バーから始まる異世界転生~お貴族様だろうと大商人様だろうとアルハラはお断りです~

八百十三

文字の大きさ
上 下
3 / 27

第2話 ここはどこ?私は誰?

しおりを挟む
 先程までいた酒場らしき場所の、バックヤードと思しき部屋の中で。
 私は木製の椅子に座らされて、同じく木製の椅子に腰かけたベッキー・リントンと名乗る女性と向かい合っていた。耳が長いのは細耳族ナロウイヤーズという種族だかららしい。
 私のことを話し、彼女から話を聞いて、私は情報をまとめるべく口を開く。

「はぁ、つまり私のこの身体は弓耳族ボウイヤーズ25歳女子、リーゼ・マルボローで」
「はい」

 この身体の本来の・・・持ち主、いわゆる地球の人間と同じ弓耳族ボウイヤーズであるリーゼの名前を出せば、彼女は頷き。

「ここはラム王国の王都クリフトン、三番街通りにある『赤獅子亭あかししてい』って酒場で」
「はい」

 この酒場の事を出せば、もう一度頷き。

「私はここで働きながら、必要に応じて男性客の相手・・をしていた」
「そういうことです」

 この酒場でリーゼが何をやっていたか、を出せば、ベッキーさんが大きく頷いた。
 それを聞いて、息を吐いて、私は大きく項垂れた。口をついて、地の底から響くような低い声が漏れ出す。

「はぁぁぁ~っ、マジか……」
「あの、リセさん? どうしたんですか、そんなにがっくりと……」

 ベッキーさんが心配そうに、私の肩に手をかけてくる。
 彼女からしたら、私がなんだってさっきの話を聞いて大いに落胆しているか、さっぱりこっきり分からないだろう。なにしろ、彼女たちはそれが仕事・・なのだから。
 そっと身体を起こし、手を振りながらベッキーさんの目を見つめる。

「いやいいのよ、貴女達の仕事にケチをつけるわけじゃない。売春・・だって立派な仕事なんだから」

 そう、売春だ。彼女たちがこの酒場で接客の他にやっていることは。
 曰く、リーゼやベッキーさん達は女中じょちゅうという職業で、酒場にやってきた客に酒や料理を運び、話し相手をして、必要になったらそういう性的なサービスも提供するのが仕事なのだという。地球で言えば、キャバ嬢と売春婦を合わせたような仕事だ。
 そして私ことリーゼは、さっきの口の臭いオッサンことデズモンドの相手をしながら大酒をかっくらい、酔っ払って寝てしまって、そうしたら私が『目覚めた』ということらしい。
 分かっている。リーゼは普通に彼女の仕事をしていただけだ。
 ただ。

「ただ……異世界に転生してきて真っ先にさせられることが売春、ってのも、心に来る……」
「は……はぁ」

 落胆した声でリーゼの置かれていた状況を嘆く私に、ベッキーさんが気の抜けた声を返す。どうも、私の落胆の理由が掴めないらしい。仕方ない。
 彼女も、リーゼも、それが仕事だ。嫌だとかやりたくないとか、そういう感情はきっと別にあるんだろう。私がどうしてそこまでがっくり来るのか、分かれと言っても無理なのだ。
 とりあえず、気を取り直して再び彼女の顔を見る。

「ねえ、ベッキーさん……だっけ」
「はい」
「さっき話してた『覚醒者かくせいしゃ』だっけ……いるんだ? そういうの、この世界に結構」

 話題を変えて、私自身の話に持っていく。するとベッキーさんが、もう一度こくりと頷いた。

「はい、事故だったり、お酒の飲みすぎだったり、モンスターに襲われたり……そういう、意識を手放した時に『別の魂』が目覚めることは、時折あります。その魂は、この『アーマンド』とは別の世界からやってきて、私達の知らない知識を当たり前のように持っている代わり、この世界の当然の知識を持たない」
「『アーマンド』……それがこの世界の名前、ってわけか」

 アーマンド。当然これまでの私には一切馴染みのない名前だ。初めて名前が出た時に「アーモンド?」と聞き返した私は悪くない。名前が似ているのが悪い。
 しかし、そういうケースが他にもあって、この世界の常識を知らないというならば、その常識というものは確認しないとなるまい。
 真剣な面持ちになり、小さく身を乗り出しながら、ベッキーさんに詰め寄る。

「じゃあ、さっきみたいに酒場で働いている女の子に、客の男が言い寄ったり、身体を触ったり、ってのは……この世界じゃ普通にある。そういうこと?」
「え、ええと……」

 私の言葉の迫力にびくついたか、ベッキーさんが言葉に詰まった。
 そのまま沈黙が続くか、と思っていたが。意外なところから声がかかる。

「そういうことよ、お嬢さん」

 声がしたのは部屋の入口のところだ。
 そちらに顔を向ければ、先程カウンターの中に立っていた、服を着て後ろ足で立ち上がった大きな虎が、口元に笑みを浮かべながら私を見ている。
 その「立ち上がった虎」というビジュアルに少しビビりながら、私は声を出す。

「……貴女は?」
「タニア。タニア・ラーキンズよ。この『赤獅子亭』で女中長じょちゅうちょうをやってる。つまりはそこのベッキーや、貴女の上役、ってこと」

 そう言いながら、タニアさんは部屋の中にゆっくり踏み入って私を見下ろした。ちなみに彼女みたいに獣の特徴を持つ外見の人は、毛耳族ファーイヤーズというらしい。
 私の顔を静かに見つめると、タニアさんがベッキーさんに視線を向けた。

「ベッキー。彼女の『』の名は、もう聞いた?」
「はい、リセ・オウギヤ……そう言っていました」
「あら、リーゼと近い名前。幸運な偶然ね、リセ」

 私の、「魂」の名前。地球にいた頃の名前は、先程ベッキーさんに教えた。それを伝えられたタニアさんの紫色の目が、大きく見開かれる。
 リーゼの中に、リセ。ほんとによく、こんな名前がよく似た人の中に入ったもんだと思う。

「あ、ありがとうございます……それで、この『赤獅子亭』の女中さんの仕事について、ですけど」

 軽く頭を下げながらタニアさんの目を見ると、彼女はその目を伏せ、真剣な表情で頷いた。

「先程貴女が言った通りよ。ラム王国の酒場はみんなそう。さっきみたいに身体を寄せ合い、身体を撫でまわすなんてのは序の口。口吸くちすい、肌吸はだすい、耳食みみはみも普通に行われるわ。秘所食み・・・・本番・・だけは、店の奥の個室でやってもらうことになっているけど」
「うえー……あのクッサイ口でですか」

 説明される仕事内容に、私はもう一度げっそりとした表情になる。
 口吸い、肌吸い、耳食み。絶対口でやることだ。キスみたいなものだろうと想定するが、それをあのデズモンドみたいな臭い口でやられるのはたまらない。
 明らかな嫌悪を見せる私に、ふっと笑いながらタニアさんが口を開く。

「貴女は、随分と清潔が徹底されている世界から来たみたいね?」
「まあ……その辺りは、かなり」

 彼女の言葉に、はにかむ私だ。
 事実だ。地球の衛生観念はとてつもないと思う。歯は毎日、ともすれば一日何回も磨く習慣があり、歯科治療と歯科診療は大きく発達し、歯列矯正だって普通にやっちゃうのだから。
 私の表情を見て、タニアさんが深くため息をつく。

「すぐに慣れろ、とは言わないわ。嫌だったら厨房の仕事を割り当ててあげてもいい。そこは貴女の希望に合わせるけれど」
「え、えーと……」

 話が進み始めるのを見て、私はそっと手を上げる。

「その、タニアさん、結論を出す前に一つお願いが」
「あら、どうしたの?」

 私の言葉に、何事か、と首を傾げるタニアさんと、ベッキーさん。
 彼女たちに、おずおずと私は「さっきからとてもしたかったこと」を申し出た。

「身体を洗えるところ、ないですか」

 そう、身体を洗いたくてしょうがなかったのだ。
 この世界の人々がどのくらい、身体を綺麗にすることを心掛けているかは知らない。お風呂やシャワーを使う文化が一般的かどうかも分からない。
 だがそれは置いておくとして、私は猛烈に、猛烈に自分の、つまりリーゼの体臭・・が気になっていた。
 臭かったのはあのオッサンに限った話ではない。リーゼもまた、口が臭くて身体が臭かったのだ。さっきふと触ったら髪の毛もちょっと脂っぽかった。
 洗いたい。めっちゃ洗いたい。それと一緒に自分の考えもまとめたい。
 私の要望と内なる声を聞きとったか、タニアさんがくいと顎をしゃくる。

「ベッキー、リセを湯浴み場に連れて行ってあげて」
「分かりました。ついて来てください」

 彼女の言葉を聞いて、ベッキーさんが再び私の手を取る。彼女の手も、そう言えばうっすら汚れていた。
 なんだろう、私はこの世界でやっていけるのか、今からとても不安だ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

[完結長編連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ・更新報告はXにて。
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤノフスキーの夜鷹は町を飛ぶ

八百十三
ファンタジー
寒冷地帯ばかりが広がり、獣人が覇権を握る世界。北方のルージア連邦中部、アニシン領領都、ヤノフスキー市。 政府公認であらゆる仕事をこなす「エージェント」と、エージェントに仕事の情報を提供する「情報屋」が多く集まるこの町には、「ヤノフスキーの夜鷹」と呼ばれる凄腕の情報屋がいることで知られていた。 集める情報には万に一つの嘘もなく、どんな小さな情報でも裏では大きな案件に繋がり、市内の隅々にまで目が届くと噂される情報屋は、決まってヤノフスキー市内の酒場を仕事場にしている。 その情報屋であり、表向きは酒や酒場についての紹介記事を書くエッセイストであるルスラーン・ナザロフは、毎夜市内を渡り歩きながら、静かに酒を飲み、自分の隣に座ったエージェントと情報のやり取りをしていた。 時には賑やかに、時には粛々と。時にはエッセイストの顔で、時には情報屋の顔で。朝の市場で、夜の酒場で。 これは、混沌と腐敗が蔓延る世界で、その腐敗を断罪するエージェントを裏から支える、一人の男の話である。 ※カクヨム様、ノベルアップ+様、エブリスタ様にも投稿しております。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054894684067 https://novelup.plus/story/554582217 https://estar.jp/novels/25627816

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...