1 / 22
プロローグ
プロローグ
しおりを挟む
竜。
強大な力と深い叡智を有する、長命で神秘的な生物。空の支配者。財宝の守り手。
その圧倒的な存在感と威圧感、能力に比して、性根は穏やかで好奇心が旺盛な生き物である。
故に、人間の冒険者の供として旅をすることもあれば、人間の研究者に知恵を貸して共に高みに上ろうとすることもある。
勿論悪を成す者もいるわけで、そういう輩は得てして勇者や冒険者によって退治されるのであるが……これは人間でも同じことだ。
そんな世界に広がる、アッシュナー大陸の北方に位置するバーリ公国の中央部、高く聳え立つスヴェドボリ山。
その中腹に広く掘られた洞窟の中にて。
「う~~~ん……」
淀みの無いアッシュナー共通語で呻き声を上げながら、ごろりと洞窟の地面に転がる一頭の雄の竜がいた。
くすんだ草色の鱗はところどころが欠け、翼の皮膜には裂けも見える。かなりの年月を重ねてきたことは想像に難くない。
それでいながら角が未だに立派であるのは、彼が争いとは無縁に生きてきたからなのだろう。
「ぬ~~~ん……」
うつ伏せになった老竜がさらにごろりと身体を反転させた。自身の巨体で翼が下敷きになり、折りたたまれている。
そんなことなど意識の内には無いと言わんばかりに、彼の表情は苦悶に満ちていた。
寝ているわけでも、悪夢に魘されているわけでもない。両目はしっかと開いている。
そんな彼の周りには、数多の石板が散らばっていた。何単語分か、あるいは何節分か、竜語で使われる爪文字が刻まれている。
石板に書かれた文章のように取っ散らかった洞窟の中で、老竜は翼を完全に身体の下に敷き、長い尻尾を後脚の間から出す形で、仰向けになりながら力なく言葉を吐いた。
「ダメじゃー……まっっったく筆が進まん」
そう、誰に言うでもなく一人、いや一頭零す、この老竜の名はオーケビョルン。
齢八百と三十八。性別雄。妻には先立たれ、子供たちは独立して、以来三百年余をこのスヴェドボリ山で一頭だけで過ごしてきた。
職業、文筆家。趣味、詩や物語を書くことと、鳥と戯れること。
根っからの文系で引きこもり気質な竜。それが彼だ。
麓の村では「山の守り神」だの「賢竜」だのと呼ばれているが、別に特別何か、人々を守る動きをしてきたわけでもない。ただ石板に作品を書いては麓に住む人間の友人の元に持って行っただけである。
石板に記された著作は友人の手で大陸文字に翻訳され、紙に記されて広く出版されている。なので書籍を刊行する際に使っている「オーケビョルン・ド・スヴェドボリ」の名は、人々の間ではまぁまぁ知られていると、いつだかに知人が話していたことを思い出す。
最初から大陸文字で書けば翻訳の手間も省けるのだが、残念なことに彼はアッシュナー共通語を流暢に話せても大陸文字を書けない。曲線の多い大陸文字はどうしても、竜の爪では書きにくいのだ。
そんな文章を書くことを生業として長い彼が。
見事なまでにスランプに陥って洞窟の地面に転がっているのだ。
「うむ、気分転換せねばならん。マルクスのところにでも行ってみるか」
再びごろりとその巨体を転がし、起き上がったオーケビョルンは洞窟の外へと足を向けた。引きこもりな彼でも、流石に現状を打開するには外出するしかないと思ったらしい。
ばさり、と皮膜が裂けかけた翼を羽搏かせて、彼は大きい身体を曇天へと躍らせていった。
強大な力と深い叡智を有する、長命で神秘的な生物。空の支配者。財宝の守り手。
その圧倒的な存在感と威圧感、能力に比して、性根は穏やかで好奇心が旺盛な生き物である。
故に、人間の冒険者の供として旅をすることもあれば、人間の研究者に知恵を貸して共に高みに上ろうとすることもある。
勿論悪を成す者もいるわけで、そういう輩は得てして勇者や冒険者によって退治されるのであるが……これは人間でも同じことだ。
そんな世界に広がる、アッシュナー大陸の北方に位置するバーリ公国の中央部、高く聳え立つスヴェドボリ山。
その中腹に広く掘られた洞窟の中にて。
「う~~~ん……」
淀みの無いアッシュナー共通語で呻き声を上げながら、ごろりと洞窟の地面に転がる一頭の雄の竜がいた。
くすんだ草色の鱗はところどころが欠け、翼の皮膜には裂けも見える。かなりの年月を重ねてきたことは想像に難くない。
それでいながら角が未だに立派であるのは、彼が争いとは無縁に生きてきたからなのだろう。
「ぬ~~~ん……」
うつ伏せになった老竜がさらにごろりと身体を反転させた。自身の巨体で翼が下敷きになり、折りたたまれている。
そんなことなど意識の内には無いと言わんばかりに、彼の表情は苦悶に満ちていた。
寝ているわけでも、悪夢に魘されているわけでもない。両目はしっかと開いている。
そんな彼の周りには、数多の石板が散らばっていた。何単語分か、あるいは何節分か、竜語で使われる爪文字が刻まれている。
石板に書かれた文章のように取っ散らかった洞窟の中で、老竜は翼を完全に身体の下に敷き、長い尻尾を後脚の間から出す形で、仰向けになりながら力なく言葉を吐いた。
「ダメじゃー……まっっったく筆が進まん」
そう、誰に言うでもなく一人、いや一頭零す、この老竜の名はオーケビョルン。
齢八百と三十八。性別雄。妻には先立たれ、子供たちは独立して、以来三百年余をこのスヴェドボリ山で一頭だけで過ごしてきた。
職業、文筆家。趣味、詩や物語を書くことと、鳥と戯れること。
根っからの文系で引きこもり気質な竜。それが彼だ。
麓の村では「山の守り神」だの「賢竜」だのと呼ばれているが、別に特別何か、人々を守る動きをしてきたわけでもない。ただ石板に作品を書いては麓に住む人間の友人の元に持って行っただけである。
石板に記された著作は友人の手で大陸文字に翻訳され、紙に記されて広く出版されている。なので書籍を刊行する際に使っている「オーケビョルン・ド・スヴェドボリ」の名は、人々の間ではまぁまぁ知られていると、いつだかに知人が話していたことを思い出す。
最初から大陸文字で書けば翻訳の手間も省けるのだが、残念なことに彼はアッシュナー共通語を流暢に話せても大陸文字を書けない。曲線の多い大陸文字はどうしても、竜の爪では書きにくいのだ。
そんな文章を書くことを生業として長い彼が。
見事なまでにスランプに陥って洞窟の地面に転がっているのだ。
「うむ、気分転換せねばならん。マルクスのところにでも行ってみるか」
再びごろりとその巨体を転がし、起き上がったオーケビョルンは洞窟の外へと足を向けた。引きこもりな彼でも、流石に現状を打開するには外出するしかないと思ったらしい。
ばさり、と皮膜が裂けかけた翼を羽搏かせて、彼は大きい身体を曇天へと躍らせていった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
追放シーフの成り上がり
白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。
前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。
これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。
ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。
ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに……
「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。
ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。
新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。
理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。
そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。
ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。
それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。
自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。
そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」?
戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。
転生?いいえ。天声です!
Ryoha
ファンタジー
天野セイは気がつくと雲の上にいた。
あー、死んだのかな?
そう心の中で呟くと、ケイと名乗る少年のような何かが、セイの呟きを肯定するように死んだことを告げる。
ケイいわく、わたしは異世界に転生する事になり、同行者と一緒に旅をすることになるようだ。セイは「なんでも一つ願いを叶える」という報酬に期待をしながら転生する。
ケイが最後に残した
「向こうに行ったら身体はなくなっちゃうけど心配しないでね」
という言葉に不穏を感じながら……。
カクヨム様にて先行掲載しています。続きが気になる方はそちらもどうぞ。
ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました
星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界でホワイトな飲食店経営を
視世陽木
ファンタジー
定食屋チェーン店で雇われ店長をしていた飯田譲治(イイダ ジョウジ)は、気がついたら真っ白な世界に立っていた。
彼の最後の記憶は、連勤に連勤を重ねてふらふらになりながら帰宅し、赤信号に気づかずに道路に飛び出し、トラックに轢かれて亡くなったというもの。
彼が置かれた状況を説明するためにスタンバイしていた女神様を思いっきり無視しながら、1人考察を進める譲治。
しまいには女神様を泣かせてしまい、十分な説明もないままに異世界に転移させられてしまった!
ブラック企業で酷使されながら、それでも料理が大好きでいつかは自分の店を開きたいと夢見ていた彼は、はたして異世界でどんな生活を送るのか!?
異世界物のテンプレと超ご都合主義を盛り沢山に、ちょいちょい社会風刺を入れながらお送りする異世界定食屋経営物語。はたしてジョージはホワイトな飲食店を経営できるのか!?
● 異世界テンプレと超ご都合主義で話が進むので、苦手な方や飽きてきた方には合わないかもしれません。
● かつて作者もブラック飲食店で店長をしていました。
● 基本的にはおふざけ多め、たまにシリアス。
● 残酷な描写や性的な描写はほとんどありませんが、後々死者は出ます。
烙印騎士と四十四番目の神
赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。
ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。
神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。
一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。
【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】
本作は、異世界転生ものではありますが、
・転生先で順風満帆ライフ
・楽々難所攻略
・主人公ハーレム展開
・序盤から最強設定
・RPGで登場する定番モンスターはいない
といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。
※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる