カーバンクル奮闘記~クラス丸ごと荒れ果てた異世界に召喚されました~

八百十三

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第4章 放牧

第35話 決断と逡巡

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 その後も襲い掛かってくる魔物達を尻目に、俺とカトーは昼食を作っていた。ブラッドバッファローが午前中に一頭飛び込んできたので、それを捌いて肉を切り分ける。
 朝のキラービーの肉を叩いて肉団子にし、ブラッドバッファローの骨に残ったバラ肉だったり端の方の肉を細かく切って、一緒に鍋の中へ。堅パンを割り入れて塩で味を調えればスープの完成だ。
 戦闘が一段落したところで、カトーがパンパンと手を打った。

「よし、昼の仕事はここまでにしよう。昼食にするよ。ニル、よそうの手伝っておくれ」
「わかった」

 カトーの言葉に従い、俺は木製のボウルを手に取った。大きな鍋からスープを掬い取り、器へ。まずは一緒に昼食作りをしていたフェリスの前に、ボウルを置いた。

「フェリス、ほら」
『サンキュー。今日の昼飯はなんだ?』

 湯気の立つスープに、フェリスがぺろりと舌なめずりをする。す、と彼の鼻の前にボウルを寄せながら、俺は言った。

「さっきしとめたキラービーのにくだんご、ブラッドバッファローのにく、いれたスープ。かたパンもわっていれてある」
『げー、さっきのでかいハチ入ってんの? マジでー』

 と、スープの説明を聞いたフェリスが、猫がフレーメン反応をするみたいな顔をした。まあ、嫌だなと思う気持ちは分かる。しかしさっきのキラービーだって立派な食料であることには変わりないのだ。
 ちなみにキラービーの肉団子は俺も味見をしたが、コクがあって食感がぷりぷりして美味しかった。鶏のつくねを食べているような感じだった。
 クロエにボウルを置いてもらったオーケが、早速スープの中の肉団子を鼻でつつきながら言う。

『でもフェリス、あのハチ、結構美味しかったよ』
『いや、でもさー。あの見た目見た後であれ食うってのも、なんかいやじゃん』

 すんと鼻を鳴らしながらも、フェリスもスープの中の肉団子を見た。見た目がアレなだけであって、味が悪いわけでは無いのだ。
 自分の手で木製のスプーンを持ち、感触を確かめながら、俺は口を開く。

「にくだんご、まるめるの、おれもてつだった。あじみもした。だいじょうぶだ」
『ニルが丸めたのかよ、手の毛が入ってたらお前のせいだかんな』

 するとフェリスが俺の方を見ながら、片方の口角を持ち上げた。文句ありげな表情だが、そこで文句をつけられても俺が困る。それに、ちゃんと手を洗ってから丸める作業をしたのだ。大丈夫、だと思う。
 と、そこで膝の間でボウルを挟んだカトーが両手を合わせる。

「よし。それじゃあ食うよ。グレーズ・メーヒ・シティ」
「「グレーズ・メーヒ・シティ」」
『『グレーズ・メーヒ・シティ』』

 レオン、クロエ、シグルドの三人も、俺達使い魔も、揃って感謝の文句を唱和した。早速各々スプーンをスープの中に入れていくところで、オーケがこちらに念話を飛ばしてきた。

『ニル、今のって、要するに『いただきます』?』
『らしいぞ。どうしたんだ今になって』

 オーケの言葉に念話で返す俺だ。正直口の中には肉団子、喋れない。こういう時、念話はとても便利だ。チャネルは向こうが開いてくれるし。
 すると、自分も肉団子をあぐあぐと噛みながら、しみじみとオーケが言う。

『なんか、こう……ここは日本じゃないのに、そういう言葉があるんだなぁって、思って』

 オーケの漏らした言葉に、きょとんとしながら全員が視線をオーケに向ける。同じく食事に忙しく、会話に口を使えないブラームとレオンが、揃って念話を公開チャネルに飛ばしてきた。

『そりゃーあるだろ、どいつもこいつも、うちのディーデリック老でさえも腹いっぱい飯を食えない国なんだぞ』
『昨日ニルがしっかり話してくれただろう。魔物は世界から俺達への恵みだ。生活の友としても、食料としてもな。なんなら砂漠のある地方には体内に水を蓄えた、サンドカクタスなんて魔物もいるんだぞ』

 レオンが諭すように話すと、オーケの顔が僅かに上がる。視線が向けられるのは、ガッつくようにスープの中の肉を食べるレオンだ。

『じゃあ、魔物を美味しく料理するには、人間の力が必要、ってことだよね?』
『そうなるな。どうした?』

 オーケの問いかけにレオンが不思議そうな顔をして返した。
 今更の質問だ。魔物の肉を料理するのは人間の役目だ。もちろん魔物の中でもルイザのように、獣人型の魔物で料理が出来る存在はいる。しかし、調理場の主役はいつだって人間だ。
 オーケの首がくい、と動く。一人黙々と食事をとるシグルドへと視線を投げながら、オーケは再び問いかけた。

『ご主人様、僕はもう魔物で、人間に戻ることは出来ない……そう、だったよね』

 オーケの問いかけに、思考が沈黙する。
 俺達は転生魔法パティヤをかけられて魔物へと生まれ変わらされた。不可逆の魔法であるこれは、変化魔法ヴェナスのように元の姿に戻ることは出来ない。今の俺達は、全員が例外なく魔物で、使い魔だ。
 シグルドも苦々しい表情をしながら視線を落として思念を流す。

『……ああ』
『でも、ニルみたいに変化魔法ヴェナスを身に付ければ、いつか人間になることは出来るんだよね?』

 そこにオーケが続けざまに思念を投げてきた。確かに俺が今しているみたいに、変化魔法ヴェナスを習得して獣人化、あるいは肌人化をすれば、人間の範疇には入る。努力を重ねれば耳や尻尾も引っ込めて、人間の姿になることも出来る、とラーシュは話していた。
 つまり、人間に戻る・・ことは、全く不可能ではないのだ。ただし、中身が魔物であることは変えられない。だからなのか、シグルドも非常に苦々しい表情をしていた。

『ああ……恐らくは。だが……』
『なあに?』

 何か言葉に詰まっているような、ばつが悪いような表情をするシグルドに、オーケがきょとんと首を傾げる。そこに声をかけるのはレオンだった。

「シグルド、お前は確か、エーヴァウトの門下だったな」
「エーヴァウト先生がどうした」

 レオンの確認の言葉に、シグルドが僅かに顔を上げる。不審がるような表情をした彼に、レオンは静かに声をかけた。

「エーヴァウト・ラウテンは強硬派の一員だろう。対して、旅団内で魔法研究を一手に担うラーシュ・シェルは穏健派の急先鋒だ。オーケがラーシュに教えを受ける中で、穏健派の考えに染まるんじゃないか……それが心配なんだろう」
「っ……」

 レオンの指摘を受けて、シグルドが僅かに視線を逸らす。どうやら図星を突かれたらしい。全員の視線がシグルドに集まる中、シグルドはぽつりぽつりと言葉を吐き始めた。

「その不安が……無いとは言わない。俺も、どちらかと言えばディーデリック老の考えには賛同している方だ」

 スプーンを手に持ったまま、スープの入ったボウルに視線を落としつつ話すシグルド。そのスープの水面が、軽く持ち上げられたスプーンでとぷんと揺れた。

「だが、それ以上に……オーケが魔法を身に付ける中で、真実・・を知ってしまうのが、俺は怖い」
『真実……?』

 シグルドの吐き出した言葉に、オーケが不思議そうに返す。それと同時に俺は、ぎゅっと胸が締め付けられる思いがした。
 そうだ。シグルドだけじゃない、この場の全員が、真実を全て話したわけでは無いのだ。
 ふと、シグルドが顔を上げて俺に視線を向けてくる。

「ニル。昨晩オーケの記憶の封印を解いた後、全てを説明してはいないな?」
「していない。ショッキングなないようが、いくつかあるから」

 彼の問いかけに、俺も頷きながら言葉を返した。
 俺達が地球からヴァグヤバンダに召喚されて、人間でなくなったあの日。俺と、レオンと、ディーデリックしか知らないこと、というのがある。
 水永君の人格が既に消されていること。ディーデリックら強硬派が地球を侵略するつもりで、俺達をそれに協力させるつもりということ。俺の記憶も人格も、ディーデリックの魔法には耐えたこと。
 それらの情報は、ラエルやフェリスにさえも全ては話していない。どうしても、インパクトが強すぎる。フェリスも思い出したように思念を流してきた。

『そういや、そうだよな。俺やラエルはニルやレオンとあれこれやる中で知っているけれど、まだ全部を教えてもらったわけじゃない』
「そうよね。あの日、あの時に起こったこととか、その後の使い魔達の状況とか……皆が知らないことは、まだたくさんあるわ」

 フェリスの言葉に、クロエも頷きつつ言った。実際、クロエやハーヴェイ、ヴィルマに話した内容もだいぶ選んでいる。ほぼフルオープンにしているのは、元々実情に通じているラーシュくらいだ。
 みんなの言葉を聞きながら、シグルドがますます俯く。

「俺は、それをオーケが知った時のことが怖い。だが……オーケの思う幸せがこの世界に無いなら、俺はオーケを楽園パラディーサヤへと連れていきたい、とも思う」

 シグルドはそう言うと、オーケの首元を優しく撫でた。その手つきは、前と変わらず優しい。
 何だかんだ、シグルドもオーケを大事に思っているのだ。唯一の使い魔だから、というだけではなさそうだ。鼻息を漏らしながらフェリスが言う。

『要は、使い魔である俺達本人の、希望次第、ってことか』
『僕の、幸せ……かぁ』

 それに続いてオーケも、しみじみとした口調で言った。少し考え込む姿勢をした後、オーケが俺の方に顔を向けてくる。

『ニル、やっぱりラーシュさんに、魔法を教えてもらうよう頼んでくれる? 僕、もう他人に料理を任せっきりにするのはイヤだよ』
「わかった、はなしておく」

 どうやらオーケは料理を学びたいらしい。今までずっと誰かの作ったものを食べるばっかりだったのが、自分で料理を作ることに意欲的になったのはいいことだ。変化魔法ヴェナスを身に付けることが出来たら、きっと今度はカスペルに師事するんだろう。
 嬉しそうに尻尾を振っているオーケを見ながら、シグルドが小さく目を見開いていた。

「そうか……」

 少々呆気に取られた様子でそんな言葉を吐き出すと、シグルドは若干冷めた自分のスープを、もう一度スプーンで掬い取った。
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