打ち切り漫画家、デビュー作を人気低迷に追い込んだ最悪悪女に転生する

深水シズム

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第3章 内通者捜索編

第28話 思い出のネックレス

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「えっ…、ちょっと待てよザック」
「ラプラスさんが…たくさんいる容疑者の中からわざわざピックアップする程可能性が高いんですか!?」
トオルもエリナも驚いている。
しかし、私も同じ位驚愕していた。
確かに、ツェリンさんも他の生徒と同じく疑いの目自体は向けていた。
しかし、まさかあの疑り深いザックから名指しで容疑者に挙げられる程怪しまれているとは思いもよらなかったからだ。
「あぁ、そうだ。
この女はクラス全員と不自然な程接触を図ってコミュニケーションを取ろうとしているが、よくよく注意深く見ていると明らかにアグネスへの接触が多い。
これは、クラス中の生徒と話す事で様々な情報を収集しつつ、アグネスと積極的に会話する事でアグネスへの監視も兼ねている可能性が高いと俺は見ている」
「ちょ…、待ってよザック!」
私はザックの話を遮って言う。
「流石にそれは早計すぎるでしょ!?
ツェリンさんは確かに誰とでも話すし、その中でも私に話しかけてくる頻度は高いと言えば高い気もするけど…、それだけで人狼だと決めつけるのはちょっと…」
「話は最後まで聞いてくれ。
俺がコイツを一番怪しいと思った理由を聞かせてやる。
まぁ、さっきと同じパターンにはなるんだが…ラプラス・ツェリンのメルヘンの事だ」
えぇ…?
ツェリンさんのメルヘン能力『塔上の姫君(ハイランダー・プリンセス)』にはさっきのリアドのように狼にまつわる要素なんてこれっぽっちも無い。
そもそもさっきのリアドへの疑いの理由も私みたいなオタクがSNSで盛り上がってやるこじつけ考察みたいな感じになってたし、もしかしてザックってあんまりこういう推察得意じゃないんじゃないの~???なんて思ってしまう。
まぁそう言われてみれば原作の中でザックが何かしらを推理する場面は描いてなかったけども…。
だが、私の中で渦巻いていた疑念は次の瞬間綺麗さっぱり打ち砕かれる事となる。
「彼女の髪を自由自在に伸ばして操るメルヘン…、『塔上の姫君』は俺も見たことがあるが、あの能力、『真紅の頭巾(クリムゾン・フード)』で代用可能だとは思わないか???」

……、えっ???

「そう、言われてみれば…確かにそうかもしれないな」
「髪の毛の長さを変えるのも一種の『変身』みたいな物ですし、今まで出て来た候補者の中では一番可能性としてはあり得そうですね」
トオルとエリナは純粋に分析しているが、私は気が気でなかった。
そうなのだ、ザックの言う通りツェリンさんの”髪の毛を自由自在に操る能力”は、『真紅の頭巾』で再現可能だと想定しても全く不思議ではない。
むしろ、何故私はその可能性に気が付かなかったのだろう。
…心の中で無意識のうちにその可能性を除去していた?
私はツェリンさんのギャルみたなノリは少し苦手だ。
けど、ツェリンさんはエリナ達以外の同級生の中では唯一、私の事を恐れず、馬鹿にもせず、対等なクラスメイトとして当然のように接してくれた。
私は心のどこかでそんな彼女の在り方に感謝し、正体が人狼であるという可能性を考えないようにしていたのかもしれない…。
でもザックの考察を聞いて、私は納得してしまった。
ツェリンさんが人狼だとしたら、あまりにも全ての辻褄が合ってしまう。
彼女が私に友好的に接してくれるのも、あの時落とした紙を拾ってくれたのも、全部私を監視する一環だったとしたら???
私は…、一度でも心を許してしまった相手と戦えるのかな。

「…お嬢様?」
しばらく下を向いて考え込んでいた私の様子を見かねて、アイラさんが声をかけてくれた。
「…まだ、あくまで”仮定”の話です。
ツェリン様が人狼だと確定したわけではございません。
そう気を落とさないで下さいませ」
「だよ、ね…。
うん…ごめん……」
「…ま、とりあえず俺の番は以上だ。
リアド…はともかく、ラプラス・ツェリンを始め今日ここにいるメンバーから名前が挙がった人間には特に厳重注意し、更なる調査を進めて欲しい。
勿論、今日名前が挙がらなかった面々に対しても油断は大敵だ」
「それでは、今日の定期報告会はここでお開きといたします。
辛い状況が続きますが、皆で力を合わせて乗り切りましょう」
アイラさんが締めの言葉を言い放って、定期報告会は一旦の終わりを迎える。
しかし、私の気分は中々晴れる事が無く…。
「…アグネス様、かなり顔色が悪くなっていますね……」
「無理もないぜ、ラプラスが人狼かもしれないなんて、俺でもショックだったんだから。
一応可能性は考えていたとは言え、普段何気なく喋り懸けてくれる相手が実は敵かも知れないなんて、すごく親しい仲では無かったとしても相応のショックは絶対あるはずさ」
報告会が終わった後も私がしばらく固まったままであったため、エリナとトオルにも心配をかけてしまった。
「…やれやれ」
そんな私を見て、ザックは少し呆れた表情を私に向けるのだった。


「はぁ~…、なーんかモヤモヤしちゃうなぁ」
翌日、登校早々お腹を下して入ったトイレから教室に戻る最中、私は溜息をつく。
あんな事言われて、私これからどうやってツェリンさんと付き合って行けば良いのやら…。
これまでだって一応警戒はしているつもりだったけど…。
「おはおは~、アグっち~!」
突然後ろから両肩を捕まれて、私は情けない声を上げた。
「ひゃえっ!?」
噂をすれば何とやら…、ツェリンさんが私の後ろに立っている。
一瞬『何で!?』と思ったけれど、よく考えてみればトイレから教室まで行く道は出入り口から教室へ向かう時と同じ廊下を歩く。
ツェリンさんは今ちょうど登校してきたのだろう。
「あぁツェリンさん、おはy」
「ねぇ聞いてよアグっち!
昨日さ~♪」
私の挨拶に被せて、早速自分のペースで話し始めるツェリンさん。
あ、相変わらず絡みにくい…。
けどそれ以上に、私は気まずくて今までよりも何倍もツェリンさんとの会話に困ってしまった。
彼女の一つ一つの仕草や言葉に一々穿った見方をしてしまうし、特に違和感が感じられない事にも逆に怖くなる。
彼女の明るい性格も、押しの強い一面も、全ては演技なの…?
それとも本当にただの一般人…?
…ダメだ、まっっっっっったくわからん。

…あれ?
私はふと、ツェリンさんの首元に感じた違和感に気が付く。
「ねぇ、ツェリンさんっていつもネックレス着けてなかったっけ???」
そう、彼女の首には常日頃特徴的な形のネックレスがかけられていたはずだ。
けれど、今日は何故かそれが装着されていない。
「んー、そだよ。
着けてた着けてた!
てかウチの事そんなにちゃんと見てくれてたんだ、テンアゲなんですけど!?」
「あれ、あんまり見たこと無い形というか…誰かの手作りっぽかった気がするんだけど、ひょっとして大切な物なの?」
ふと疑問に思い質問してみると、ツェリンさんは珍しく少し落ち着いた表情になって、ネックレスの事を話してくれた。
「…あのネックレスはね、ウチのお姉ちゃんがくれたやつなの」
何でも、ツェリンさんの家は結構親が厳しい家庭だったらしく、今のツェリンさんの性格からは中々想像し辛いけれど、家にいた頃は口うるさい両親から何かと泣かされる事が多かったらしい。
そんなツェリンさんにとって唯一の心の拠り所が、彼女のお姉さんだったそうだ。
「お姉ちゃんはパパやママと違って、何にも出来ないウチの事を滅茶苦茶大事にしてくれたんだよ~。
ウチが泣いてる時はいつも抱き締めてくれて、あったかくって…」
そんなお姉さんの個人的な趣味がネックレス作りだったらしく、その腕前はプロの造形師にも劣らない程だった。
「あのネックレスは、お姉ちゃんがしばらく仕事で家を離れなくちゃいけなくなった時にウチにくれたの。
『離れていてもお姉ちゃんは傍にいるよ』、って。
結局仕事が忙しくてそれ以来お姉ちゃんとは会えてないんだけど、それでもあのネックレスがあれば、お姉ちゃんの温もりが感じられる気がして…だからウチは今日まで元気に過ごせて来たってワケ!
いー話でしょ~!?」
明るく、しかしいつもよりも穏やかな笑顔で私に問いかけるツェリンさん。
「…そっかぁ、良いお姉さんだったんだね。
それで、そのネックレスは何で今日は着けてないの…?」
「あー…、まぁその、ちょっと今日は着ける気分じゃなかったっていうか。
まぁネックレス無くても十分お姉ちゃんの存在が感じられるようになった的な!?
とにかく気にしなくて全然だいじょぶだから!早く教室行こ???」
「う、うん…」
…本当にそれだけ?
ツェリンさんの物言いに何か引っかかる違和感を感じらながら足を歩めていると…。
「あ~らぁ。
これはこれはスタンフォードさんにツェリンさん、ご機嫌よう」
うっわ…、教室の前でケイティとその取り巻き二人が私を待ち伏せしている。
もう本当に勘弁して欲しい、いつまで私に付き纏えば気が済むのか。
「はいはい、おはようケイティさん。
先に言っとくけど今日も私はあなたからの決闘は受ける気は無いから…。
行きましょ、ツェリンさん」
「そ、そだね」
私はツェリンさんと一緒にそそくさと教室に入ろうとするが…。
「…え?」
ふと目に入ったケイティの首元に、私は目を奪われる。
「…ちょっと待って。
ケイティさん…、あなたが首から下げてるそれ……」
「あらぁ、スタンフォードさんの腐った目にしてはお目が高いじゃないの。
そうよ、この素敵なネックレスは昨日手に入れましたの♪」
何故なら、ケイティの首にかかっているネックレスは、昨日までツェリンさんが首から下げていたそれだったからだ。
「あんな浮ついた庶民が持ってたんじゃ勿体ないですよねぇケイティ様!」
「そーそー!
昨日調子に乗ってケイティ様にウザ絡みした罰だっつーの!
ギャハハハハ!」
下品な笑い声を上げる取り巻き二人の姿に、私は確信を持つ。
「まさかあんたッ…!ツェリンさんのネックレスを…!?!?!?」

ケイティは悪びれる様子も無く、昨日ツェリンさんとの間に何があったのかを話し始めた。
昨日の朝休み時間、ツェリンさんに馴れ馴れしく絡まれた事をその場では流したものの、やはり庶民から遥か格上の自分に気軽に絡まれた事に腹を立てていたケイティは、放課後ちょうど私達が定期報告会をやっている頃の時間帯にツェリンさんを呼び出した。
『おケイ~、わざわざウチを呼び出すなんて珍しくね!?
超嬉しいんだけど!』
『ハァ~ッ…、相っ変わらずワタクシの事を下に見てるとしか思えないその態度。
ほんとにムカつきますわね…!』
『えっ…、もしかして嫌だった感じ…?
今までそんなに嫌がってなかったから気付かなかったよ~、マジごめん!!!』
すると、意地悪な取り巻きがツェリンさんのネックレスに気が付く。
『あーっ、見て下さいよケイティ様!
こいつ、庶民の癖に贅沢にネックレスなんて着けてますわ!』
『えっ…、それは…!』
もう一人の粗暴な取り巻きが、ケイティのネックレスを強引に取り上げる。
『へぇ…、なるほどなぁ。
どうやら素人の手作りらしいが、中々良い完成度してんじゃねーか』
そして粗暴な取り巻きの手からケイティに渡されると、彼女はまじまじとネックレスを吟味した。
『ふ~ん…。
このネックレス、形こそ独特ではありますがそれ以外のクオリティは王家の方が身に付けていても違和感の無い程の出来栄えですわ。
あなたの様な小汚い庶民が持っていたんじゃ宝の持ち腐れじゃないかしら???』
『いや…、それはウチのお姉ちゃんの…』
『良いわ!
このネックレスを献上してくれるのなら、あなたのこれまでのワタクシへの不敬行為を不問と致しましょう!
それで良いわよねツェリンさん!』
『……』
ツェリンさんは何も言い返さなかったらしい。
『良かったですね~ケイティ様!
タダでこんな良いアクセサリーが手に入って!』
『やっぱりケイティ様のカリスマ性によく似合ってるよな~!!!』
こうして、ツェリンさんのネックレスはケイティ達の手に渡ってしまった…。

「っ…!!!
あんたねぇ、いくら自分が王族に近い家だからって、やって良い事と悪い事があるでしょ!?
あんたがやった事はただの窃盗よ窃盗!!!」
「やだ~、窃盗だなんて人聞きの悪い!
ツェリンさんは自分の意思で、ワタクシにこのネックレスを献上してくれたんですもの♪」
「遥か格上の身分の人に無理矢理取り上げられたら、そりゃ怖くて拒めるわけ無いでしょ!?
それのどこが自分の意思なのよ!!!」
怒号を上げる私だったが、意外な事に『良いよ~、怒らなくて』と私の手を止めたのはツェリンさん本人だった。
「別に大した価値のあるネックレスじゃないし、そんなネックレスがアントワネット家のおケイに見定められたなんて知ったらきっとお姉ちゃんも喜ぶよ!
毎日着けてたからウチも正直飽きてきてたし?
そろそろ新しいアクセサリーに変え時だったからちょうど良かったんだよね~!
元はと言えばウチがおケイの気を悪くしちゃったのがきっかけだし。
だからさ、別に良いの。
気にしないでね、アグっち!」
…ツェリンさんは口ではそう言うけれど、私にはわかる。
その取り繕った笑顔の下で、ツェリンさんは間違いなく泣いている、悲しんでいる。
そりゃあそうだよ。
だって、あのネックレスはお姉さんとの大切な思い出の詰まった物なんでしょ!?
けど、相手が身分の高いケイティだったせいで、ツェリンさんはそれを自分から言い出せないんだ…。
「…ケイティさん。
いや、ケイティ!!!」
「…?どうしましたの?
声なんて荒げて耳障りですわ」
「……ほんとは嫌だけどさぁ、私に付き纏うのは私が我慢すれば済むから別に良い。
けどねぇ!?
私以外の誰かにそんな事するのは見過ごせない!
ましてや、そのネックレスはツェリンさんの大切な思い出の品だって知っちゃったからには尚更…!
あんたが王族の側近の家系だろうが何だろうが、窃盗は窃盗、悪い事は悪い事なのよ!!!」
「ふぅん…、それで?」
私は右手の人差し指で思いっきりケイティを指差して、言い放った。
「…ケイティ・アントワネット。
あなたに『決闘』を申し込むわ!!!
あなたが勝ったら、前々から言われてた退学でも何でも受け入れてやるわよ!
けど私が勝ったら…、そのネックレスをツェリンさんに返して謝罪しなさい!!!!!!」
「…そう来なくっちゃ♪」
ケイティは、『待ってました』と言わんばかりに口角を上げて不敵な笑みを浮かべた。





――――――――――――――――――
次回は5月30日(木曜日)更新予定です。
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