ブラック企業勤めの俺、全部が嫌になり山奥のシェアハウスに行く

丸焦ししゃも

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第2話 「ちゃんと歯ブラシ持ってきた?」

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 この子の名前は 佐藤 陽葵 (さとう ひまり) 。17歳の女子高生。

 家が隣同士で親同士も仲が良く、兄妹同然で育った間柄だ。
 くりっくりの大きい目と長いまつげが特徴的で、黒い髪のやや長めのボブカットでややくせっ毛気味でウェーブがかかっている。


「ちゃんと歯ブラシ持ってきた? ハンカチとタオル多めに持ってきた? 暑いから水分補給マメにしないとダメだよ。あっ! クスリは多めに持ってきたから安心してね!」
「……」

 怒涛の質問攻めにあう。

 う、うぜぇええええええ!

 そうなのだ、この子は元来の心配性な性格もありやたらこちらに干渉してくるのだ。
 そう! それはまるでうちのオカンのように!

 終わった。
 こいつに見つかったら癒しどころではない!
 やたらああしろこうしろ言われるに決まってる!

 さようなら、俺の癒しのシェアハウス生活。

「と、とりあえず立ち話もなんですので中にどうぞ」

 そんな様子を見ていた大家さんが陽葵に中に入るよう促した。

「えーと、鈴木さんのお知り合い?」
「はい! 佐藤 陽葵 と言います! そこの鈴木 春斗くんの幼馴染です!」

 陽葵が元気ハツラツと大家さんと話している。

「んーと困ったな、今佐藤さんのこと泊めてあげられる部屋がないんですよ」
「突然、来てしまって本当に申し訳ございません。お部屋はそこの春斗くんと一緒でいいので泊めていただけないでしょうか」

 ぺこっと頭を下げる陽葵。

「お布団はあるので大丈夫ですけど、佐藤さんは大丈夫なんですか?」
「はい! 全然大丈夫です!」

 何言ってんだこいつ! 大丈夫じゃない! 全然大丈夫じゃない!

「鈴木さん、このまま佐藤さんを帰すわけにも行かないですしお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい……問題ないです」

 大家さんに言われてはこう答えるしかなかった。がっくり。

 そのまま陽葵の荷物を置きに俺の部屋に向かった。

「わーー! 思ったよりもずっといいお部屋だね!」
「……陽葵、どうしてここに来たんだよ」
「? どうしてって春斗くんのこと心配だったからじゃん」
「学校は?」
「今夏休み」
「親にはちゃんと言ってきたのか?」
「そもそも春斗くんのおばさんにお願いされたんだよ? 様子見てきてほしいって」

 そう言うと、ぐいっと陽葵が俺の顔をのぞきこむ

「もーー! 本当に心配してたんだよ! 春斗くんが社会人になってから忙しそうでずっっと遠慮してたんだけど、やっぱり私が見てないとダメだね!」
「うっ……」

 全てが嫌になってここに来た手前、陽葵に何も言い返すことができない。
 陽葵の目は少し涙ぐんでいるように見えた。

「だ、大体お前学校の友達とかと遊ばなくていいのかよ、せっかくの夏休みだろ!」
「んー、約束しても最初のほうだけだし。みんなバイトとか部活とかで忙しいし」

 そう言いながら、せっせっとボストンバックから荷物を出す陽葵。

「クスリはここの棚に置いとくよー、頭痛くなりそうになったらすぐ飲んでね。あっ! クスリ飲む前は何かお腹に入れなきゃダメだからね」

 早速、陽葵オカン色に俺の部屋が染まっていく。
 俺のテンションのジェットコースターは地面にめり込んでいた。



※※※


 
 夕食の時間になっていた。 
 
 何やら今日は俺が来たお祝いにということで大家さんがご飯をご馳走してくれるらしい。

「お腹すいたね春斗くん」

 ガチャっと陽葵と部屋の外に出ると、ばったり隣の部屋の省吾くんと鉢合わせしてしまった。

「あれ? どうしたのその子?」
「初めまして佐藤 陽葵です! そこの春斗くんの付き添いで来ました!」
「あー、初めまして高橋 省吾です。あれ? 春斗って言うんだっけ、ウマレカワルノダー君は」
「最初に自己紹介しましたよねっ!!」

 いかん、いかんこの人の調子に合わせちゃいけない!
 あくまで冷静にいかなきゃ。
 クールにだ! クールに対応しよう!

「ウマレカワルノダーって何ですか?」

 陽葵がきょとんとした顔で省吾くんに質問する。

「あーあれはな」
「説明しなくていいですからっ!!」

 すいません、やっぱりクールにはなれませんでした。



※※※


 
「美味しい! めちゃくちゃ美味しいです!」

 食卓には、から揚げや煮物などが並んでいた。
 煮物ってあんまり得意ではなかったのだが、今食卓に並んでいる煮物は味付けが絶妙でご飯がすすむ。

「もー、色々こぼしてるよ春斗くん」
「あ、ごめん」

 隣の陽葵が俺の前を拭いたりなんだりして色々世話を焼く。

「そんな風に食べてもらえると嬉しいねー」

 大家さんが笑顔でこちらに微笑む。

「それにしても作り過ぎちゃったかな。他の二人は今日は帰ってこないんだね」
「あー、雅文まさふみはバイトで佳乃かのさんはいつものじゃないですかねぇ」
「そっかぁ、作り置きにしとくから明日食べちゃってね」
「はーい」

 まだ知らぬ、住人の名前を出しながら省吾君と大家さんが会話をしている。
 ここにはあと二人の住人がいるらしい。

「なー、ところで二人って付き合ってるの?」
「ぶーーーーーっ!」

 唐突に省吾くんがこちらに話をふってくる。

「私も気になってました!!」

 大家さんも目をきらきらさせてこちらに聞いてくる。

「まだ付き合ってません!!」

 陽葵が元気よく答える。

「お、お前はもう黙ってろーー!」

 陽葵の頭をぐりぐりと押さえつける。

「春斗くん痛いよ~」
「あーなるほど、そんな感じなのね」

 クククっと省吾くんが笑う。

「いいなぁ」

 大家さんもニコニコとこちらを見て笑っていた。

「あっ、ところでなんだけど、明日私の娘来るから少しだけ目をかけてやってくれないかな」
つむぎちゃんですか? 大丈夫ですよ、いつも紬ちゃんって部屋で大人しく本読んでるだけですし」
「あはは、ああいうインドアなところは私にも旦那にも似ちゃったのかなぁ」
「大家さん旦那さんとラブラブですよねぇ、明日もデートですか?」
「えへへ、そんなとこ」 

 省吾くんと大家さんがそんなやり取りをしていたら、大家さんが今日一番の笑顔を見せる。
 まるで砂漠に咲いた一凛の花のようだった。

 見たくなかった……。あの笑顔は見たくなかった。
 さらば俺の半日の恋……。

「はーーるーーとくーーん!」

 隣の女子高生からはなぜか漆黒のオーラが溢れ出ていた。
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