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第3章 内通者捜索編
第26話 気まずい空気 ※ザック視点
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あの黒の栞の刺客・人狼襲撃事件から数日が経過した。
俺はあれから毎日のようにこの学園のあらゆる生徒や教師の一挙一動に目を凝らし、少しの動きも見逃さないように気を張っている。
元から俺は他人を信用していないが、今も尚あのクソ人狼がこの学園のどこかに潜んでいると思うと余計に気を揉まれるのは当然の摂理だった。
あの日、あの時、あの瞬間、人狼の奴に俺のツルを破られて逃げられてしまった事は一生の不覚だ。
後でアグネスにも確認したが、あの人狼は”一度目の世界”で俺が撃破した事がある相手と同一個体だと言う。
だとすれば、俺は一度勝利している相手に負けた事になる。
その事が余計に悔しく、怒りを掻き立てられた。
”一度目の世界”で黒の栞を殲滅させる事が叶わず、この二度目の世界でも奴らの良いように翻弄されているという事実は非常に腹立たしい。
待ってろよカルト集団共…、この俺が必ず貴様らを八つ裂きにして、今度こそ一族の恨みを晴らしてやる…!!!
「あれっ、ザックじゃん。
こんな所で何してるんだ?」
ん…、この声はトオルか。
「あぁ、例の内通者を探るために色々とこの学園の奴らの様子を探っていた。
いくつか怪しい人物も選出はしてみたが…、はっきり言って現時点では容疑者が多すぎるな。
ほとんど役に立たないデータと言っても過言ではない」
「そっ、か…。
俺も一応気を配ってるけど、正直全然わかんないや。
目星が付けられてるだけ凄いんじゃね?って俺は思うけどな~」
「…そうか」
「……」
「……」
…何だ、この空気は。
俺もアイツもお互い次に続く言葉が出て来ないせいで長い沈黙が続いている。
流石の俺でもこの空気は正直キツい。
普段ならこのままさっさと場を離れるに限るが、流石に付き合いのあるトオル相手にそれは失礼だろう。
何か、話題を出した方が良いのだろうか。
「…そう言えば、俺とお前が二人きりになるのは珍しいな」
何とかひり出した話題を、俺はトオルに投げかけてみる。
「あ~…、そう言えばそうだったな。
結構それなりに4人で一緒にいるようになってきたから忘れてたけど、そういや俺達ってアグネスを間に通さないとあんまり繋がりが無いんだった、忘れてたぜ」
ははは、とトオルは笑う。
それが無性に寂しく感じる。
俺とお前は、”一度目の世界”でならあんな偽アグネスを通さなくても深い繋がりがあったと言うのに。
”一度目の世界”のトオルと今目の前にいるトオルは実質的には別人と言っても良い。
俺が知っているトオルはもういないのだ。
でも、それでも俺は…今度こそお前とエリナに幸せになって欲しい。
たとえ俺の知っているお前でなくっても、根底は同じトオル・ナガレのはずだろ?
「…なぁ、お昼ってもう食べたか?」
俺はおもむろにそう聞いてみる。
「ん?いや、今から行こうと思ってたけど…」
「……一緒に行かないか?
前にメルヘンの事は少し聞いたが…、お前とはもっと、1対1でも話してみたい」
いつまでも俺の知っているトオルに固執していてはいけない。
悔しいが、あのアグネスの言う通り、俺はこの世界のトオルに向き合う必要がある。
あいつがいなくたって俺は関係を深められると証明してやる、これはその第一歩だ。
「おぉ…、お前が自分から食事に誘うなんて珍しいな。
もちろん良いぜ、一緒に行こう!」
食堂で今日のビュッフェメニューを物色する俺とトオル。
とは言え、俺のメニューは大体決まっている。
いつも定番メニューとして必ず置かれているオーソドックスな細長いパンとサラダ、肉と野菜の炒め物を昼食として摂るのが日常だ。
そんなわけで当たり前のように同じメニューを取ってトレーに乗せて行ったのだが…。
「…あれっ、そう言えばザックっていっつもおんなじ物食ってないか?」
俺が毎回必ず同じ料理を取っている事がトオルに気付かれてしまう。
「良いだろ、別に…。
好きで食べてるし、栄養バランスにも気を付けてるから問題ない」
「まぁザックが飽きてないなら良いんだけどさ…。
けど、この食堂のメニューってどれも美味いんだぜ!
たまには少し違うメニューも加えてみろよ!
ほら、これなんか俺のオススメだな!」
そう言って、トオルは俺のトレーに勝手にシュガー付き揚げパンを乗せてきた。
「いや…いらないんだが…」
「まぁまぁ、騙されたと思って一回一回!!!」
…そうだった。
コイツはこういう事をする奴だ。
思えば、”一度目の世界”でもコイツは昼食の時に俺のトレーに勝手に自分のオススメを乗せて食べさせてきた記憶がある。
そして、その時も今と全く同じ揚げパンをオススメしてきたものだ。
だから俺は”一度目の世界”でもこの揚げパンを食べた事があるのだが…まぁそんな事はこの世界のトオルに言っても仕方が無い。
ため息をつきながら俺はそのまま揚げパンも一緒に持って席に着いた。
その後すぐにトオルも俺の前の椅子に座る。
アイツのトレーを見ると、乗っているのはホットドッグにピザ、ミートソースパスタ、チキンナゲット、揚げパン…と栄養バランスもクソも無いわんぱくメニューだ。
「お、お前…それ食べ切れるのか?」
「え?今日みたいに腹減ってる日は全然余裕だけど。
…んん、うっま!!!」
すました顔でモリモリと炭水化物と肉を口に頬張っていくトオル。
まるで一桁台の子供のような無邪気さだ。
この間アグネスとエリナと4人で食べた時はここまでの量は食べていなかった気がするが…。
あぁ、そうだ思い出した。
今日の午前中はメルヘン実践学の授業があり、トオルは『一騎桃川』を使用していた。
トオルのメルヘン『一騎桃川』は常人のメルヘン能力より大量のエネルギーを消費するが故に、使用後は著しい空腹状態に陥るのだ。
記憶が曖昧であるため忘れていたが、”一度目の世界”においてもコイツは能力使用後に大量の食事を摂取していたものだ。
そう考えると、ますます懐かしい気分になってくる。
「まぁ、食えるならそれで良い。栄養バランス偏重で体壊すなよ」
すると、トオルは一瞬何やらきょとんとした表情になって、その後真っ直ぐに俺の方を向いてこう言った。
「…前から思ってたけど、お前結構優しいよな。
雰囲気は刺々しいし物言いも物騒だけどさ、俺の体の事とかすげぇ心配してくれてるの伝わってくるし」
「っ…、そんなんじゃない。
ただお前の生活習慣が見苦しかったから是正させようとしただけだ」
戸惑って、つい心にも無い事を言って取り繕おうとする俺。
「けど、それでも優しいと思う。
ほら、俺ってずっとこう…周りの人と上手く行ってなかっただろ?
だからこの学園に来て、対等に友達として接してくれる皆の気持ちが強く伝わってくるんだよ。
アグネスもエリナも、そしてザックも。
ありがとな、こんな俺と仲良くしてくれて…!!!」
ニカッと笑みを浮かべるトオル。
…あぁ、俺は、この笑顔を知っている。
そして、言葉も。
あれは”一度目の世界”で俺がトオルの強さの理由が気になり、付き纏っていた頃。
一番ひどい時だと俺は四六時中、それこそ男子寮で各々の部屋に入らなくてはならない時を除いてほとんどコイツの近くで観察を続けていた程だ。
当然最初の頃は鬱陶しがられて呆れられたが、やがて一緒に過ごす時間が増えていく毎にトオルは俺の存在を当たり前のように受け入れる風になっていった。
そしてある日の昼食時、偶然エリナが席を外して俺とトオルの二人きりでランチを取っていた際にも、俺は揚げパン云々でほとんど同じやり取りをし、コイツは今と全く同じ屈託のない笑顔で俺を『結構優しいよな』と評してくれた。
「っ…!」
接せれば接する程わかってしまう。
コイツは…今俺の目の前にいるトオル・ナガレは、俺の知っているアイツと全く同じ存在なのだと。
経歴は少し異なるし、”一度目の世界”の事を知らない以上、実質的には俺の知るアイツとは別人であると頭ではわかっているのに。
俺の中にフラッシュバックする、前世での最期の記憶。
『何でだよ、ザック…!どうして俺なんかのために!』
薄れゆく意識の中、トオルは懸命に俺に話しかけてくれる。
『お前は黒の栞をぶっ潰して、家族の仇を取るんだろ!?
こんな所で死ぬなよ…!!!』
『…あぁ、そうだな。
お前を庇ったせいで奴らをこの手で八つ裂きに出来ないのは悔しい…が…』
俺は震える腕を必死に動かし、トオルの胸に握り拳をぶつけた。
『ずっと復讐のためだけに生きてきた俺に…仲間の温もりを教えてくれたのはお前だ…。
お前のおかげで俺は…辛い事ばかりじゃない、楽しい思い出を作る事が出来た。
だから…復讐のためじゃなく……仲間のためにこの命を散らすのも……案外悪い気分じゃない……』
既に数多の人々が命を落とし、エリナも絶対に助からない致命傷を負っている状況だった。
世界の崩壊を止める手段も見つからず、希望はどこにも無かった。
だから”頑張れよ”とか”負けるな”とか無責任な言葉を最後にアイツにかける事は出来なくて、意識が遠のいていく中で必死に考えて思いついた最期の言葉は…”感謝”だった。
『…ありがとう、俺の唯一無二の親友…トオル…ナガ…レ……』
『ザック…。
おい、目を開けろよザック!
ザックぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!』
慟哭するトオルの声を聞きながら、俺は暗闇の中に堕ちていった。
それが、”一度目の世界”での最後の記憶だ。
結局、あの後”一度目の世界”がどうなったのかは定かではない。
勿論、トオルが最終決戦に勝利し何らかの手段で世界を救ったと信じたい。
だが、あの状況から逆転するビジョンが一切見えないのも事実だ。
仮に最後の敵…朧気であまり姿は覚えていないが…とにかくそいつを倒せたとしても、恐らく黒の栞の手によって一度始まった世界の崩壊を止める事は出来ない。
それに、もしもあの後世界の崩壊を止められたとしても、もうあの世界の未来にはエリナも俺も、アイツが守りたかった仲間達は誰もいなかった。
そんなの、バッドエンドと同じだ…!
俺は改めて今目の前にいるこの世界のトオルの顔を見つめる。
俺の知っているアイツとは別人で、だけど俺のよく知っているお前でもあるコイツ。
…何としても、今度こそお前を幸せな未来に繋げて見せる。
勿論、エリナも…!!!
「…どうしたんだ、ザック?」
「いや…、何でも無い。
ただ…」
「ただ?」
「…今度は、エリナも食事に誘ってみようかと思ってみただけだ」
「…あぁ、良いんじゃないか?
きっとお前なら、エリナとももっと仲良くなれるさ!
それよりザック、お前全然食ってないだろ!
早く食べないと午後の授業始まっちゃうぞ???」
「…そうだったな、頂くとしよう」
そう言って、俺はトオルに無理矢理押し付けられた揚げパンを囓った。
”一度目の世界”で食べた時と寸分違わず全く同じ、甘くてジューシーな味。
なのに…。
「…美味い」
「だろ!?美味いよな~ここの揚げパン!!!」
なのに、”一度目の世界”で一回口にした時よりも美味しく感じる気がするのは、俺の気のせいだろうか。
――――――――――――――――――
次回は5月23日(木曜日)更新予定です。
俺はあれから毎日のようにこの学園のあらゆる生徒や教師の一挙一動に目を凝らし、少しの動きも見逃さないように気を張っている。
元から俺は他人を信用していないが、今も尚あのクソ人狼がこの学園のどこかに潜んでいると思うと余計に気を揉まれるのは当然の摂理だった。
あの日、あの時、あの瞬間、人狼の奴に俺のツルを破られて逃げられてしまった事は一生の不覚だ。
後でアグネスにも確認したが、あの人狼は”一度目の世界”で俺が撃破した事がある相手と同一個体だと言う。
だとすれば、俺は一度勝利している相手に負けた事になる。
その事が余計に悔しく、怒りを掻き立てられた。
”一度目の世界”で黒の栞を殲滅させる事が叶わず、この二度目の世界でも奴らの良いように翻弄されているという事実は非常に腹立たしい。
待ってろよカルト集団共…、この俺が必ず貴様らを八つ裂きにして、今度こそ一族の恨みを晴らしてやる…!!!
「あれっ、ザックじゃん。
こんな所で何してるんだ?」
ん…、この声はトオルか。
「あぁ、例の内通者を探るために色々とこの学園の奴らの様子を探っていた。
いくつか怪しい人物も選出はしてみたが…、はっきり言って現時点では容疑者が多すぎるな。
ほとんど役に立たないデータと言っても過言ではない」
「そっ、か…。
俺も一応気を配ってるけど、正直全然わかんないや。
目星が付けられてるだけ凄いんじゃね?って俺は思うけどな~」
「…そうか」
「……」
「……」
…何だ、この空気は。
俺もアイツもお互い次に続く言葉が出て来ないせいで長い沈黙が続いている。
流石の俺でもこの空気は正直キツい。
普段ならこのままさっさと場を離れるに限るが、流石に付き合いのあるトオル相手にそれは失礼だろう。
何か、話題を出した方が良いのだろうか。
「…そう言えば、俺とお前が二人きりになるのは珍しいな」
何とかひり出した話題を、俺はトオルに投げかけてみる。
「あ~…、そう言えばそうだったな。
結構それなりに4人で一緒にいるようになってきたから忘れてたけど、そういや俺達ってアグネスを間に通さないとあんまり繋がりが無いんだった、忘れてたぜ」
ははは、とトオルは笑う。
それが無性に寂しく感じる。
俺とお前は、”一度目の世界”でならあんな偽アグネスを通さなくても深い繋がりがあったと言うのに。
”一度目の世界”のトオルと今目の前にいるトオルは実質的には別人と言っても良い。
俺が知っているトオルはもういないのだ。
でも、それでも俺は…今度こそお前とエリナに幸せになって欲しい。
たとえ俺の知っているお前でなくっても、根底は同じトオル・ナガレのはずだろ?
「…なぁ、お昼ってもう食べたか?」
俺はおもむろにそう聞いてみる。
「ん?いや、今から行こうと思ってたけど…」
「……一緒に行かないか?
前にメルヘンの事は少し聞いたが…、お前とはもっと、1対1でも話してみたい」
いつまでも俺の知っているトオルに固執していてはいけない。
悔しいが、あのアグネスの言う通り、俺はこの世界のトオルに向き合う必要がある。
あいつがいなくたって俺は関係を深められると証明してやる、これはその第一歩だ。
「おぉ…、お前が自分から食事に誘うなんて珍しいな。
もちろん良いぜ、一緒に行こう!」
食堂で今日のビュッフェメニューを物色する俺とトオル。
とは言え、俺のメニューは大体決まっている。
いつも定番メニューとして必ず置かれているオーソドックスな細長いパンとサラダ、肉と野菜の炒め物を昼食として摂るのが日常だ。
そんなわけで当たり前のように同じメニューを取ってトレーに乗せて行ったのだが…。
「…あれっ、そう言えばザックっていっつもおんなじ物食ってないか?」
俺が毎回必ず同じ料理を取っている事がトオルに気付かれてしまう。
「良いだろ、別に…。
好きで食べてるし、栄養バランスにも気を付けてるから問題ない」
「まぁザックが飽きてないなら良いんだけどさ…。
けど、この食堂のメニューってどれも美味いんだぜ!
たまには少し違うメニューも加えてみろよ!
ほら、これなんか俺のオススメだな!」
そう言って、トオルは俺のトレーに勝手にシュガー付き揚げパンを乗せてきた。
「いや…いらないんだが…」
「まぁまぁ、騙されたと思って一回一回!!!」
…そうだった。
コイツはこういう事をする奴だ。
思えば、”一度目の世界”でもコイツは昼食の時に俺のトレーに勝手に自分のオススメを乗せて食べさせてきた記憶がある。
そして、その時も今と全く同じ揚げパンをオススメしてきたものだ。
だから俺は”一度目の世界”でもこの揚げパンを食べた事があるのだが…まぁそんな事はこの世界のトオルに言っても仕方が無い。
ため息をつきながら俺はそのまま揚げパンも一緒に持って席に着いた。
その後すぐにトオルも俺の前の椅子に座る。
アイツのトレーを見ると、乗っているのはホットドッグにピザ、ミートソースパスタ、チキンナゲット、揚げパン…と栄養バランスもクソも無いわんぱくメニューだ。
「お、お前…それ食べ切れるのか?」
「え?今日みたいに腹減ってる日は全然余裕だけど。
…んん、うっま!!!」
すました顔でモリモリと炭水化物と肉を口に頬張っていくトオル。
まるで一桁台の子供のような無邪気さだ。
この間アグネスとエリナと4人で食べた時はここまでの量は食べていなかった気がするが…。
あぁ、そうだ思い出した。
今日の午前中はメルヘン実践学の授業があり、トオルは『一騎桃川』を使用していた。
トオルのメルヘン『一騎桃川』は常人のメルヘン能力より大量のエネルギーを消費するが故に、使用後は著しい空腹状態に陥るのだ。
記憶が曖昧であるため忘れていたが、”一度目の世界”においてもコイツは能力使用後に大量の食事を摂取していたものだ。
そう考えると、ますます懐かしい気分になってくる。
「まぁ、食えるならそれで良い。栄養バランス偏重で体壊すなよ」
すると、トオルは一瞬何やらきょとんとした表情になって、その後真っ直ぐに俺の方を向いてこう言った。
「…前から思ってたけど、お前結構優しいよな。
雰囲気は刺々しいし物言いも物騒だけどさ、俺の体の事とかすげぇ心配してくれてるの伝わってくるし」
「っ…、そんなんじゃない。
ただお前の生活習慣が見苦しかったから是正させようとしただけだ」
戸惑って、つい心にも無い事を言って取り繕おうとする俺。
「けど、それでも優しいと思う。
ほら、俺ってずっとこう…周りの人と上手く行ってなかっただろ?
だからこの学園に来て、対等に友達として接してくれる皆の気持ちが強く伝わってくるんだよ。
アグネスもエリナも、そしてザックも。
ありがとな、こんな俺と仲良くしてくれて…!!!」
ニカッと笑みを浮かべるトオル。
…あぁ、俺は、この笑顔を知っている。
そして、言葉も。
あれは”一度目の世界”で俺がトオルの強さの理由が気になり、付き纏っていた頃。
一番ひどい時だと俺は四六時中、それこそ男子寮で各々の部屋に入らなくてはならない時を除いてほとんどコイツの近くで観察を続けていた程だ。
当然最初の頃は鬱陶しがられて呆れられたが、やがて一緒に過ごす時間が増えていく毎にトオルは俺の存在を当たり前のように受け入れる風になっていった。
そしてある日の昼食時、偶然エリナが席を外して俺とトオルの二人きりでランチを取っていた際にも、俺は揚げパン云々でほとんど同じやり取りをし、コイツは今と全く同じ屈託のない笑顔で俺を『結構優しいよな』と評してくれた。
「っ…!」
接せれば接する程わかってしまう。
コイツは…今俺の目の前にいるトオル・ナガレは、俺の知っているアイツと全く同じ存在なのだと。
経歴は少し異なるし、”一度目の世界”の事を知らない以上、実質的には俺の知るアイツとは別人であると頭ではわかっているのに。
俺の中にフラッシュバックする、前世での最期の記憶。
『何でだよ、ザック…!どうして俺なんかのために!』
薄れゆく意識の中、トオルは懸命に俺に話しかけてくれる。
『お前は黒の栞をぶっ潰して、家族の仇を取るんだろ!?
こんな所で死ぬなよ…!!!』
『…あぁ、そうだな。
お前を庇ったせいで奴らをこの手で八つ裂きに出来ないのは悔しい…が…』
俺は震える腕を必死に動かし、トオルの胸に握り拳をぶつけた。
『ずっと復讐のためだけに生きてきた俺に…仲間の温もりを教えてくれたのはお前だ…。
お前のおかげで俺は…辛い事ばかりじゃない、楽しい思い出を作る事が出来た。
だから…復讐のためじゃなく……仲間のためにこの命を散らすのも……案外悪い気分じゃない……』
既に数多の人々が命を落とし、エリナも絶対に助からない致命傷を負っている状況だった。
世界の崩壊を止める手段も見つからず、希望はどこにも無かった。
だから”頑張れよ”とか”負けるな”とか無責任な言葉を最後にアイツにかける事は出来なくて、意識が遠のいていく中で必死に考えて思いついた最期の言葉は…”感謝”だった。
『…ありがとう、俺の唯一無二の親友…トオル…ナガ…レ……』
『ザック…。
おい、目を開けろよザック!
ザックぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!』
慟哭するトオルの声を聞きながら、俺は暗闇の中に堕ちていった。
それが、”一度目の世界”での最後の記憶だ。
結局、あの後”一度目の世界”がどうなったのかは定かではない。
勿論、トオルが最終決戦に勝利し何らかの手段で世界を救ったと信じたい。
だが、あの状況から逆転するビジョンが一切見えないのも事実だ。
仮に最後の敵…朧気であまり姿は覚えていないが…とにかくそいつを倒せたとしても、恐らく黒の栞の手によって一度始まった世界の崩壊を止める事は出来ない。
それに、もしもあの後世界の崩壊を止められたとしても、もうあの世界の未来にはエリナも俺も、アイツが守りたかった仲間達は誰もいなかった。
そんなの、バッドエンドと同じだ…!
俺は改めて今目の前にいるこの世界のトオルの顔を見つめる。
俺の知っているアイツとは別人で、だけど俺のよく知っているお前でもあるコイツ。
…何としても、今度こそお前を幸せな未来に繋げて見せる。
勿論、エリナも…!!!
「…どうしたんだ、ザック?」
「いや…、何でも無い。
ただ…」
「ただ?」
「…今度は、エリナも食事に誘ってみようかと思ってみただけだ」
「…あぁ、良いんじゃないか?
きっとお前なら、エリナとももっと仲良くなれるさ!
それよりザック、お前全然食ってないだろ!
早く食べないと午後の授業始まっちゃうぞ???」
「…そうだったな、頂くとしよう」
そう言って、俺はトオルに無理矢理押し付けられた揚げパンを囓った。
”一度目の世界”で食べた時と寸分違わず全く同じ、甘くてジューシーな味。
なのに…。
「…美味い」
「だろ!?美味いよな~ここの揚げパン!!!」
なのに、”一度目の世界”で一回口にした時よりも美味しく感じる気がするのは、俺の気のせいだろうか。
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次回は5月23日(木曜日)更新予定です。
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