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本編~2ヶ月目~
第33話~公爵サレオス~
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~神楽坂・矢来町~
~バー・アンド・カフェ「エルズ」~
僕はサレオスに連れられて、東京メトロ東西線神楽坂駅にほど近いバーにやって来た。
「こでまり」の営業時間を終えて、片付けも終わらせて帰る頃には、大概のお店が同様に店仕舞いを済ませている。
その為、営業時間の後にお酒を飲もうと思うと、こういったバーしか選択肢に上がらないんだそうだ。
今回は特に「込み入った話になるので」と、静かに話の出来る環境をサレオスが求めたのもある。
「サレオスさんって、結構お酒を飲まれるんですね。若々しく見えるから、てっきり飲めない人だと」
「僕、だいぶお酒好きですよ?見た目がこんななんでよく驚かれます」
バーのカウンター席に座るサレオスの足は、床まで全く届いていない。そういえば営業時間中も、キッチンで洗い物や調理をする際は、土台を用意して作業をしていたか。
何度も言うが、サレオスの見た目はどこからどう見ても、額に白い紋様の刻まれた黒い毛皮の小柄な、大きな垂れ目をした猫獣人である。
そんな、ケットシーと見紛うばかりのサレオスが、ウイスキーをストレートでちびちびと飲んでいる姿は、なかなかにミスマッチだ。
「ソロモンの悪魔……でしたっけ。僕はその手の話には詳しくないんですが、有名なんですか?」
「悪魔学としてはかなり名が知られているキーワードです。ゲームの題材なんかにもよく使われていますね。
古代イスラエルの王、ソロモンが使役したとされる72柱の悪魔を総称した呼び方が「ソロモンの悪魔」……正確にはその出典から「ゴエティアの悪魔」と言われます。
その一柱一柱が悪魔の軍団を率いる地獄の王だったり、公爵だったり……異教の神様だったりするケースも多いですね。キリスト教の旧訳聖書にまつわるお話なので」
「で……サレオスさんはそのうちの一人、いや一柱と」
眉を寄せて疑念を顔いっぱいに浮かべながら告げた僕の言葉に、サレオスはゆっくりと頷いた。
なんとも信じがたい話だ。目の前で酒を飲んでいる少年にも見える青年が、実は強大な悪魔で、その強大なはずの悪魔が仕事ではドジや失敗を連発しているなど。
いったい召喚の際にどんな事故が発生したら、ここまでドジっ子な悪魔が誕生するというのだろう。
サレオスがウイスキーが僅かに残るテイスティンググラスを揺らしながら、小さくため息をついた。
「僕、「サレオス・ディノウ」ってフルネームを名乗っているんですけれど、ファミリーネームも序列の19を使っているだけですしね。
ちゃんとした召喚の手順を踏んで、魔法陣も正しく描かれていたら、こんなことにはならなかったと思うんですよ?きっと。
本当だったら鎧をまとった戦士の姿のはずなんです。巨大なワニにまたがった。それが何を間違ったのか、何が混ざったのか、こんなに小柄な猫獣人の姿で、ワニ君もぬいぐるみで。
この姿も嫌いじゃないんですけれど……やっぱり、元の身体が恋しくなることもあって」
そう愚痴をこぼしながら、サレオスはグラスの中の琥珀色を口の中に流し込んだ。グラスに残るウイスキーの残り香を鼻で味わいながら、ウイスキーを口の中で転がすその様は、実に堂に入っている。
結構、アンバスあたりと酒の趣味が合うかもしれない。
僕は注文したはいいものの、なかなか手が伸びないハイボールのグラスを見つめながら、ゆっくり言葉を選びつつ口を開く。
「召喚、ってことは、サレオスさんを召喚した術者の人がいるはずですよね?」
「……ええ、召喚を敢行した時点では、確かに」
その大きな紫色の瞳を物憂げに細めつつ、口の中のウイスキーをゆっくり飲み込んだサレオスは、そう言ってふーっと長い溜め息をついた。
敢行した時点では、いた。
その言葉の選び方に、僕は額を押さえた。魔法使いの一人として、あまり考えたくないパターンが思考に浮かぶ。
「……まさかとは思いますけれど」
「お察しの通りです。死んでいました。
それはもう酷い有様でしたよ、今思い出しても怖気が走ります……あ、マスター、注文いいですか」
嫌な記憶を呼び覚まして気分を悪くしたのを酒で押し流そうとするためか、サレオスがカウンター向こうの壮年のマスターに声をかけた。
火曜日から水曜日にかけての深夜、客は僕とサレオスしかいない。マスターはすぐさまやって来た。
「何にいたしましょう」
「ラガヴーリンをストレートでお願いします」
淀みなくウイスキーを注文していくサレオス。今度もストレートだ。
更に言うならチェイサーの水にもほとんど手を付けていない。飛びぬけた酒豪ぶりだ。
新しく出されたテイスティンググラスにウイスキーが注がれるのを、サレオスの垂れた目がじっと見つめる。
その物憂げな姿は、人間だとか獣人だとかそういうものを遥かに超越した、非常に長い年月を生きてきた存在の、諦念のようなものを感じさせた。
グラスがコースターの上に置かれたのを見て、マスターに頭を下げたサレオスは、テイスティンググラスをその小さく丸っこい手で持ち上げた。口元に近づけてくいと傾ける。
僕も飲まないままではいけない気がして、ハイボールのグラスを持ち上げて口を付けた。陽羽南で作るハイボールとは、やはり風合いや味の厚みが違う。
サレオスが口の周りをぺろりと舐めながら、カウンターに片方の肘をついた。
「僕も結構長いこと生きてきましたし、召喚されたことも一度や二度じゃないですから、現世は慣れているつもりだったんですよ。
召喚者との契約に縛られて、長期間魔界に帰れない、ということも実際ありました。
ただそれでも、召喚事故によって力を奪われ、姿も変わって、術者も死んで、魔力供給も絶たれた、なんて最悪のケースは経験したことないです。
原田社長に拾ってもらって、何とか生きていけるだけの力は取り戻せましたけれど、やっぱり限界があるんですよ……」
片肘をついて、その腕で顎を支えるようにしてこちらを向きながら、サレオスはこの日何度目かのため息をついた。
彼が落胆し、日々の生活の苦労を憂う気持ちも分からなくはない。なにせ、彼は悪魔。人間たちが糧を得て生きていくのとはわけが違うのだ。
悪魔は一般的に人間の悪意や魂を糧に生きる、とまことしやかに囁かれているが、その実そうして生きている悪魔はごく少数だろう。大概の悪魔は魔力を糧にして生きている。
僕達の世界で大気中に満ちていた魔力とは、多分別物だと思うが、悪魔召喚の際に悪魔に提供される魔力は、悪魔にとって活動するのに必要不可欠のものだという。
サレオスは、政親に雇用される際に取り交わした契約により、給金の他に魔力を含む物品の提供を受けているらしい。
そう説明をしながら、サレオスは右耳の根元の毛を軽く掻き分けた。
「僕の耳のところ、イヤーカフがついてるの分かります?これもその物品の一つなんです。
デザインも好きだし、身に付けやすいので愛用しているんですが、魔力の保持量が少なくてすぐに魔力切れを起こしちゃって……」
「へぇ……なかなかシンプルなデザインですね」
耳から外されたイヤーカフを、サレオスはカウンターの上に置いた。
銀製と思われるそれは、華美な装飾のついていないごくごくシンプルなものだ。厚みがそこそこあり、深い紫色をした小さな宝石が一石、埋め込まれている。
僕はその宝石をもっとよく見ようと、イヤーカフを手に取った。その折、宝石へと親指が触れる。
その瞬間である。チリッ、という音と共に、宝石が輝いた。同時に僕の身体を小さな虚脱感が襲う。
「なっ……!?」
サレオスの目が大きく見開かれた。同時に、僕も目を大きく見開く。
宝石は数秒間光を発して、やがて元の色へと戻った。それに伴い、虚脱感も収まって、こちらも元通りだ。
僕が改めてイヤーカフに目をやると、先程とは違って宝石の艶が増しているように見えた。同時にほんのりと、僕の身体の中に感じているものと同じ感触を、イヤーカフからも感じる。
「そんな……魔力が、充填されている?」
サレオスがぽつりと、信じられないという風で呟いた。
思わずサレオスの顔を無言で見つめる僕だ。まさか、僕の体内に溜まっていた魔力を吸い取り、サレオスに必要な魔力として充填したというのか。
サレオスが不意に椅子から飛び降りる。持って来たショルダーバッグを漁ると、中から同じく銀製のネックレスと指輪、ブレスレットを取り出す。こちらにも紫色の宝石があしらわれていた。
椅子に上る間も惜しいという風合いで、サレオスはそれらのアクセサリーを僕に差し出してきた。
「あのっ、これにもやってみてもらえませんか!?」
「え、えぇ……」
半信半疑で、アクセサリーを受け取る。そして僕が先程と同じように指で紫色の宝石に触れると、身体から力を奪われるような虚脱感に襲われた。
虚脱感の程度はアクセサリーによって様々だし、感じる時間も様々、宝石が光る時間も強さも、ものによって異なる感じだ。
やがて魔力の充填が完了したアクセサリー類を、そっとサレオスに返す。
結果的に僕が新宿区内の穴を探して集めた魔力の、半分くらいを宝石に持っていかれた形だ。
目の前のカウンターに並べられた、僕に渡す前よりも宝石の色味や艶が増している自身のアクセサリーを見て、再び椅子に座ったサレオスが瞳をキラキラさせた。
「凄い……これだけ魔力の補充が出来れば、僕もだいぶ動きやすくなります!
マウロさん、本当にありがとうございます!」
イヤーカフを右耳に付けながら、サレオスが僕に向かって大きく頭を下げた。その拍子にカウンターに身体がぶつかる。
ぶつかった拍子に耳のイヤーカフが軽い音を立てて床に落ちた。
「あ……」
「……魔力があるからといって、ドジしなくなるというわけではないんですね」
しょんぼりと耳と尻尾を下げながら、イヤーカフを拾いに椅子を降りるサレオス。
どこに転がったか、薄暗いバーの中でイヤーカフを探すサレオスの様子を見て、僕は小さく目尻を下げた。
どうやらサレオスのドジは、魔力欠乏だけでなく生来のものでもあるらしい。
やがて無事に探し物を発見し、椅子の上に戻って来たサレオスが、にっこりと柔らかい笑みを僕に向けた。
「ともあれ、マウロさんのお陰で今月末くらいまでは魔力欠乏を起こさずに働けそうです!
お礼に今日の分は奢ります、飲んじゃってください!」
「え、えぇ……!?」
「いいからいいから。マスター、すみませーん」
嬉しくて仕方ないという様子でマスターを呼びつけるサレオス。だが時刻は既に午前2時を回っている。
いくら店が午前5時まで開いているからといって、あんまり遅くまで飲むのもよくないだろう、明日にも響く。終電は……とうに終わっているから別にいいとして。
かくしてサレオスに押し切られる形で、僕は午前3時頃まで、サレオスと飲み明かす形になった。
お代は全額サレオスが持ってくれたが、彼にとっては命の次くらいに大事な魔力を提供できたのだ。それでよしとしよう。
~第34話へ~
~バー・アンド・カフェ「エルズ」~
僕はサレオスに連れられて、東京メトロ東西線神楽坂駅にほど近いバーにやって来た。
「こでまり」の営業時間を終えて、片付けも終わらせて帰る頃には、大概のお店が同様に店仕舞いを済ませている。
その為、営業時間の後にお酒を飲もうと思うと、こういったバーしか選択肢に上がらないんだそうだ。
今回は特に「込み入った話になるので」と、静かに話の出来る環境をサレオスが求めたのもある。
「サレオスさんって、結構お酒を飲まれるんですね。若々しく見えるから、てっきり飲めない人だと」
「僕、だいぶお酒好きですよ?見た目がこんななんでよく驚かれます」
バーのカウンター席に座るサレオスの足は、床まで全く届いていない。そういえば営業時間中も、キッチンで洗い物や調理をする際は、土台を用意して作業をしていたか。
何度も言うが、サレオスの見た目はどこからどう見ても、額に白い紋様の刻まれた黒い毛皮の小柄な、大きな垂れ目をした猫獣人である。
そんな、ケットシーと見紛うばかりのサレオスが、ウイスキーをストレートでちびちびと飲んでいる姿は、なかなかにミスマッチだ。
「ソロモンの悪魔……でしたっけ。僕はその手の話には詳しくないんですが、有名なんですか?」
「悪魔学としてはかなり名が知られているキーワードです。ゲームの題材なんかにもよく使われていますね。
古代イスラエルの王、ソロモンが使役したとされる72柱の悪魔を総称した呼び方が「ソロモンの悪魔」……正確にはその出典から「ゴエティアの悪魔」と言われます。
その一柱一柱が悪魔の軍団を率いる地獄の王だったり、公爵だったり……異教の神様だったりするケースも多いですね。キリスト教の旧訳聖書にまつわるお話なので」
「で……サレオスさんはそのうちの一人、いや一柱と」
眉を寄せて疑念を顔いっぱいに浮かべながら告げた僕の言葉に、サレオスはゆっくりと頷いた。
なんとも信じがたい話だ。目の前で酒を飲んでいる少年にも見える青年が、実は強大な悪魔で、その強大なはずの悪魔が仕事ではドジや失敗を連発しているなど。
いったい召喚の際にどんな事故が発生したら、ここまでドジっ子な悪魔が誕生するというのだろう。
サレオスがウイスキーが僅かに残るテイスティンググラスを揺らしながら、小さくため息をついた。
「僕、「サレオス・ディノウ」ってフルネームを名乗っているんですけれど、ファミリーネームも序列の19を使っているだけですしね。
ちゃんとした召喚の手順を踏んで、魔法陣も正しく描かれていたら、こんなことにはならなかったと思うんですよ?きっと。
本当だったら鎧をまとった戦士の姿のはずなんです。巨大なワニにまたがった。それが何を間違ったのか、何が混ざったのか、こんなに小柄な猫獣人の姿で、ワニ君もぬいぐるみで。
この姿も嫌いじゃないんですけれど……やっぱり、元の身体が恋しくなることもあって」
そう愚痴をこぼしながら、サレオスはグラスの中の琥珀色を口の中に流し込んだ。グラスに残るウイスキーの残り香を鼻で味わいながら、ウイスキーを口の中で転がすその様は、実に堂に入っている。
結構、アンバスあたりと酒の趣味が合うかもしれない。
僕は注文したはいいものの、なかなか手が伸びないハイボールのグラスを見つめながら、ゆっくり言葉を選びつつ口を開く。
「召喚、ってことは、サレオスさんを召喚した術者の人がいるはずですよね?」
「……ええ、召喚を敢行した時点では、確かに」
その大きな紫色の瞳を物憂げに細めつつ、口の中のウイスキーをゆっくり飲み込んだサレオスは、そう言ってふーっと長い溜め息をついた。
敢行した時点では、いた。
その言葉の選び方に、僕は額を押さえた。魔法使いの一人として、あまり考えたくないパターンが思考に浮かぶ。
「……まさかとは思いますけれど」
「お察しの通りです。死んでいました。
それはもう酷い有様でしたよ、今思い出しても怖気が走ります……あ、マスター、注文いいですか」
嫌な記憶を呼び覚まして気分を悪くしたのを酒で押し流そうとするためか、サレオスがカウンター向こうの壮年のマスターに声をかけた。
火曜日から水曜日にかけての深夜、客は僕とサレオスしかいない。マスターはすぐさまやって来た。
「何にいたしましょう」
「ラガヴーリンをストレートでお願いします」
淀みなくウイスキーを注文していくサレオス。今度もストレートだ。
更に言うならチェイサーの水にもほとんど手を付けていない。飛びぬけた酒豪ぶりだ。
新しく出されたテイスティンググラスにウイスキーが注がれるのを、サレオスの垂れた目がじっと見つめる。
その物憂げな姿は、人間だとか獣人だとかそういうものを遥かに超越した、非常に長い年月を生きてきた存在の、諦念のようなものを感じさせた。
グラスがコースターの上に置かれたのを見て、マスターに頭を下げたサレオスは、テイスティンググラスをその小さく丸っこい手で持ち上げた。口元に近づけてくいと傾ける。
僕も飲まないままではいけない気がして、ハイボールのグラスを持ち上げて口を付けた。陽羽南で作るハイボールとは、やはり風合いや味の厚みが違う。
サレオスが口の周りをぺろりと舐めながら、カウンターに片方の肘をついた。
「僕も結構長いこと生きてきましたし、召喚されたことも一度や二度じゃないですから、現世は慣れているつもりだったんですよ。
召喚者との契約に縛られて、長期間魔界に帰れない、ということも実際ありました。
ただそれでも、召喚事故によって力を奪われ、姿も変わって、術者も死んで、魔力供給も絶たれた、なんて最悪のケースは経験したことないです。
原田社長に拾ってもらって、何とか生きていけるだけの力は取り戻せましたけれど、やっぱり限界があるんですよ……」
片肘をついて、その腕で顎を支えるようにしてこちらを向きながら、サレオスはこの日何度目かのため息をついた。
彼が落胆し、日々の生活の苦労を憂う気持ちも分からなくはない。なにせ、彼は悪魔。人間たちが糧を得て生きていくのとはわけが違うのだ。
悪魔は一般的に人間の悪意や魂を糧に生きる、とまことしやかに囁かれているが、その実そうして生きている悪魔はごく少数だろう。大概の悪魔は魔力を糧にして生きている。
僕達の世界で大気中に満ちていた魔力とは、多分別物だと思うが、悪魔召喚の際に悪魔に提供される魔力は、悪魔にとって活動するのに必要不可欠のものだという。
サレオスは、政親に雇用される際に取り交わした契約により、給金の他に魔力を含む物品の提供を受けているらしい。
そう説明をしながら、サレオスは右耳の根元の毛を軽く掻き分けた。
「僕の耳のところ、イヤーカフがついてるの分かります?これもその物品の一つなんです。
デザインも好きだし、身に付けやすいので愛用しているんですが、魔力の保持量が少なくてすぐに魔力切れを起こしちゃって……」
「へぇ……なかなかシンプルなデザインですね」
耳から外されたイヤーカフを、サレオスはカウンターの上に置いた。
銀製と思われるそれは、華美な装飾のついていないごくごくシンプルなものだ。厚みがそこそこあり、深い紫色をした小さな宝石が一石、埋め込まれている。
僕はその宝石をもっとよく見ようと、イヤーカフを手に取った。その折、宝石へと親指が触れる。
その瞬間である。チリッ、という音と共に、宝石が輝いた。同時に僕の身体を小さな虚脱感が襲う。
「なっ……!?」
サレオスの目が大きく見開かれた。同時に、僕も目を大きく見開く。
宝石は数秒間光を発して、やがて元の色へと戻った。それに伴い、虚脱感も収まって、こちらも元通りだ。
僕が改めてイヤーカフに目をやると、先程とは違って宝石の艶が増しているように見えた。同時にほんのりと、僕の身体の中に感じているものと同じ感触を、イヤーカフからも感じる。
「そんな……魔力が、充填されている?」
サレオスがぽつりと、信じられないという風で呟いた。
思わずサレオスの顔を無言で見つめる僕だ。まさか、僕の体内に溜まっていた魔力を吸い取り、サレオスに必要な魔力として充填したというのか。
サレオスが不意に椅子から飛び降りる。持って来たショルダーバッグを漁ると、中から同じく銀製のネックレスと指輪、ブレスレットを取り出す。こちらにも紫色の宝石があしらわれていた。
椅子に上る間も惜しいという風合いで、サレオスはそれらのアクセサリーを僕に差し出してきた。
「あのっ、これにもやってみてもらえませんか!?」
「え、えぇ……」
半信半疑で、アクセサリーを受け取る。そして僕が先程と同じように指で紫色の宝石に触れると、身体から力を奪われるような虚脱感に襲われた。
虚脱感の程度はアクセサリーによって様々だし、感じる時間も様々、宝石が光る時間も強さも、ものによって異なる感じだ。
やがて魔力の充填が完了したアクセサリー類を、そっとサレオスに返す。
結果的に僕が新宿区内の穴を探して集めた魔力の、半分くらいを宝石に持っていかれた形だ。
目の前のカウンターに並べられた、僕に渡す前よりも宝石の色味や艶が増している自身のアクセサリーを見て、再び椅子に座ったサレオスが瞳をキラキラさせた。
「凄い……これだけ魔力の補充が出来れば、僕もだいぶ動きやすくなります!
マウロさん、本当にありがとうございます!」
イヤーカフを右耳に付けながら、サレオスが僕に向かって大きく頭を下げた。その拍子にカウンターに身体がぶつかる。
ぶつかった拍子に耳のイヤーカフが軽い音を立てて床に落ちた。
「あ……」
「……魔力があるからといって、ドジしなくなるというわけではないんですね」
しょんぼりと耳と尻尾を下げながら、イヤーカフを拾いに椅子を降りるサレオス。
どこに転がったか、薄暗いバーの中でイヤーカフを探すサレオスの様子を見て、僕は小さく目尻を下げた。
どうやらサレオスのドジは、魔力欠乏だけでなく生来のものでもあるらしい。
やがて無事に探し物を発見し、椅子の上に戻って来たサレオスが、にっこりと柔らかい笑みを僕に向けた。
「ともあれ、マウロさんのお陰で今月末くらいまでは魔力欠乏を起こさずに働けそうです!
お礼に今日の分は奢ります、飲んじゃってください!」
「え、えぇ……!?」
「いいからいいから。マスター、すみませーん」
嬉しくて仕方ないという様子でマスターを呼びつけるサレオス。だが時刻は既に午前2時を回っている。
いくら店が午前5時まで開いているからといって、あんまり遅くまで飲むのもよくないだろう、明日にも響く。終電は……とうに終わっているから別にいいとして。
かくしてサレオスに押し切られる形で、僕は午前3時頃まで、サレオスと飲み明かす形になった。
お代は全額サレオスが持ってくれたが、彼にとっては命の次くらいに大事な魔力を提供できたのだ。それでよしとしよう。
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