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第2話 ここはどこ?私は誰?
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先程までいた酒場らしき場所の、バックヤードと思しき部屋の中で。
私は木製の椅子に座らされて、同じく木製の椅子に腰かけたベッキー・リントンと名乗る女性と向かい合っていた。耳が長いのは細耳族という種族だかららしい。
私のことを話し、彼女から話を聞いて、私は情報をまとめるべく口を開く。
「はぁ、つまり私のこの身体は弓耳族25歳女子、リーゼ・マルボローで」
「はい」
この身体の本来の持ち主、いわゆる地球の人間と同じ弓耳族であるリーゼの名前を出せば、彼女は頷き。
「ここはラム王国の王都クリフトン、三番街通りにある『赤獅子亭』って酒場で」
「はい」
この酒場の事を出せば、もう一度頷き。
「私はここで働きながら、必要に応じて男性客の相手をしていた」
「そういうことです」
この酒場でリーゼが何をやっていたか、を出せば、ベッキーさんが大きく頷いた。
それを聞いて、息を吐いて、私は大きく項垂れた。口をついて、地の底から響くような低い声が漏れ出す。
「はぁぁぁ~っ、マジか……」
「あの、リセさん? どうしたんですか、そんなにがっくりと……」
ベッキーさんが心配そうに、私の肩に手をかけてくる。
彼女からしたら、私がなんだってさっきの話を聞いて大いに落胆しているか、さっぱりこっきり分からないだろう。なにしろ、彼女たちはそれが仕事なのだから。
そっと身体を起こし、手を振りながらベッキーさんの目を見つめる。
「いやいいのよ、貴女達の仕事にケチをつけるわけじゃない。売春だって立派な仕事なんだから」
そう、売春だ。彼女たちがこの酒場で接客の他にやっていることは。
曰く、リーゼやベッキーさん達は女中という職業で、酒場にやってきた客に酒や料理を運び、話し相手をして、必要になったらそういう性的なサービスも提供するのが仕事なのだという。地球で言えば、キャバ嬢と売春婦を合わせたような仕事だ。
そして私ことリーゼは、さっきの口の臭いオッサンことデズモンドの相手をしながら大酒をかっくらい、酔っ払って寝てしまって、そうしたら私が『目覚めた』ということらしい。
分かっている。リーゼは普通に彼女の仕事をしていただけだ。
ただ。
「ただ……異世界に転生してきて真っ先にさせられることが売春、ってのも、心に来る……」
「は……はぁ」
落胆した声でリーゼの置かれていた状況を嘆く私に、ベッキーさんが気の抜けた声を返す。どうも、私の落胆の理由が掴めないらしい。仕方ない。
彼女も、リーゼも、それが仕事だ。嫌だとかやりたくないとか、そういう感情はきっと別にあるんだろう。私がどうしてそこまでがっくり来るのか、分かれと言っても無理なのだ。
とりあえず、気を取り直して再び彼女の顔を見る。
「ねえ、ベッキーさん……だっけ」
「はい」
「さっき話してた『覚醒者』だっけ……いるんだ? そういうの、この世界に結構」
話題を変えて、私自身の話に持っていく。するとベッキーさんが、もう一度こくりと頷いた。
「はい、事故だったり、お酒の飲みすぎだったり、モンスターに襲われたり……そういう、意識を手放した時に『別の魂』が目覚めることは、時折あります。その魂は、この『アーマンド』とは別の世界からやってきて、私達の知らない知識を当たり前のように持っている代わり、この世界の当然の知識を持たない」
「『アーマンド』……それがこの世界の名前、ってわけか」
アーマンド。当然これまでの私には一切馴染みのない名前だ。初めて名前が出た時に「アーモンド?」と聞き返した私は悪くない。名前が似ているのが悪い。
しかし、そういうケースが他にもあって、この世界の常識を知らないというならば、その常識というものは確認しないとなるまい。
真剣な面持ちになり、小さく身を乗り出しながら、ベッキーさんに詰め寄る。
「じゃあ、さっきみたいに酒場で働いている女の子に、客の男が言い寄ったり、身体を触ったり、ってのは……この世界じゃ普通にある。そういうこと?」
「え、ええと……」
私の言葉の迫力にびくついたか、ベッキーさんが言葉に詰まった。
そのまま沈黙が続くか、と思っていたが。意外なところから声がかかる。
「そういうことよ、お嬢さん」
声がしたのは部屋の入口のところだ。
そちらに顔を向ければ、先程カウンターの中に立っていた、服を着て後ろ足で立ち上がった大きな虎が、口元に笑みを浮かべながら私を見ている。
その「立ち上がった虎」というビジュアルに少しビビりながら、私は声を出す。
「……貴女は?」
「タニア。タニア・ラーキンズよ。この『赤獅子亭』で女中長をやってる。つまりはそこのベッキーや、貴女の上役、ってこと」
そう言いながら、タニアさんは部屋の中にゆっくり踏み入って私を見下ろした。ちなみに彼女みたいに獣の特徴を持つ外見の人は、毛耳族というらしい。
私の顔を静かに見つめると、タニアさんがベッキーさんに視線を向けた。
「ベッキー。彼女の『魂』の名は、もう聞いた?」
「はい、リセ・オウギヤ……そう言っていました」
「あら、リーゼと近い名前。幸運な偶然ね、リセ」
私の、「魂」の名前。地球にいた頃の名前は、先程ベッキーさんに教えた。それを伝えられたタニアさんの紫色の目が、大きく見開かれる。
リーゼの中に、リセ。ほんとによく、こんな名前がよく似た人の中に入ったもんだと思う。
「あ、ありがとうございます……それで、この『赤獅子亭』の女中さんの仕事について、ですけど」
軽く頭を下げながらタニアさんの目を見ると、彼女はその目を伏せ、真剣な表情で頷いた。
「先程貴女が言った通りよ。ラム王国の酒場はみんなそう。さっきみたいに身体を寄せ合い、身体を撫でまわすなんてのは序の口。口吸い、肌吸い、耳食みも普通に行われるわ。秘所食みと本番だけは、店の奥の個室でやってもらうことになっているけど」
「うえー……あのクッサイ口でですか」
説明される仕事内容に、私はもう一度げっそりとした表情になる。
口吸い、肌吸い、耳食み。絶対口でやることだ。キスみたいなものだろうと想定するが、それをあのデズモンドみたいな臭い口でやられるのはたまらない。
明らかな嫌悪を見せる私に、ふっと笑いながらタニアさんが口を開く。
「貴女は、随分と清潔が徹底されている世界から来たみたいね?」
「まあ……その辺りは、かなり」
彼女の言葉に、はにかむ私だ。
事実だ。地球の衛生観念はとてつもないと思う。歯は毎日、ともすれば一日何回も磨く習慣があり、歯科治療と歯科診療は大きく発達し、歯列矯正だって普通にやっちゃうのだから。
私の表情を見て、タニアさんが深くため息をつく。
「すぐに慣れろ、とは言わないわ。嫌だったら厨房の仕事を割り当ててあげてもいい。そこは貴女の希望に合わせるけれど」
「え、えーと……」
話が進み始めるのを見て、私はそっと手を上げる。
「その、タニアさん、結論を出す前に一つお願いが」
「あら、どうしたの?」
私の言葉に、何事か、と首を傾げるタニアさんと、ベッキーさん。
彼女たちに、おずおずと私は「さっきからとてもしたかったこと」を申し出た。
「身体を洗えるところ、ないですか」
そう、身体を洗いたくてしょうがなかったのだ。
この世界の人々がどのくらい、身体を綺麗にすることを心掛けているかは知らない。お風呂やシャワーを使う文化が一般的かどうかも分からない。
だがそれは置いておくとして、私は猛烈に、猛烈に自分の、つまりリーゼの体臭が気になっていた。
臭かったのはあのオッサンに限った話ではない。リーゼもまた、口が臭くて身体が臭かったのだ。さっきふと触ったら髪の毛もちょっと脂っぽかった。
洗いたい。めっちゃ洗いたい。それと一緒に自分の考えもまとめたい。
私の要望と内なる声を聞きとったか、タニアさんがくいと顎をしゃくる。
「ベッキー、リセを湯浴み場に連れて行ってあげて」
「分かりました。ついて来てください」
彼女の言葉を聞いて、ベッキーさんが再び私の手を取る。彼女の手も、そう言えばうっすら汚れていた。
なんだろう、私はこの世界でやっていけるのか、今からとても不安だ。
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「はぁ、つまり私のこの身体は弓耳族25歳女子、リーゼ・マルボローで」
「はい」
この身体の本来の持ち主、いわゆる地球の人間と同じ弓耳族であるリーゼの名前を出せば、彼女は頷き。
「ここはラム王国の王都クリフトン、三番街通りにある『赤獅子亭』って酒場で」
「はい」
この酒場の事を出せば、もう一度頷き。
「私はここで働きながら、必要に応じて男性客の相手をしていた」
「そういうことです」
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それを聞いて、息を吐いて、私は大きく項垂れた。口をついて、地の底から響くような低い声が漏れ出す。
「はぁぁぁ~っ、マジか……」
「あの、リセさん? どうしたんですか、そんなにがっくりと……」
ベッキーさんが心配そうに、私の肩に手をかけてくる。
彼女からしたら、私がなんだってさっきの話を聞いて大いに落胆しているか、さっぱりこっきり分からないだろう。なにしろ、彼女たちはそれが仕事なのだから。
そっと身体を起こし、手を振りながらベッキーさんの目を見つめる。
「いやいいのよ、貴女達の仕事にケチをつけるわけじゃない。売春だって立派な仕事なんだから」
そう、売春だ。彼女たちがこの酒場で接客の他にやっていることは。
曰く、リーゼやベッキーさん達は女中という職業で、酒場にやってきた客に酒や料理を運び、話し相手をして、必要になったらそういう性的なサービスも提供するのが仕事なのだという。地球で言えば、キャバ嬢と売春婦を合わせたような仕事だ。
そして私ことリーゼは、さっきの口の臭いオッサンことデズモンドの相手をしながら大酒をかっくらい、酔っ払って寝てしまって、そうしたら私が『目覚めた』ということらしい。
分かっている。リーゼは普通に彼女の仕事をしていただけだ。
ただ。
「ただ……異世界に転生してきて真っ先にさせられることが売春、ってのも、心に来る……」
「は……はぁ」
落胆した声でリーゼの置かれていた状況を嘆く私に、ベッキーさんが気の抜けた声を返す。どうも、私の落胆の理由が掴めないらしい。仕方ない。
彼女も、リーゼも、それが仕事だ。嫌だとかやりたくないとか、そういう感情はきっと別にあるんだろう。私がどうしてそこまでがっくり来るのか、分かれと言っても無理なのだ。
とりあえず、気を取り直して再び彼女の顔を見る。
「ねえ、ベッキーさん……だっけ」
「はい」
「さっき話してた『覚醒者』だっけ……いるんだ? そういうの、この世界に結構」
話題を変えて、私自身の話に持っていく。するとベッキーさんが、もう一度こくりと頷いた。
「はい、事故だったり、お酒の飲みすぎだったり、モンスターに襲われたり……そういう、意識を手放した時に『別の魂』が目覚めることは、時折あります。その魂は、この『アーマンド』とは別の世界からやってきて、私達の知らない知識を当たり前のように持っている代わり、この世界の当然の知識を持たない」
「『アーマンド』……それがこの世界の名前、ってわけか」
アーマンド。当然これまでの私には一切馴染みのない名前だ。初めて名前が出た時に「アーモンド?」と聞き返した私は悪くない。名前が似ているのが悪い。
しかし、そういうケースが他にもあって、この世界の常識を知らないというならば、その常識というものは確認しないとなるまい。
真剣な面持ちになり、小さく身を乗り出しながら、ベッキーさんに詰め寄る。
「じゃあ、さっきみたいに酒場で働いている女の子に、客の男が言い寄ったり、身体を触ったり、ってのは……この世界じゃ普通にある。そういうこと?」
「え、ええと……」
私の言葉の迫力にびくついたか、ベッキーさんが言葉に詰まった。
そのまま沈黙が続くか、と思っていたが。意外なところから声がかかる。
「そういうことよ、お嬢さん」
声がしたのは部屋の入口のところだ。
そちらに顔を向ければ、先程カウンターの中に立っていた、服を着て後ろ足で立ち上がった大きな虎が、口元に笑みを浮かべながら私を見ている。
その「立ち上がった虎」というビジュアルに少しビビりながら、私は声を出す。
「……貴女は?」
「タニア。タニア・ラーキンズよ。この『赤獅子亭』で女中長をやってる。つまりはそこのベッキーや、貴女の上役、ってこと」
そう言いながら、タニアさんは部屋の中にゆっくり踏み入って私を見下ろした。ちなみに彼女みたいに獣の特徴を持つ外見の人は、毛耳族というらしい。
私の顔を静かに見つめると、タニアさんがベッキーさんに視線を向けた。
「ベッキー。彼女の『魂』の名は、もう聞いた?」
「はい、リセ・オウギヤ……そう言っていました」
「あら、リーゼと近い名前。幸運な偶然ね、リセ」
私の、「魂」の名前。地球にいた頃の名前は、先程ベッキーさんに教えた。それを伝えられたタニアさんの紫色の目が、大きく見開かれる。
リーゼの中に、リセ。ほんとによく、こんな名前がよく似た人の中に入ったもんだと思う。
「あ、ありがとうございます……それで、この『赤獅子亭』の女中さんの仕事について、ですけど」
軽く頭を下げながらタニアさんの目を見ると、彼女はその目を伏せ、真剣な表情で頷いた。
「先程貴女が言った通りよ。ラム王国の酒場はみんなそう。さっきみたいに身体を寄せ合い、身体を撫でまわすなんてのは序の口。口吸い、肌吸い、耳食みも普通に行われるわ。秘所食みと本番だけは、店の奥の個室でやってもらうことになっているけど」
「うえー……あのクッサイ口でですか」
説明される仕事内容に、私はもう一度げっそりとした表情になる。
口吸い、肌吸い、耳食み。絶対口でやることだ。キスみたいなものだろうと想定するが、それをあのデズモンドみたいな臭い口でやられるのはたまらない。
明らかな嫌悪を見せる私に、ふっと笑いながらタニアさんが口を開く。
「貴女は、随分と清潔が徹底されている世界から来たみたいね?」
「まあ……その辺りは、かなり」
彼女の言葉に、はにかむ私だ。
事実だ。地球の衛生観念はとてつもないと思う。歯は毎日、ともすれば一日何回も磨く習慣があり、歯科治療と歯科診療は大きく発達し、歯列矯正だって普通にやっちゃうのだから。
私の表情を見て、タニアさんが深くため息をつく。
「すぐに慣れろ、とは言わないわ。嫌だったら厨房の仕事を割り当ててあげてもいい。そこは貴女の希望に合わせるけれど」
「え、えーと……」
話が進み始めるのを見て、私はそっと手を上げる。
「その、タニアさん、結論を出す前に一つお願いが」
「あら、どうしたの?」
私の言葉に、何事か、と首を傾げるタニアさんと、ベッキーさん。
彼女たちに、おずおずと私は「さっきからとてもしたかったこと」を申し出た。
「身体を洗えるところ、ないですか」
そう、身体を洗いたくてしょうがなかったのだ。
この世界の人々がどのくらい、身体を綺麗にすることを心掛けているかは知らない。お風呂やシャワーを使う文化が一般的かどうかも分からない。
だがそれは置いておくとして、私は猛烈に、猛烈に自分の、つまりリーゼの体臭が気になっていた。
臭かったのはあのオッサンに限った話ではない。リーゼもまた、口が臭くて身体が臭かったのだ。さっきふと触ったら髪の毛もちょっと脂っぽかった。
洗いたい。めっちゃ洗いたい。それと一緒に自分の考えもまとめたい。
私の要望と内なる声を聞きとったか、タニアさんがくいと顎をしゃくる。
「ベッキー、リセを湯浴み場に連れて行ってあげて」
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