21 / 32
第3章 温泉を引こう
第18話 貸切風呂なう
しおりを挟む
「マコト殿、これでいいと思います?」
「うーん……いや……」
初入浴の翌日、大浴場のロッカー搬入が始まりつつある中、俺はクレマンさんに朝から呼び出されていた。
呼び出された場所は大浴場の手前、貸し切りで運営する小さな蒸し風呂だ。2畳ほどの脱衣場と、4畳ほどの蒸し風呂が、それぞれ二組ずつ作られている。
温泉と水道の配管は既に完了し、温泉を加熱するための水盤も既に設置してある。座るためのベンチも作り付けで既に設置済みだ。床材も綺麗に張られている。
だが、このままではだめだ。
しゃがみ込んだ俺が、その木製の床をそっと撫でる。
「レイヨン杉材ですよね、これ」
「そうですなぁ。ベンチも同じ木材ですから、こちらも変えないとなりませんぞ」
俺達が問題視しているのは、床とベンチの材質だった。
確かに、俺は作業員に「木製で」とオーダーはした。
しかし蒸し風呂は確実に湿気がこもる。熱に強いだけでなく、湿気にも強い材質の木でないと腐るし、湿気を含んだ木が乾燥する時に割れたら怪我の原因にもなる。
この旅館の建材の多くは杉、ヴェノ領内の特産品であるレイヨン杉だが、杉材は乾燥が早く腐りにくい反面割れやすい。耐水性、耐湿性が高いわけでもないため、風呂場に使うには不向きだ。
オーダーする時に「湿気に強い木材を使ってください」と伝達したのは間違いないのだが、割れやすさについてまで気が回らなかった。俺の発注ミスだ。
「ベニノキ材の用意はありましたよね?」
「ございますな。しかし蒸し風呂全体に使えるほどあったかと言われますと……」
「……あー、そうか」
レイヨン杉材の他に、大陸東方のシュマル王国からはるばる取り寄せたベニノキ材があるにはある。
ベニノキは地球で言うヒノキのように、材の中に油分を多く含んだ、耐水性・耐湿性に優れた木材だ。シュマル王国北方、チェレット産のベニノキは香りも強く、高級木材として大陸全土にその名を轟かせている。
しかしそのブランド力に加えて輸送費用もかかることから値段が高く、流通量も多くないため、あまり大量には取り寄せられなかったのだ。
作り付けのベンチを二部屋分、あとは壁面、もしくは床面。それでギリギリというところだろうか。追加で取り寄せるにしても時間がかかる。ぶっちゃけかかる費用についてはまだまだ予算に余裕があるため、心配する必要はないのだが。
クレマンが太い尻尾をへにょりと床に這わせながら眉尻を下げた。
「……どうしましょうか?」
「床か壁を石製にして、妥協するしか、ないですかね……天井はもう石製にしましょう、仕方がない」
俺は綺麗に張られた木製の天井を見上げながら、力なく肩を落とした。
折角こんなに綺麗に仕上げてくれた作業員の努力をふいにするのは申し訳が無いが、宿泊客に使ってもらった時のことを考えると放置はできない。
すぐさまイーナと作業員に集まってもらうと、俺は貸し切り用風呂の現状と、再施工を平身低頭しながらお願いした。
「仕方がないですね……それにしても、なんでここに来るまでに気付かなかったんですか?」
「申し開きもございません……大浴場のことばかり考えてたもので……」
イーナがため息をつきながら俺を見下ろすその視線に圧されるように、俺は地面に擦り付けた額を更にめり込ませた。
頭を下げてから5日後。突貫工事と作業員の奮闘もあって、張替え作業は存外早くに終わらせることが出来た。
床と壁の下半分はベニノキ材を貼り付け、天井と壁の上半分に錆花崗岩の薄板を貼り付けた。石材の色合いと木材の色合いをなるべく近づけようとした結果だ。この試みは、思いの外うまい具合にマッチしてくれた。
ベンチもベニノキ材で作り直し、余った材で温泉を加熱する水盤と配管周りの装飾も行ったが、ここの加工で少し時間を使ってしまった。下半分を木材にする形にしてよかったと、この時は心底思った。
俺は出来上がった蒸し風呂の中に入ってベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら天井のつやつやした石材を見上げていた。
「こうしてちゃんと形になると、やっぱりホッとしますね」
俺の何とも緊迫感のない発言に、俺と向かい合わせになる形で立ったイーナが、眼鏡をクイっと指で押し上げる。
「それは結構ですがオオゼキさん、次からはもっと早くに気付いていただけると金銭面からも非常に助かります」
「はい……すみません」
俺は申し訳なさを顔全体で表現しながら、そっと後頭部に手を回す。そんな俺を見つめるイーナの口元が、僅かに緩んだ。
「ともあれ、これで温泉の方は出来上がった形になりますね。いよいよプロジェクトも大詰めです。
オオゼキさん、最後まで努々、油断なさることのないよう、お願いいたします」
イーナの引き締めるような言葉に、俺は表情を引き締めこくりと頷いた。
客室の工事は温泉と並行して進んでおり、もう枠組みは出来上がっていた。食事スペースや厨房、ラウンジの工事の方も、この2ヶ月ほどの間に着々と進んでいる。
残りはそこで提供するメニューや、部屋の内装部分の問題だ。
どんどんと形になっていく温泉旅館に、俺の期待は否応なしに高まっていく。プロジェクトの完遂も見えてきた。もうひと頑張りだ。
「うーん……いや……」
初入浴の翌日、大浴場のロッカー搬入が始まりつつある中、俺はクレマンさんに朝から呼び出されていた。
呼び出された場所は大浴場の手前、貸し切りで運営する小さな蒸し風呂だ。2畳ほどの脱衣場と、4畳ほどの蒸し風呂が、それぞれ二組ずつ作られている。
温泉と水道の配管は既に完了し、温泉を加熱するための水盤も既に設置してある。座るためのベンチも作り付けで既に設置済みだ。床材も綺麗に張られている。
だが、このままではだめだ。
しゃがみ込んだ俺が、その木製の床をそっと撫でる。
「レイヨン杉材ですよね、これ」
「そうですなぁ。ベンチも同じ木材ですから、こちらも変えないとなりませんぞ」
俺達が問題視しているのは、床とベンチの材質だった。
確かに、俺は作業員に「木製で」とオーダーはした。
しかし蒸し風呂は確実に湿気がこもる。熱に強いだけでなく、湿気にも強い材質の木でないと腐るし、湿気を含んだ木が乾燥する時に割れたら怪我の原因にもなる。
この旅館の建材の多くは杉、ヴェノ領内の特産品であるレイヨン杉だが、杉材は乾燥が早く腐りにくい反面割れやすい。耐水性、耐湿性が高いわけでもないため、風呂場に使うには不向きだ。
オーダーする時に「湿気に強い木材を使ってください」と伝達したのは間違いないのだが、割れやすさについてまで気が回らなかった。俺の発注ミスだ。
「ベニノキ材の用意はありましたよね?」
「ございますな。しかし蒸し風呂全体に使えるほどあったかと言われますと……」
「……あー、そうか」
レイヨン杉材の他に、大陸東方のシュマル王国からはるばる取り寄せたベニノキ材があるにはある。
ベニノキは地球で言うヒノキのように、材の中に油分を多く含んだ、耐水性・耐湿性に優れた木材だ。シュマル王国北方、チェレット産のベニノキは香りも強く、高級木材として大陸全土にその名を轟かせている。
しかしそのブランド力に加えて輸送費用もかかることから値段が高く、流通量も多くないため、あまり大量には取り寄せられなかったのだ。
作り付けのベンチを二部屋分、あとは壁面、もしくは床面。それでギリギリというところだろうか。追加で取り寄せるにしても時間がかかる。ぶっちゃけかかる費用についてはまだまだ予算に余裕があるため、心配する必要はないのだが。
クレマンが太い尻尾をへにょりと床に這わせながら眉尻を下げた。
「……どうしましょうか?」
「床か壁を石製にして、妥協するしか、ないですかね……天井はもう石製にしましょう、仕方がない」
俺は綺麗に張られた木製の天井を見上げながら、力なく肩を落とした。
折角こんなに綺麗に仕上げてくれた作業員の努力をふいにするのは申し訳が無いが、宿泊客に使ってもらった時のことを考えると放置はできない。
すぐさまイーナと作業員に集まってもらうと、俺は貸し切り用風呂の現状と、再施工を平身低頭しながらお願いした。
「仕方がないですね……それにしても、なんでここに来るまでに気付かなかったんですか?」
「申し開きもございません……大浴場のことばかり考えてたもので……」
イーナがため息をつきながら俺を見下ろすその視線に圧されるように、俺は地面に擦り付けた額を更にめり込ませた。
頭を下げてから5日後。突貫工事と作業員の奮闘もあって、張替え作業は存外早くに終わらせることが出来た。
床と壁の下半分はベニノキ材を貼り付け、天井と壁の上半分に錆花崗岩の薄板を貼り付けた。石材の色合いと木材の色合いをなるべく近づけようとした結果だ。この試みは、思いの外うまい具合にマッチしてくれた。
ベンチもベニノキ材で作り直し、余った材で温泉を加熱する水盤と配管周りの装飾も行ったが、ここの加工で少し時間を使ってしまった。下半分を木材にする形にしてよかったと、この時は心底思った。
俺は出来上がった蒸し風呂の中に入ってベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら天井のつやつやした石材を見上げていた。
「こうしてちゃんと形になると、やっぱりホッとしますね」
俺の何とも緊迫感のない発言に、俺と向かい合わせになる形で立ったイーナが、眼鏡をクイっと指で押し上げる。
「それは結構ですがオオゼキさん、次からはもっと早くに気付いていただけると金銭面からも非常に助かります」
「はい……すみません」
俺は申し訳なさを顔全体で表現しながら、そっと後頭部に手を回す。そんな俺を見つめるイーナの口元が、僅かに緩んだ。
「ともあれ、これで温泉の方は出来上がった形になりますね。いよいよプロジェクトも大詰めです。
オオゼキさん、最後まで努々、油断なさることのないよう、お願いいたします」
イーナの引き締めるような言葉に、俺は表情を引き締めこくりと頷いた。
客室の工事は温泉と並行して進んでおり、もう枠組みは出来上がっていた。食事スペースや厨房、ラウンジの工事の方も、この2ヶ月ほどの間に着々と進んでいる。
残りはそこで提供するメニューや、部屋の内装部分の問題だ。
どんどんと形になっていく温泉旅館に、俺の期待は否応なしに高まっていく。プロジェクトの完遂も見えてきた。もうひと頑張りだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】〝終の山〟と呼ばれた場所を誰もが行きたくなる〝最高の休憩所〟としたエレナは幸せになりました。
まりぃべる
恋愛
川上エレナは、介護老人福祉施設の臨時職員であったが不慮の事故により命を落とした。
けれど目覚めて見るとそこは、全く違う場所。
そこはお年寄りが身を寄せ合って住んでいた。世間からは〝終の山〟と言われていた場所で、普段は街の人から避けられている場所だという。
助けてもらったエレナは、この世界での人達と関わる内に、思う事が出てきて皆の反対を押し切って、その領地を治めている領主に苦言を呈しに行ってしまう。その領主は意外にも理解ある人で、終の山は少しずつ変わっていく。
そんなお話。
☆話の展開上、差別的に聞こえる言葉が一部あるかもしれませんが、気分が悪くならないような物語となるよう心構えているつもりです。
☆現実世界にも似たような名前、地域、単語などがありますが関係はありません。
☆勝手に言葉や単語を作っているものもあります。なるべく、現実世界にもある単語や言葉で理解していただけるように作っているつもりです。
☆専門的な話や知識もありますが、まりぃべるは(多少調べてはいますが)全く分からず装飾している部分も多々あります。現実世界とはちょっと違う物語としてみていただけると幸いです。
☆まりぃべるの世界観です。そのように楽しんでいただけると幸いです。
☆全29話です。書き上げてますので、更新時間はバラバラですが随時更新していく予定です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる