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夜の罠
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夕食を終えて部屋に戻り、夜着に着替え、下からから持ってきた花瓶に、今日グレイが摘んでくれた夢見草を飾って、ベッドの脇のチェストの上に置く。
花瓶の上に顔を出している、真紅の彼岸花のような花弁が部屋を華やかに見せた。
フラワーアレンジメントのように形を整えながら、その美しさにうっとりと見とれていると、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
と返事をすると、夜の挨拶にグレイが入ってきた。
「姫、今日は馴れない乗馬でお疲れになられたでしょう。ゆっくりお休み下さい」
グレイはベッドの上のかけ布団を持ち上げると、ベッドの中に入るように私を促す。
私がベッドの中に入り横になると、グレイはかけ布団を私の肩までそっとかける。
「お休みなさい、姫。よい夢を」
いつものように挨拶をして、部屋を出て行こうとしたその時、
「待って、グレイ」
呼び止めた私に、グレイは振り向く。
「グレイ…、わたし何だか、具合が悪い気がするの……」
「きっと今日は祭りの人ごみの中にお出ましになられたので、お疲れになられたのでしょう。一晩寝れば大丈夫ですよ」
グレイは黒く優しい瞳で微笑む。
「そうじゃないの。もっと体が重い感じがするの」
「では、薬湯を後ほどお持ちしますので、お待ち下さい」
「薬じゃ治らないと思うの……」
「一体どうされたんですか?」
革の長靴で床を踏み鳴らしながら、グレイは心配そうにベッドに近づき、私のおでこに手を当てて、体温を計る。
「熱は無いようですが」
「グレイ、最初にこの世界に来た時みたいに、関節がギシギシと痛むの。少し吐き気もするわ」
そう言うと、グレイは驚いたように、私の顔を見つめる。
実を言うと、仮病だった。
関節の痛みも、吐き気も何もない、完全な健康体だったけれど、今夜、この部屋にグレイを引き止めておくのは、この方法しかなかった。
「グレイ……楽にして欲しいの……」
起き上がって、緊張で震えそうになるのを抑えながら、夜着の胸ボタンを一つ一つ外してゆく。グレイは目を見開いたまま、息を呑んで無言でこちらを見続けていた。
―――どう見ても姫様は健康なお体に見えるのに、けれど、姫ご自身は具合が悪いと言っている……
一体、どんな判断を下せばいいのか……。グレイは必死で考えている様子だった。
治療以外で姫と交わる事などあってはならぬ事。
けれど、万が一、姫の体調が悪いのが本当で、治療をせずに放置して取り返しのつかないことになってしまったら……
グレイの瞳は迷い続けていた。
「姫、本当にお体が悪いのですか?」
「私を疑うの?グレイ……。じゃあもういいわ。明日の朝、私の身体が亡骸になっていたら、グレイのせいよっ!」
叫びながら手で顔を覆ってシクシクと泣きだした途端、グレイは慌てて私の肩を抱きしめて厚い胸に抱く。
「疑ってなどおりません、姫。ただ、少し驚いただけです。さっきまで顔色も良く、お体に不調など見えなかったので……」
「私、怖いの……お願い。今夜は側にいて、グレイ……」
怖かった。その気持ちに偽りは無かった。
独立革命の名の元に、グレイが遥か遠くに行ってしまうような気がして、ただひたすらに怖かった。
グレイを永遠にここに引き留めておきたい――
どこか見知らぬ場所へと行ってしまわないように……
「グレイ……」
私は腕を伸ばすと、グレイの首にしがみつくように巻き付けて、もたれる。
「お願い……グレイ…。治療を……」
グレイの耳元で縋るように囁くと、グレイの体が一瞬強張る。
「姫、気のせいではなく、本当に体調がお悪いんですね?」
私の頭を大きな掌で支えながら、確認するように私の瞳を覗き込む。
グレイの真摯な黒い瞳に答えるように、私は頷く。
少し考えるようにグレイの瞳は迷っていたけれど、やがて私の身体をベッドにそっと倒して立ち上がる。
一瞬、グレイが部屋を出て行くのかと思ったけれど、違っていた。
グレイは腰の長剣を外して、近くに置かれていた椅子の上にそっとおき、それから私に背を向けて着ていた服を次々に脱いでいった。
筋肉で引き締まったグレイの肌をぼんやりと見つめていると、グレイはこちらを振り向き、ベッドまで再びやって来る。それから、意を決したようにして、ベッドの中にはい入り込んで、私の上に覆い被さった。
花瓶の上に顔を出している、真紅の彼岸花のような花弁が部屋を華やかに見せた。
フラワーアレンジメントのように形を整えながら、その美しさにうっとりと見とれていると、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
と返事をすると、夜の挨拶にグレイが入ってきた。
「姫、今日は馴れない乗馬でお疲れになられたでしょう。ゆっくりお休み下さい」
グレイはベッドの上のかけ布団を持ち上げると、ベッドの中に入るように私を促す。
私がベッドの中に入り横になると、グレイはかけ布団を私の肩までそっとかける。
「お休みなさい、姫。よい夢を」
いつものように挨拶をして、部屋を出て行こうとしたその時、
「待って、グレイ」
呼び止めた私に、グレイは振り向く。
「グレイ…、わたし何だか、具合が悪い気がするの……」
「きっと今日は祭りの人ごみの中にお出ましになられたので、お疲れになられたのでしょう。一晩寝れば大丈夫ですよ」
グレイは黒く優しい瞳で微笑む。
「そうじゃないの。もっと体が重い感じがするの」
「では、薬湯を後ほどお持ちしますので、お待ち下さい」
「薬じゃ治らないと思うの……」
「一体どうされたんですか?」
革の長靴で床を踏み鳴らしながら、グレイは心配そうにベッドに近づき、私のおでこに手を当てて、体温を計る。
「熱は無いようですが」
「グレイ、最初にこの世界に来た時みたいに、関節がギシギシと痛むの。少し吐き気もするわ」
そう言うと、グレイは驚いたように、私の顔を見つめる。
実を言うと、仮病だった。
関節の痛みも、吐き気も何もない、完全な健康体だったけれど、今夜、この部屋にグレイを引き止めておくのは、この方法しかなかった。
「グレイ……楽にして欲しいの……」
起き上がって、緊張で震えそうになるのを抑えながら、夜着の胸ボタンを一つ一つ外してゆく。グレイは目を見開いたまま、息を呑んで無言でこちらを見続けていた。
―――どう見ても姫様は健康なお体に見えるのに、けれど、姫ご自身は具合が悪いと言っている……
一体、どんな判断を下せばいいのか……。グレイは必死で考えている様子だった。
治療以外で姫と交わる事などあってはならぬ事。
けれど、万が一、姫の体調が悪いのが本当で、治療をせずに放置して取り返しのつかないことになってしまったら……
グレイの瞳は迷い続けていた。
「姫、本当にお体が悪いのですか?」
「私を疑うの?グレイ……。じゃあもういいわ。明日の朝、私の身体が亡骸になっていたら、グレイのせいよっ!」
叫びながら手で顔を覆ってシクシクと泣きだした途端、グレイは慌てて私の肩を抱きしめて厚い胸に抱く。
「疑ってなどおりません、姫。ただ、少し驚いただけです。さっきまで顔色も良く、お体に不調など見えなかったので……」
「私、怖いの……お願い。今夜は側にいて、グレイ……」
怖かった。その気持ちに偽りは無かった。
独立革命の名の元に、グレイが遥か遠くに行ってしまうような気がして、ただひたすらに怖かった。
グレイを永遠にここに引き留めておきたい――
どこか見知らぬ場所へと行ってしまわないように……
「グレイ……」
私は腕を伸ばすと、グレイの首にしがみつくように巻き付けて、もたれる。
「お願い……グレイ…。治療を……」
グレイの耳元で縋るように囁くと、グレイの体が一瞬強張る。
「姫、気のせいではなく、本当に体調がお悪いんですね?」
私の頭を大きな掌で支えながら、確認するように私の瞳を覗き込む。
グレイの真摯な黒い瞳に答えるように、私は頷く。
少し考えるようにグレイの瞳は迷っていたけれど、やがて私の身体をベッドにそっと倒して立ち上がる。
一瞬、グレイが部屋を出て行くのかと思ったけれど、違っていた。
グレイは腰の長剣を外して、近くに置かれていた椅子の上にそっとおき、それから私に背を向けて着ていた服を次々に脱いでいった。
筋肉で引き締まったグレイの肌をぼんやりと見つめていると、グレイはこちらを振り向き、ベッドまで再びやって来る。それから、意を決したようにして、ベッドの中にはい入り込んで、私の上に覆い被さった。
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