高齢ということもあるから仕方がない話だが、王子殿下も一緒にそうおなりだし、お二方とも揃って、分かりきったように既婚者の女性にアプローチをかけに行っている。未婚だと分かった女性には目もくれられない」

 私が問いかけると、パーシヴァルさんはゆるゆると頭を振りながら三口目を含んだ。既にグラスのワインは半分以上減っている。酒豪の彼だからこの程度ではなんとも思わないだろうが、少々ペースが早いようだ。
 それだけ、この問題が深い根を張っているということなのだろう。一介の外交官である彼だからこそ、心労は重くのしかかっているに違いない。

「酒に酔われていなければ名君なんだけどね……最近は私も上司も、パーティーのたびに気が休まることがないんだ。アーマンドの国々は、基本的にどこも昼から飲酒する文化があるから、パーティーの時間をずらしても酒はついてまわるし……」
「ふーん……なんか、あれですね」

 嘆かわしいという風に話すパーシヴァルさんの話を「アイヴィー」を飲みつつ聞いていた私は、ふと、思いついたままの言葉を何気なく発した。

誰かが王様達に・・・・・・・人妻趣味を吹聴した・・・・・・・・・みたいな話ですね」

 私の発したその言葉を聞いて、パーシヴァルさんが動きを止めた。それはもう、ぴたりと。テーブルに置こうとしていたワイングラスの中で、ワインの液面がゆらりと揺れる。

「……うん? リセ、今なんと」

 目を数度ぱちくりと瞬かせた彼が、私に視線を向ける。それを見て私も数度目を瞬かせてから、もう一度その言葉を繰り返して言った。

「え、誰かが王様達に『人妻趣味を吹聴ふいちょうした』と」
「ほう……ほーう、なるほど」

 私の言葉、恐らくは『人妻趣味』というワードに。パーシヴァルさんは明確に反応した。手に持ったままのワイングラスをもう一度持ち上げ、中のワインをぐいと一息で干す。
 グラスを滑らせるようにテーブルに置くと、彼は急いで席から立ち上がった。

「あの、パーシヴァル様?」
「リセ、すまない。ちょっとタニアと話をしたいので席を外す。タニア」
「はい?」

 私が問いかける声に僅か振り向く程度で済ませながら、パーシヴァルさんがカウンターに向かっていく。その行く先にはタニアさんが、キョトンとしてこちらに目を向けていた。
 二言三言会話を交わし、二人は店の奥へと入っていく。残された私は、何が何だかさっぱり分からない。6番テーブルから厨房に向かおうとしていたキャメロンさんが、訝しむような目を私に向けてきた。

「ねえリセ、貴女パーシヴァル卿に何をお話されたの?」
「いや……何、って言われても」

 何をと言われても、私にもさっぱりなのだ。一体何が、そんなに彼の琴線に触れて、そして気付きをもたらしたのか。
 手持ち無沙汰になって、ワインを飲むだけになった私。所在なさげに「アイヴィー」を飲み進めて、瓶の半分が空になったくらいだろうか。パーシヴァルさんとタニアさんが店の奥から出てきた。何やらタニアさんが恐縮しきって、しきりに頭を深々と下げている。

「ありがとうございます、必ずこちらも、最大限の努力をさせていただきます」
「よろしく頼むよ。日程の調整が済んだら追って連絡する。リセ、すまないが今日はこれで失礼するよ。緊急の案件が出来た」
「えっはい……またのお越しを……」

 軽く彼女に挨拶をすると、パーシヴァルさんはつかつかと4番テーブルに向かってきて、テーブルの下に置いていたセカンドバッグを掴んだ。そこから財布を取り出し、ワイン一本分にしては随分多い額を残して去っていく。私への挨拶も非常にそっけない、というか慌ただしい。
 呆気にとられたまま、パーシヴァルさんが去っていった店の入口を見つめる私の後ろから、タニアさんが額を押さえながら近づいてきた。テーブル上に残された代金を取りながら、深くため息を吐いている。

「はー……これはうちの人にも話しておかなくちゃ」
「タニアさん、何があったんです? さっきのお話……」

 突然の事態に、私は何が何だかさっぱり訳が分からない。タニアさんに問いかけるも、彼女は小さく頭を振るばかり。テーブルに残されたパーシヴァルさんの使ったワイングラスを手に取って、彼女はくるりとこちらに背を向けた。

正式な通達・・・・・があってから、改めて皆に話すわ。それまでは、普段どおりに仕事をしてちょうだい。その『アイヴィー』は飲んじゃっていいから」
「……? はい」

 4番テーブルに一人残され、私は力なく返事をするしか無い。次のお客さんがやってくるまでは、ここでこうしているほか無いわけで。
 私は仕方なく、テーブルに残された「アイヴィー」を自分のグラスに注ぐ。口に含むと心なしか、いつもより苦味が立っているような気がした。
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