大関誠は温泉大臣~俺、異世界に温泉旅館作ります!~

八百十三

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第3章 温泉を引こう

第17話 牛乳なう

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 日本スタイルの温泉、初めての入浴はなんとも慌ただしく終わった。
 のぼせてぐったりしてしまったアリシアとイーナを、俺とクレマンで湯船から引き上げ、持ち込んだタオルを水で濡らして首筋や脇の下に当てて冷やしたのが先程の話。
 それに併せて身体の汗と温泉を冷やしたタオルで拭い、脱衣場に運んで二人を床に横たえた俺は、自らの身体をバスタオルで拭いながら深く息を吐いた。
 久しぶりの重労働と長風呂で体力が底を尽きかけた俺の前に、シャツとスラックス姿のクレマンが木製のマグカップをそれぞれの手に持ってやってきた。

「お疲れ様です、マコト殿。喉が渇いたでしょう、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます。これは……」

 マグカップを受け取り、中に満たされた液体を覗き込む。白濁して独特のにおいを放つそれは、ここ数ヶ月に何度も宿の朝食で見たものだ。

「牛乳、ですか」
「その通りです。氷室でよく冷やしておいたので、身体に染み渡ることと思いますぞ」

 中身をあっさり看破した俺の前で、クレマンが胸を張った。
 このタサック村は鉱山業と並んで畜産業も盛んな村だ。牛乳は古くから生産されており、この村の数少ない名物として知られている。
 地球あっちだと牛乳は殺菌処理が施されて広く流通経路が整っているが、チェルパこっちでそういった処理技術が存在するか、そこまでして牛乳を流通させる必要性があるか、そこまでは分からない。
 チーズの形でならヴェノでもよく見かけたものだが、都市部ではもしかしたら牛乳を飲む習慣がなかったのかもしれない。

 俺はマグカップに注がれた冷たい牛乳を、一息に呷った。よく冷やされた牛乳はねっとりと粘膜に張り付くようなまろやかさを持ちながらも、するすると喉の奥へ注ぎ込まれていく。
 マグカップを空にした俺は、ふぅっと大きく息を吐きだした。そしてこの一杯の牛乳は、忘れかけていた感覚と感情を、記憶の底から再び呼び起こした。
 そうだ、風呂上りによく冷えた牛乳、日本人としてこれを忘れていてどうする。この村は牛乳の名産地だ、これを活かさない手はないではないか。

「クレマンさん、風呂上がりの牛乳ってやっぱり最高ですよね?」
「は?はぁ、まぁ、最高と言えるかは人それぞれですが、確かに良いですな」

 俺の唐突な質問の、いや質問とも言えない意見の投げかけに、困惑しつつもクレマンは頷く。そんなクレマンの広い肩に、俺の両手ががっしとかかった。

「この村は新鮮な牛乳がすぐに手に入る。
 温泉に入った後のお客さんに牛乳を有償で提供すれば、それだけ酪農家の皆さんの収入にもつながりませんか」
「は……ふむ、なるほど……一理ありますな」

 俺の主張に、クレマンも思うところがあったらしい。途端に真面目な表情になって思案を始めた。
 額を突き合わせてああでもないこうでもない、と話し合っていると、視界の端でのっそりとイーナが身を起こした。

「うーん、まだなんだか頭がくらくらします……」
「あ、イーナさん。大丈夫ですか」
「む、それでは私は氷室の方へ。アリシア殿の分も持ってまいります」

 俺がイーナの方に顔を向けると同時に、クレマンが氷室に向けて走り出した。頭を押さえて上半身を起こしたイーナの傍にそっと近寄る。

「すみません……お二方にはお手間をおかけしたようで」
「のぼせたのと、湯疲れを起こしたのかもしれません。今クレマンさんが冷たいものを持ってきますので、そのままゆっくりしていて下さい」
「冷たいもの……?」

 「冷たいもの」に反応したのか、アリシアがうっすら目を開けてだるそうに身を起こした。毛皮に全身を覆われる彼女は、イーナ以上に身体に熱がこもりやすいようだ。反省である。
 そういえば地球の犬だと体表に汗腺が無く、足の裏の肉球でしか汗をかかない身体の作りになっているが、この世界の獣人ビーストレイスは普通に汗をかくようだ。アリシアの顔や体の毛が、汗でしっとりしているのが見える。
 団扇のような、手に持って扇げるようなものがあればよかったのだが、生憎その手のものは手元には無い。どうしたものかと思ったところで、クレマンがマグカップを両手に持って脱衣場に現れた。

「イーナ女史、アリシア殿、冷たい牛乳をお持ちしました。ささ、こちらを」
「いただきます……」
「ありがとうございますー……」

 熱に浮かされた表情のまま、牛乳で満たされたマグカップを受け取る二人。ゆっくりと口をつけていくと、途端に瞳に光が戻るのが見て取れた。

「美味しい……風呂上がりの牛乳が、こんなにも美味しいものだったとは」
「体の奥の方から、すーっと冷えていく感じがします!」
「具合はよさそうですね」

 満面の笑みを浮かべながら牛乳を飲んでいく二人の表情に、俺も心なしかホッとする。やはり、風呂上がりの冷たい牛乳は正義なようだ。
 早速酪農家の方々と話を付けなくては。俺とクレマンは互いに顔を見合わせて、大きく頷いたのだった。



 そして村周辺の酪農家と話をしつつ、牛乳の試飲をさせてもらった結果、数軒の牧場から牛乳を卸す運びとなった。
 それ以外の牧場からは牛肉や卵を仕入れる形で決着し、牧場ごとに旅館からの金の流れが偏り過ぎないよう、配慮を重ねた。この辺りはイーナに随分力を貸してもらった。
 アリシアはすっかり風呂上がりの牛乳の虜になり、宿の浴場で入浴した後も冷やした牛乳を要求するようになった。直に、村内の他の宿屋にも「風呂上がりには牛乳」の習慣が定着することだろう。
 そうして国内にこの習慣が広まり、牛乳の需要が拡大していったら、国内の食卓にも大いに影響を与えるに違いない。
 俺はそんな未来に、心を躍らせるのであった。
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