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本編~3ヶ月目~
第59話~土産~
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~シュマル王国・王都エメディオ~
~国立冒険者ギルド ギルドマスター執務室~
「ところで、岩壁の。シンジュクで定職に就くことが出来たと言っておったが、お主らは今、何をして働いているのだ?」
一通りするべき話が終わり、話がまとまったところで。
ナタニエル三世陛下が僕達へと興味深そうな視線を向けつつ口を開いた。
確かに、僕達が異世界で何をしているかは気になるところだろう。何しろ全く知らぬ仲ではない冒険者だった僕達だ。
胸を張りながら、しっかりと背筋を伸ばして僕は答える。
「はい、陛下。我々五人は現在、リンクスという会社に所属して居酒屋の店員として働いております」
「マウロは今月から店長にもなったんですよ、陛下」
僕の隣に立ったエティが、嬉しそうに笑いながら言葉を付け足す。
店長、という言葉に陛下の瞳がうっすら見開かれた。同時に陛下の後ろに立つマサキが、興味深そうに顎に手をやりながら笑みをこぼす。
「へぇ、新宿で居酒屋ですか。同業他社が多い中で、大変でしょう」
「はい。ただ、有難いことに常連さんにも恵まれまして……開店して三ヶ月ですが、なんとかやり続けられています」
「飲食店は一年続けるだけでも大変ですからね。頑張ってください」
やはり、元々日本人だっただけのことはある。その辺りの話にも明るいから状況の呑み込みが早い。
小さくマサキに頭を下げる僕を尻目に、ナタニエル三世陛下の視線がマサキの方に向けられた。
「マサキ。イザカヤとはすなわち、酒場のことでよいのだな?」
「お察しの通りです、陛下。チェルパで言うところの酒場が、日本では居酒屋という形で営業しております」
姿勢を正しながら簡潔に、マサキは居酒屋の在り方を説明した。
酒を出し、料理を出し、それを店内で飲み食いするという営業形態は、チェルパの各都市にある酒場と同様だ。
違いがあるとすれば、提供する料理の食材や方向性、酒の種類によって色々と違いがあるくらいか。何しろチェルパで酒と言えば、エールかヴァイン位なのだから。
納得した様子の陛下が再び正面に顔を向け、僕へと微笑みかける。
「店長と言うことは、お主もついに自分の城を得たわけか。めでたいことだな」
「ありがとうございます……まさかこんなに早くに店のトップに立つことになるとは思っていませんでした」
嬉しそうに話す陛下に僕は頭を下げた。旧知の中だった料理人が自分の店を持つまでになった、となれば驚きに目を見張り、喜ぶのも無理はない。
そして頭を上げた僕へと、陛下はますます興味を覚えた様子で問いかけを投げてくる。
「して、お主。酒場の主と言うことは、料理もよくするのだろう?」
「はい。日本料理をベースに、チェルパ各国の料理や調理法を取り入れた料理を提供させていただいております」
店自体も人間以外の種族が働く、異世界情緒あふれる店であることを僕はかいつまんで説明した。
アースという世界が色々な世界と繋がり、人間以外の異種族も暮らしている世界であることや、異世界からの来訪者を受け入れる体制が広く整えられていることにも言及したかったが、なにぶん時間の余裕がない。
話を区切った僕の言葉の後をついで、パスティータ、アンバス、シフェールも陛下へと言葉を投げかける。
「マウロの料理はお客さんにもとても評判がいいんですよ、美味しいって」
「新宿には世界各国の料理屋が集まってますが、シュマルの料理やクラリスの料理を提供しているのは、うちの店くらいなもんですからね」
「異世界の人々にも我々の祖国の料理が受け入れられており、一同とても安堵しております」
僕達一同の言葉に、ナタニエル三世陛下の首が何度も大きく縦に振られた。嬉しそうに首を前後させながらゆったり腕を組んで話す。
「そうかそうか、それは実に喜ばしいことよ。食は生きることに直結する。美味いものを食べたいと思うのは人の常だ。
わしも久しぶりに、岩壁のの作る料理が食べたくなってきたわ」
「僕も、願わくば陛下に当店自慢のお料理を召し上がっていただきたく思いますが……生憎、時間の方が」
自分の料理を食べたい、と思ってもらえることに喜びを感じながらも、申し訳なさに目を細める僕だ。
僕としても、陛下には一度、料理人としての腕を上げた僕の料理を召し上がっていただきたい。願わくば陽羽南の店舗にお呼びして、整えられた環境で腕を振るい、自慢の料理と酒を味わっていただきたい。
しかし今は料理している時間が足りないし、地球は深夜。既に店は閉めた後で料理を振る舞える環境ではない。
今まで静観して話に耳を傾けていたランドルフが、くいと顎を持ち上げながら僕に視線を向けてきた。
「そうだ、マウロ。お前らあとどのくらいで帰らないとならないんだ」
「ええと……体感的には、あと二十分程かと思いますが」
「そうか……よし、ちょっと待ってろ」
そう、短く告げると。ランドルフは執務室を文字通り飛び出していった。
廊下を駆ける足音が去っていくのを聞きながら、思わず顔を見合わせる僕達だ。
「ギルドマスターは、何をしに行ったんだ……?」
「さあ……お土産でも見繕いに行ったのかしら」
「土産か……そういえば僕達、陛下やギルドマスターに手土産とか用意できなかったな」
顔を見合わせたまま、申し訳なく思う気持ちを抑えられなかった。
別にシュマル王国では来訪の際に手土産を持参しなかったからと言って、不調法だと咎められるわけではないが、それでもやっぱり、気持ちの問題というのはある。
いずれにしても今回は、急すぎる帰郷だったわけで。手土産を用意する時間も余裕もなかった。もっと言えば深夜で、手土産を調達できる店の当てもなかったわけで。
僕達の会話を受けて、ナタニエル三世陛下がゆるりと首を振る。
「なに、次にシュマルを訪れる機会があれば、その時に手渡すことも出来よう。お主ら、そもそも今日に戻ってこれたのは急にそうなってのことなのだろう?」
「はい……確かにその通りです」
陛下の言葉に、僕達は頷いた。言われたとおりの状況だったのは今更言うまでもないことだ。
陛下の後ろに立ったままのマサキが苦笑しながら、僕達へと視線を向けてくる。
「陛下はやはりお酒が好きな方ですから。地球のワインや日本酒があれば、きっとお喜びになることと思いますよ。アグロ連合国の米酒もわざわざ取り寄せて飲まれるほどですから」
「えっ、陛下、米酒がお好きなんですか?」
ナタニエル三世陛下の意外な酒の好みに、反応したのはエティだ。
南方海域上に浮かぶ島国、アグロ連合国はコメの生産が盛んな土地だ。当然、作る酒にもコメが使われている。その結果生まれたのが、日本酒と同じような性質を持つ米酒だ。
チェルパ全体ではそこまで一般的になってはいないが、この酒を好んで飲む好事家は一定の人数がいて、各国の首都にある酒屋のうち、数件程度の店で取り扱いをしている程度の需要がある。
そして陛下がそうするように、アグロ連合国から直接買い付ける人間も、一定の人数いるわけだ。
こくりと頷きながら陛下が口を開く。
「うむ、よく飲むぞ。あの、コメ由来のまろやかな風味と鮮烈な酒の香り……そしてそれをピクルスをつまみながら飲むのが最高でな。
いかん、話をしとったらまた飲みたくなってきてしもうた」
執務室の天井を見上げ、うっとりとした表情を浮かべるナタニエル三世陛下。
よほどお好きなのだろう、空想して飲みたくなる気持ちはとても分かる。
アンバスがその様子を見ながらにんまりと笑った。
「米酒がお好きなら、うちの店も気に入っていただけるんじゃないですかね。日本酒の品揃えも結構豊富ですし」
「マウロが、地球に転移してからというもの日本酒にどっぷりハマってしまいましたからね。自分でも時折他店に飲みに行っては、研究しているようでございます」
アンバスの言葉の後を継いだシフェールの発言に、目を見張る陛下だ。
その発言内容にこくりと頷きながら、満足そうに笑みをこぼしている。
「ほうほう、さすがは岩壁の、勤勉なのは相変わらずなようで何よりだ。
次にお主らがシュマルを訪れる機会があれば、是非とも店に招待してくれたまえ」
「はい、陛下……必ずや。それまでに我々も、穴を繋げる技術を習得して、自在に行き来を出来るようにしたく思います」
一層真剣な表情になりながら、僕は頷いた。
陛下の為にも、この世界の為にも。やはりちゃんと、世界転移術を身に着けなくてはならない。そう決意を漲らせたところで。
僕達の後ろの扉が勢いよく開いた。飛び込んでくるのは、勿論ランドルフだ。その手の中に一つの麻袋を握っている。
「よし、まだいるな?よしよし。さあマウロ、こいつを持っていけ」
「これは……」
ランドルフが持ってきた麻袋を手渡され、中を覗き込んだ僕は目を見張った。
緑色をした皺の寄った皮を持つ、小さく丸い果実が中に詰まっている。これは僕もよく知っている。ペペルの実だ。
シュマル王国では広く栽培されている植物で、実を乾燥させて粉にしたものを調味料として使う。地球で言うと、コショウと同じ使い方をするものだ。
その刺激的な味と青臭い香味はシュマル料理の特色ともいえるもので、これがあってこそシュマル料理は料理として完成すると、国内ではよく言われている。
日本に転移してからというもの、代替品としてグリーンペッパーが挙がったもののなかなか入手ルートが見つからなくて苦労していたのだ。
袋を開けたまま、顔を上げた僕はランドルフの目を見つめる。
「いいんですか、ギルドの食堂の備品なのでは」
「気にすんな、どうせ倉庫に山ほど備蓄されているんだ。なんならもう一袋持っていくか?」
「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
ランドルフへと礼の言葉を述べて、僕は麻袋の口をきゅっと閉じた。
これがあれば、陽羽南で作る料理の味がもっと多彩になるだろう。今から楽しみだ。
僕の隣でエティが、くいと腕を引いた。そろそろ時間だ。
「マウロ、そろそろ時間が迫っているわ。行きましょう」
「ああ、分かった……すみません、陛下、マスター、クボタさんも。我々はそろそろお暇させていただきます」
「うむ、またの来訪を心待ちにしているぞ」
ナタニエル三世陛下による見送りの言葉に、一同整列して頭を下げて、僕達はギルドマスターの執務室を後にした。
他の面々への挨拶もそこそこに、僕達は冒険者ギルドの建物を飛び出して元来た道を戻る。そうして辿り着いたのは穴が繋がった裏路地だ。
その路地に開かれたままだった空間のねじれに、迷うことなく飛び込むと、次の瞬間には切り替わる風景。
そうして、陽羽南の店内に帰ってくることで、僕達の一時間半だけの帰郷は、無事に終わりを迎えたのだった。
~第60話へ~
~国立冒険者ギルド ギルドマスター執務室~
「ところで、岩壁の。シンジュクで定職に就くことが出来たと言っておったが、お主らは今、何をして働いているのだ?」
一通りするべき話が終わり、話がまとまったところで。
ナタニエル三世陛下が僕達へと興味深そうな視線を向けつつ口を開いた。
確かに、僕達が異世界で何をしているかは気になるところだろう。何しろ全く知らぬ仲ではない冒険者だった僕達だ。
胸を張りながら、しっかりと背筋を伸ばして僕は答える。
「はい、陛下。我々五人は現在、リンクスという会社に所属して居酒屋の店員として働いております」
「マウロは今月から店長にもなったんですよ、陛下」
僕の隣に立ったエティが、嬉しそうに笑いながら言葉を付け足す。
店長、という言葉に陛下の瞳がうっすら見開かれた。同時に陛下の後ろに立つマサキが、興味深そうに顎に手をやりながら笑みをこぼす。
「へぇ、新宿で居酒屋ですか。同業他社が多い中で、大変でしょう」
「はい。ただ、有難いことに常連さんにも恵まれまして……開店して三ヶ月ですが、なんとかやり続けられています」
「飲食店は一年続けるだけでも大変ですからね。頑張ってください」
やはり、元々日本人だっただけのことはある。その辺りの話にも明るいから状況の呑み込みが早い。
小さくマサキに頭を下げる僕を尻目に、ナタニエル三世陛下の視線がマサキの方に向けられた。
「マサキ。イザカヤとはすなわち、酒場のことでよいのだな?」
「お察しの通りです、陛下。チェルパで言うところの酒場が、日本では居酒屋という形で営業しております」
姿勢を正しながら簡潔に、マサキは居酒屋の在り方を説明した。
酒を出し、料理を出し、それを店内で飲み食いするという営業形態は、チェルパの各都市にある酒場と同様だ。
違いがあるとすれば、提供する料理の食材や方向性、酒の種類によって色々と違いがあるくらいか。何しろチェルパで酒と言えば、エールかヴァイン位なのだから。
納得した様子の陛下が再び正面に顔を向け、僕へと微笑みかける。
「店長と言うことは、お主もついに自分の城を得たわけか。めでたいことだな」
「ありがとうございます……まさかこんなに早くに店のトップに立つことになるとは思っていませんでした」
嬉しそうに話す陛下に僕は頭を下げた。旧知の中だった料理人が自分の店を持つまでになった、となれば驚きに目を見張り、喜ぶのも無理はない。
そして頭を上げた僕へと、陛下はますます興味を覚えた様子で問いかけを投げてくる。
「して、お主。酒場の主と言うことは、料理もよくするのだろう?」
「はい。日本料理をベースに、チェルパ各国の料理や調理法を取り入れた料理を提供させていただいております」
店自体も人間以外の種族が働く、異世界情緒あふれる店であることを僕はかいつまんで説明した。
アースという世界が色々な世界と繋がり、人間以外の異種族も暮らしている世界であることや、異世界からの来訪者を受け入れる体制が広く整えられていることにも言及したかったが、なにぶん時間の余裕がない。
話を区切った僕の言葉の後をついで、パスティータ、アンバス、シフェールも陛下へと言葉を投げかける。
「マウロの料理はお客さんにもとても評判がいいんですよ、美味しいって」
「新宿には世界各国の料理屋が集まってますが、シュマルの料理やクラリスの料理を提供しているのは、うちの店くらいなもんですからね」
「異世界の人々にも我々の祖国の料理が受け入れられており、一同とても安堵しております」
僕達一同の言葉に、ナタニエル三世陛下の首が何度も大きく縦に振られた。嬉しそうに首を前後させながらゆったり腕を組んで話す。
「そうかそうか、それは実に喜ばしいことよ。食は生きることに直結する。美味いものを食べたいと思うのは人の常だ。
わしも久しぶりに、岩壁のの作る料理が食べたくなってきたわ」
「僕も、願わくば陛下に当店自慢のお料理を召し上がっていただきたく思いますが……生憎、時間の方が」
自分の料理を食べたい、と思ってもらえることに喜びを感じながらも、申し訳なさに目を細める僕だ。
僕としても、陛下には一度、料理人としての腕を上げた僕の料理を召し上がっていただきたい。願わくば陽羽南の店舗にお呼びして、整えられた環境で腕を振るい、自慢の料理と酒を味わっていただきたい。
しかし今は料理している時間が足りないし、地球は深夜。既に店は閉めた後で料理を振る舞える環境ではない。
今まで静観して話に耳を傾けていたランドルフが、くいと顎を持ち上げながら僕に視線を向けてきた。
「そうだ、マウロ。お前らあとどのくらいで帰らないとならないんだ」
「ええと……体感的には、あと二十分程かと思いますが」
「そうか……よし、ちょっと待ってろ」
そう、短く告げると。ランドルフは執務室を文字通り飛び出していった。
廊下を駆ける足音が去っていくのを聞きながら、思わず顔を見合わせる僕達だ。
「ギルドマスターは、何をしに行ったんだ……?」
「さあ……お土産でも見繕いに行ったのかしら」
「土産か……そういえば僕達、陛下やギルドマスターに手土産とか用意できなかったな」
顔を見合わせたまま、申し訳なく思う気持ちを抑えられなかった。
別にシュマル王国では来訪の際に手土産を持参しなかったからと言って、不調法だと咎められるわけではないが、それでもやっぱり、気持ちの問題というのはある。
いずれにしても今回は、急すぎる帰郷だったわけで。手土産を用意する時間も余裕もなかった。もっと言えば深夜で、手土産を調達できる店の当てもなかったわけで。
僕達の会話を受けて、ナタニエル三世陛下がゆるりと首を振る。
「なに、次にシュマルを訪れる機会があれば、その時に手渡すことも出来よう。お主ら、そもそも今日に戻ってこれたのは急にそうなってのことなのだろう?」
「はい……確かにその通りです」
陛下の言葉に、僕達は頷いた。言われたとおりの状況だったのは今更言うまでもないことだ。
陛下の後ろに立ったままのマサキが苦笑しながら、僕達へと視線を向けてくる。
「陛下はやはりお酒が好きな方ですから。地球のワインや日本酒があれば、きっとお喜びになることと思いますよ。アグロ連合国の米酒もわざわざ取り寄せて飲まれるほどですから」
「えっ、陛下、米酒がお好きなんですか?」
ナタニエル三世陛下の意外な酒の好みに、反応したのはエティだ。
南方海域上に浮かぶ島国、アグロ連合国はコメの生産が盛んな土地だ。当然、作る酒にもコメが使われている。その結果生まれたのが、日本酒と同じような性質を持つ米酒だ。
チェルパ全体ではそこまで一般的になってはいないが、この酒を好んで飲む好事家は一定の人数がいて、各国の首都にある酒屋のうち、数件程度の店で取り扱いをしている程度の需要がある。
そして陛下がそうするように、アグロ連合国から直接買い付ける人間も、一定の人数いるわけだ。
こくりと頷きながら陛下が口を開く。
「うむ、よく飲むぞ。あの、コメ由来のまろやかな風味と鮮烈な酒の香り……そしてそれをピクルスをつまみながら飲むのが最高でな。
いかん、話をしとったらまた飲みたくなってきてしもうた」
執務室の天井を見上げ、うっとりとした表情を浮かべるナタニエル三世陛下。
よほどお好きなのだろう、空想して飲みたくなる気持ちはとても分かる。
アンバスがその様子を見ながらにんまりと笑った。
「米酒がお好きなら、うちの店も気に入っていただけるんじゃないですかね。日本酒の品揃えも結構豊富ですし」
「マウロが、地球に転移してからというもの日本酒にどっぷりハマってしまいましたからね。自分でも時折他店に飲みに行っては、研究しているようでございます」
アンバスの言葉の後を継いだシフェールの発言に、目を見張る陛下だ。
その発言内容にこくりと頷きながら、満足そうに笑みをこぼしている。
「ほうほう、さすがは岩壁の、勤勉なのは相変わらずなようで何よりだ。
次にお主らがシュマルを訪れる機会があれば、是非とも店に招待してくれたまえ」
「はい、陛下……必ずや。それまでに我々も、穴を繋げる技術を習得して、自在に行き来を出来るようにしたく思います」
一層真剣な表情になりながら、僕は頷いた。
陛下の為にも、この世界の為にも。やはりちゃんと、世界転移術を身に着けなくてはならない。そう決意を漲らせたところで。
僕達の後ろの扉が勢いよく開いた。飛び込んでくるのは、勿論ランドルフだ。その手の中に一つの麻袋を握っている。
「よし、まだいるな?よしよし。さあマウロ、こいつを持っていけ」
「これは……」
ランドルフが持ってきた麻袋を手渡され、中を覗き込んだ僕は目を見張った。
緑色をした皺の寄った皮を持つ、小さく丸い果実が中に詰まっている。これは僕もよく知っている。ペペルの実だ。
シュマル王国では広く栽培されている植物で、実を乾燥させて粉にしたものを調味料として使う。地球で言うと、コショウと同じ使い方をするものだ。
その刺激的な味と青臭い香味はシュマル料理の特色ともいえるもので、これがあってこそシュマル料理は料理として完成すると、国内ではよく言われている。
日本に転移してからというもの、代替品としてグリーンペッパーが挙がったもののなかなか入手ルートが見つからなくて苦労していたのだ。
袋を開けたまま、顔を上げた僕はランドルフの目を見つめる。
「いいんですか、ギルドの食堂の備品なのでは」
「気にすんな、どうせ倉庫に山ほど備蓄されているんだ。なんならもう一袋持っていくか?」
「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
ランドルフへと礼の言葉を述べて、僕は麻袋の口をきゅっと閉じた。
これがあれば、陽羽南で作る料理の味がもっと多彩になるだろう。今から楽しみだ。
僕の隣でエティが、くいと腕を引いた。そろそろ時間だ。
「マウロ、そろそろ時間が迫っているわ。行きましょう」
「ああ、分かった……すみません、陛下、マスター、クボタさんも。我々はそろそろお暇させていただきます」
「うむ、またの来訪を心待ちにしているぞ」
ナタニエル三世陛下による見送りの言葉に、一同整列して頭を下げて、僕達はギルドマスターの執務室を後にした。
他の面々への挨拶もそこそこに、僕達は冒険者ギルドの建物を飛び出して元来た道を戻る。そうして辿り着いたのは穴が繋がった裏路地だ。
その路地に開かれたままだった空間のねじれに、迷うことなく飛び込むと、次の瞬間には切り替わる風景。
そうして、陽羽南の店内に帰ってくることで、僕達の一時間半だけの帰郷は、無事に終わりを迎えたのだった。
~第60話へ~
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