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第2章 仲間

第13話 ニルの才能

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「それにしてもさ」

 状況の整理が終わり、ラエルとフェリス、そして俺に、やれ向こうの世界の話はどうだ、向こうでどんなことをしていたなどと、四人から質問が次々飛んで。
 だいぶ打ち解け、地球の情報がデ・フェール人の四人に伝えられたところで、ふっとクロエが思い出したように口を開いた。
 会話が途切れ、全員が不意に言葉を発したクロエを見る。そのクロエがくいと顎を上げつつ、視線を向けるのは、俺だ。

「なんでニルは、ラエルやフェリスの人格の封印を解くことが出来たわけ?」
「そうだよな……しかも自分の魔石に触れさせるだけで。レオンが何か、魔法を仕込んだのか?」

 不思議そうに話すクロエに同調しながら、ハーヴェイがレオンの顔を見る。その目つきには、こいつにそんなことが出来るのか、と言いたげな空気がある。
 誰もが疑問に思うことだろう。どうして俺にそんなことが出来るのか。レオンが何か、俺に仕込むことが出来るのか。
 あらぬ疑いをかけられたレオンが、ゆるゆると頭を振る。

「俺は何もしていないよ……実際、俺だってなんでニルに、そんなことが出来るのか、見当もつかないんだ」

 力なく零しながら、レオンが俺の頭を撫でた。
 実際、本当にレオンは何もしていない。何か魔法をかけたわけでもなく、何か俺の魔石に細工をしたわけでもない。
 ただ、旅団で面倒を見ていた一匹のシトリンカーバンクルに、俺の魔石を埋め込んだだけだ。
 あれやこれやと質問されて疲れたのか、ハーヴェイの膝の上で丸くなるラエルが、ちらと俺に目を向けてくる。

『韮野君、何か魔法とか、使ったの?』
『でも、クロエや皆がそうするように、呪文を唱えたりは……していなかったよな』

 フェリスも、床の上に伏せて尻尾をぱたりと動かしながら、俺に目を向けてきた。
 俺もこてんと首を傾げながら、皆の視線を受け止めつつ思念を返す。

『俺自身も、詳しいことは分かっていない。
 ただ、俺の額の魔石に触れることが最終的なきっかけになって、人格封印魔法の解除が働く、ってことは、事実として把握している。
 それを働かせるために、いくつか条件も必要なんだろうけどな。多分、ただ俺の額に触れるだけじゃ、意味はないんだろうと思う』

 立ち上がって説明をしつつ、俺は右の前脚で自分の額に触れた。魔石が埋め込まれているそこには、相変わらず硬い感触がある。
 フェリスがきょとんとした様子で、小首をかしげた。

『条件?』
『うん。推論でしかないが、考えられるものが三つある』

 投げかけられた言葉にこくりと頷きながら、俺は片方の前脚を立てた。こういう時、人間みたいに指で数を示せないのが、ちょっともどかしい。
 人間も魔物も、頭に疑問符を浮かべる中で、俺は俺の考えを一つずつ並べていった。

『一つ、その使い魔が人間の頃の人格を上書きされていないこと。まぁ封印を解いても出てくる人格がなきゃ、働きようがないよな。
 二つ、俺の人間だった頃の名前が、韮野泰生であることを、その使い魔が認識すること。もしかしたらただ認識するだけじゃだめで、名前を言わなきゃダメな可能性もあるが。
 そして三つ、その使い魔が人間だった時に誰だったか……どんな奴だったかを、俺が認識すること。多分、これが一番封印を解くカギとして大きい気がする』

 俺の言葉に、全員がはーっ、と息を吐いた。
 納得か、驚愕か、それとも別の何かか。いずれにしろ、こうして並べ立てられた条件に、異論を唱える者はいないらしい。

「結構、いろいろあるな……」
「でも、安心したわ。ニルがあっちこっち動き回って、封印を解いて回るんじゃ、絶対混乱が起きるもの」

 レオンの漏らした言葉に頷いたヴィルマが、安心したように肩の力を抜いた。
 彼女の発言に俺も頷く。そこは全力で同意するところだ。
 クラスメイトを助けたい。しかし焦って助けに回れば、確実に旅団内に不和の種を蒔く。団員間の対立だって産むだろう。
 今の俺は何の力も持たないシトリンカーバンクル。その命を奪うことなど、俺の行動を諫めることより何倍も簡単だ。

『まあな。俺だってあんまり焦って、旅団の中を引っ掻き回すのは避けたい。殺されちまったらおしまいだからな。
 だから、俺もレオンも、念話魔法を駆使したり話をする場所を部屋の中にしたり、気を使って動いているってわけ』

 肩をすくめて苦笑を零す俺に、同意するのはラエルとフェリスだ。
 自分がどういう存在か、自分たちを飼っている・・・・・人間たちがどういう力を持つものか、理解できないほど二匹は愚鈍ではない。

『そうだよね……私達はカーバンクルだもん、戦う力を持っているわけじゃないし』
『俺だってアースタイガーだとはいえ、本物の戦闘集団である旅団のやつらにかかったら、一捻ひとひねりだもんな』

 しゅんと耳を垂らすラエルに視線を向けながら、フェリスが前脚を組んだ。その太い足と鋭い爪はとても頼りに見えるが、彼だって生殺与奪権せいさつよだつけんを旅団に握られている。
 にじみそうな若干の残念さを隠しながら、俺は両の前脚を高く持ち上げた。

『そういうこと。だから遠藤さんも辛島君も、普段は普通に魔物らしく、使い魔らしく、自分の主人と旅団員には忠実に振る舞ってほしい。
 クロエもハーヴェイも、ヴィルマも、普段はいつも通りに仕事をしつつ、今回の召喚事故で新しく使い魔を得た旅団員と話をする機会があったら、レオンが接触できるように誘導してもらいたいんだ』

 旅団員三人に目を向けながら俺が言うと、三人が三人とも、揃って肩を竦めた。同時に、困ったような笑みを浮かべる。
 だが三人とも、笑っている。嫌味のある笑みではなく、心の底から、称賛するような柔らかな笑みを浮かべている。
 ふっと息を吐きながら、まず口を開いたのはクロエだった。

「簡単に言ってくれるわね」
「全くだ……だが、ラエルやフェリスが幸せになるためなら、俺達も喜んで協力しよう」
「私も。カトーさんの下で一緒に働く、仲間だもんね」

 次いで、ハーヴェイも、ヴィルマも。笑いながら俺を、小さな小さな俺を、優しい目をして見下ろしていた。
 その表情に、俺も自然と口元が緩んで。気が付けばラエルもフェリスも笑っていて。
 ふと、頭上から手が伸びる。出来た影に上を向けば、レオンが笑いながら俺の頭を撫でようとしていた。
 そちらにぐ、と頭を押し付ける。そのまま心地いい顔をして撫でられる俺に、レオンが感心したように声をかけてきた。

「それにしても、四十一人だろう? ニルはよく、その全員の名前も、その全員が誰の下に付いたかも、あの騒動の中で把握できたな」
「そうよね。ディーデリック老に問いかけを投げてレオンに組み敷かれていた、線の細い少年が貴方でしょう? そんなに利発そうな顔には見えなかったけれど」

 レオンに同意しながら俺の顔を覗き込んできたのはヴィルマだ。
 なるほど、俺が押さえつけられているその現場を見られていたか。あれだけ目立っていたら仕方がない。
 レオンの手の下で、苦笑する俺の鼻がスンと鳴る。

『日頃から、クラス内で目立たないように、平穏無事に過ごせるように気を巡らせて、周囲の観察にいそししんでいたからな。
 あの時も、最後の最後までレオンに組み敷かれて、皆が契約を結ばされるのを見させられていたことが功を奏した。誰の傍にどんな奴が近づいたか、見ていられたからな』

 淡々と、感情的にならないように話す俺。こうしてあんまり感情を露わにしないで話すのも、いつの間にか自然と出来るようになっていた。
 変に目立たぬよう周囲に気を使い、出しゃばりすぎない程度に他人と話し、誰とでも仲がいいが誰とも親友ではない、そんな学校生活を俺は送ってきた。
 そうすることが生きていくのに必要だったから、そうしてきた。
 その結果、状況を観察する力と他人を観察する力は、鍛えられてきたと思っている。
 そんな目立たない生徒だった俺のことを思い出しながら、ラエルとフェリスが嘆息する。

『韮野君、普段からあんまり目立つ感じのキャラじゃなかったけれど……そうだったんだ』
『まぁ、目立つようなことはしてなかったよな、普段から……飛びぬけてテストの点数がよかったわけでもないし』

 フェリスの言葉に、俺もこくりと頷いた。
 学校の成績は取り立てて悪くなかった。かと言って成績表に「5」ばかり並ぶような生徒でもない。
 学業に関しては、全力を尽くしてこうだった。本当は模試全国トップクラスだけど敢えて手を抜いていたみたいな、ラノベの主人公みたいなことはしていないと、誓って言う。
 頷いて、また肩をすくめる俺だ。

『成績は平凡だったよ。ただ……カスペルに『聡い奴だ』とは言われた。
 他人と状況を観察する力は、確かにあるとは思ってるけどな』

 俺の、何でもないことを何でもないように話すのを聞いていたクロエが、はーっと深く溜息をついた。
 ぐいと腕を伸ばして、露わになった俺の柔らかい腹を、つんとつつく。

『あうっ』
「ニル、だとしてもあんた、自分がとんでもないことやってることは自覚したほうがいいわよ」
「そうだな。この旅団にもいろんな才能を持っているやつはいるが、旅団に所属するメンバーの半分以上の名前を知っている奴なんて、ルーペルトくらいなものだ」
「だよねー。私、席次持ちのメンバーすら、全員の名前を言えないもん」

 弱いところを突いてくるクロエにおれが身悶えすると、ハーヴェイもヴィルマもそれに同調してきた。
 人を観察し、場の空気を読んで生きてきた俺としては、驚きに目を瞠るしかない。

『そういうもんなのか……』
「君達の元いた世界がどれ程かまでは知らないが……この世界の人間は案外、他人に興味なんてないもんだぞ、ニル」

 腹をさする俺に、呆れた声色でレオンが話しかけてくる。
 ポカンと口を開く俺の姿を見て、ラエルとフェリスは可笑しそうに喉を鳴らしながら、そっと目を細めるのだった。
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