カーバンクル奮闘記~クラス丸ごと荒れ果てた異世界に召喚されました~

八百十三

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第4章 放牧

第28話 オアシス・オーサ

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 翌朝。俺とレオンはいつもより少し早くに、自室で目を覚ました。

「んーっ」
「キュ……(くあ……)」

 一緒にぐっと背筋を伸ばし、頭を振るって目を覚ます。そして俺達は顔を見合わせて頷いた。

「おはよう、ニル」
『おはよう、レオン』

 ベッドの上に飛び乗って、レオンに頭を擦り付ける。その頭をレオンが優しく撫でてくれる。気持ちがいい。俺もすっかり、小動物的ムーブが身体に染み付いてしまった。
 ベッドの上に腰掛けながら、レオンの顔を見上げつつ念を送る。

『今日、放牧に出るんだったか?』
「ああ、これから出かけるぞ。支度をしよう」

 そう、今日は早速、牧場の動物や魔物を放牧に連れていくのだ。カトーとクロエは、もしかしたら既に準備を進めているかもしれない。
 ちなみに今は朝だ。こんな時間から起きている旅団員は多くない。食堂に向かう間にすれ違う人数も少ない。

『メシは?』
「カスペルが昼の弁当とパンを用意してくれている。メインは現地で調達だ」

 レオン曰く、放牧は数日間ぶっ続けで行うらしい。その間の食事は旅団員で魔物を倒して調達したり、現地に自生する野菜や果物を収穫して食べるのだとか。パンは携行性と保存性を重視するために堅パンなので、食べるのが少々大変だが、遠征となると大概こうらしい。
 食堂に顔を出せば、ちょうど調理中のカスペルと目が合った。あちらが軽く手を上げてくる。

「おう、おはようさん」
「おはよう、カスペル」
「キュッ(おはよう)」

 レオンと俺がカスペルに返事を返すと、彼がくいと顎をしゃくった。顎の向けられた方に視線を向ければ、テーブルの上に二つの革袋が置いてある。

「弁当とパンの用意は済んでいる。そこのテーブルに置いてあるから、持っていけ」
「ああ、ありがとう」

 レオンがその革袋を手にとって、カスペルに礼を言いながら食堂を出ていこうとする。と。レオンの肩の上に乗った俺に向かって、カスペルが声をかけてきた。

「ああそうだ、ニル」
「キュ?(うん?)」

 何事か、とキッチンの中にいる彼へと顔を向けると、カスペルはにこにこと笑いながら俺へと声を投げかける。

「城の外に出るのは初めてだろ? 気をつけて行ってこいよ」
「キュキュッ(分かった、ありがとう)」

 見送りの言葉に片足を上げて返しながら、俺達は食堂を出て城の中庭へと向かっていった。その合間に、俺は少々気になっていた話を投げかける。

『外って、そんなに危険なのか?』

 俺は今日、初めて城の外に出る。カスペルがああ言うということは、それなりに危険がついてまわる環境なのだろう。旅団員がしょっちゅう外に出て、魔物退治の仕事を請け負うくらいには。
 確か今回の放牧にも、戦闘を専門とする旅団員が一人同行するんだとかどうとか。

「町の周辺はそんなでもないが、離れると魔物も多いしな。そういう魔物を討伐しながら、放牧場所まで行って数日過ごすになる」

 そう話しながら中庭に入っていくと、中庭の中央部の広いところに動物と魔物が出されて、引き綱を首につけられていた。クロエのフェリスも、その胴体にハーネスを装着されている。

「おはよう、レオン、ニル」
「ガウ(おはよう)」
「ちゃんと弁当は持ってきてるわね」

 カトーと、フェリス、クロエが俺達の顔を見て笑顔を向けてくる。そしてレオンと俺も、よくよく見知った彼らに片手と前足を上げた。

「おはようございます、カトーさん、クロエ」
「キュッ(おはよう)」

 そうして挨拶を行いながら、俺の視線はある一点に注がれている。それは、今の挨拶のやり取りを静かに見ていた、肌人種ネイキッドマンの男性と彼の隣りにいる大柄な狼だ。
 その彼に目を向けながらレオンがにこやかに笑う。

「今日同行してくれるのはシグルドか、よろしく」
「そうだ。俺を待たせるとはいい度胸をしているな、レオン」

 と、レオンを小馬鹿にするような笑みを向けながら、彼が言葉を返してくる。なんだろう、微妙に人当たりが悪い。

『こいつは?』
『無席次のシグルド・エイデシュテット。第十三席のエーヴァウトに師事している』

 レオンに念話を飛ばして問いかければ、すぐに返事が返ってきた。第十三席というと、エーヴァウト・ラウテン。彼は強硬派だったはずだ。となればこのシグルドも、強硬派である可能性は高い。
 そして彼が連れている狼の魔物。彼も覚えている。名前は、オーケ。

『ふーん……彼が、そうか』
『あの日の時に見覚えがあるか? とすれば、連れている使い魔は君の同級生なのだろう』

 俺が呟くと、レオンが察したかのように言葉を返してきた。それに対して俺は、小さく頷いて返した。
 オーケの人間時の名前は、記憶間違いでなければ高梨たかなし風樹ふうき。出席番号は20番だ。当然だが、俺の事を見ても何も反応を返してこない。
 と、既にカトー達は中庭の奥の方にある門に向かっている。そこから街に出て、オアシスの外に出るようだ。シグルドがうんざりした表情でこちらを見てくる。

「何をもたもたしている。行くぞ」
「ああ」

 シグルドの言葉に頷いたレオンが、カトー達と一緒になって門の鍵を開ける。彼の肩の上で、俺は眉間にしわを寄せた。

『なんか、随分高圧的だな。同じ無席次なのに』
『そういうものだよ』
『まぁいいんじゃね? なんか、無席次の中にも序列ってあるっぽいしさ』

 俺のぼやきに、集団念話を繋いだレオンとフェリスが返事を返してきた。フェリスによると、無席次の旅団員の間でもなんとなしの上下関係があるらしい。ちなみにレオンはその中でも下の方なのだとか。悲しい。
 そんなこんなで、城の敷地内を出てオアシスに入っていく。塀が切れると一気に視界が開けて、オアシス・オーサの絶景が視界いっぱいに広がる。

「キュ……(おお……)」
「グォウ……(すげえ……)」

 俺とフェリスが同時に感嘆の声を漏らした。
 ずらりと並んだ石造りの家々、広場らしきところには水生成器を使ったらしい噴水と、時計台が作られている。その広場から四方に道が伸びていて、「薄明の旅団」の城はその道の一本の先に作られていたらしい。
 カトーがにっこりと笑いながら、俺達に視線を向けつつ手を伸ばす。

「ニル、フェリスとオーケは、町に出るのは初めてだろう? ここがデ・フェール王国北部で最も大きなオアシス、オアシス・オーサだ」

 彼女の言葉に、俺は小さく首を傾げた。彼女の言葉を聞くに、王国の北部にもいくつのオアシスがあるように聞こえる。

『北部で?』
「そうだ。デ・フェール王国には六つの大きなオアシスがあって、最大のオアシス・レーデルが首都、オアシス・フェンテが中央部、オアシス・ポストマが東部、オアシス・ロークが南部、オアシス・ボルが西部という具合だ。他にも小さなオアシスが国内に点在している」

 俺がオウム返しするように念話を飛ばすと、返事を返してくるのはシグルドだ。きっちり説明をしてくれる辺り、そこまで面倒見の悪い人物ではない様子だ。
 シグルドの言葉を引き継いで、カトーがオアシスの説明を行う。

「オーサは見ての通り、オアシス周辺に市場が作られている。私達の城は水生成器があるからオアシスから離れた場所にあっても問題ないが、大概の市民はオアシス周辺に家を構えている。で、オアシスの右手に城が見えるだろう? あっちの城がこのオアシスの所有者、ファン・デル・ヘイデン氏の城さ」

 広場に立ってカトーが説明をしながら、オアシス周辺のあちこちに手を伸ばしてみせる。言われて見てみれば、確かにオアシスに寄り添うようにして、大きな城が立っている。つまりこのオアシスには、所有者の城と旅団の城、二つが建っているわけだ。
 その言葉に正直驚く俺である。「薄明の旅団」の城は結構大きいし、城の窓からそこそこ外が見えたがあの城までは見えなかったから、ディーデリックが旅団のトップをしながらオアシスの所有者でもあるのかと思っていた。

『やっぱりいるんだな、オアシスの所有者って……』
『そういうもんだよなー。てっきり、ディーデリックさんがオアシスのトップなのかと思ってたけど』
「町の町長のようなものさ。そういう立場の人間がいないと、どうしても統制が取れない」

 俺とフェリスが揃って言葉を零せば、レオンが苦笑しながら言葉を返す。そうして俺達は広場を抜け、オアシスに向かって街路を進んでいく。街路の両脇にはたくさんの露店スタイルの商店や屋台が並んでいた。

「ここがオーサの市場だ。こんな感じで露店が並んで、色んなものを売っている。うちの旅団もよく、グスタフのところの連中が売りに……ああ、いたいた」

 カトーが説明しながら露店の出ている道を進んでいくと、ある一店の前で足を止めた。屋台というには少々豪華な外装をした屋台の中で、一人の顔立ちの整った長耳人種ロンガーマンの男性が店番をしている。これまた見覚えのある顔だ。

「やあ、エメレンス」
「ああ、カトーさん。これから遠征ですか、お疲れさまです」

 カトーに返事を返したのは、エメレンス・ファン・エンゲル。前にちらっと話を聞いた、ディーデリックの息子の一人で、俺がここのところよく顔を合わせていたフォンスの弟だ。
 父親譲りのイケメンさで、旅団で作成していたであろう剣だの魔法の護符だのを売る仕事をしているらしい。
 そんな彼に、カトーがにこやかに返事を返す。

「ああ、これから放牧で数日間城を空ける。何か必要だったら、ハーヴェイかヴィルマに頼んでおくれ」
「分かりました、気をつけて」

 強硬派と穏健派であるはずだが、その割には普通に仕事の話をしあっている。この辺り、二人ともちゃんと折り合いをつけてやっているらしい。
 手を振りながら俺達を見送るエメレンスにちらと視線を向けつつ、俺はカトーへと念を飛ばした。

『カトー。グスタフの旅団での仕事って、物を売ることか?』
「ん、そうそう。さすがニル、覚えが早いね」

 どうやら俺の推測は当たっていたらしい。思えば第三席のグスタフだけ、どんな仕事をしているのかいまいち分からなかったのだ。
 謎が一つ氷解してもやもやしたものがなくなるのを感じながら、俺達はオアシス・オーサから離れる方向に動物や魔物を連れて行くのだった。
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