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女神の微笑み
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「姫、持ち上げますよ。さぁ、私にしっかりと掴まって下さい」
顔を覆う大きなフードを被った私は、ぐいっと腕をグレイに引っ張られてあっという間に馬上に引き上げられた。裾の長いドレスを着ているので、横座りになり、私の手が、しっかりと自分の腰に回されたのを確認すると、グレイは右手に手綱を持ち、左手で私の体をガッシリと支える。
グレイが馬に合図を送ると、馬は、バクラユーラ祭りの行われている町へと向かって、ゆっくりと歩き出した。
「きゃぁ」
揺れる馬の上は思いのほか高くて、思わずグレイにしがみつくと、私が洗ったグレイのシャツからは、石鹸の香りがほんのりとした。
ふっふっふっ。
思わず顔がニヤケてしまう。
あーもう、わかるかしら?この感じ。
毎日せっせと、お料理やお洗濯、お掃除やらで、大好きなグレイのお世話をしてて、今のグレイは私が作り上げてると言っても過言ではないと、頭の中ハッピー回路で私は自惚れちゃってるワケで。
もう、最高に幸せ!
な感覚を、ぴったりと寄り添うグレイのシャツから漂うシャボン玉の香りで実感してる最中で。
私は間違いなく、この時、確信してた。
これはもう、恋愛の女神サマが私のために微笑んでいるとしか思えない!と。
グレイの視線に入らないようにしながら、私はガッツポーズをキメる。
そう。確かに女神は笑っていたのだ。
それは、不幸の坂をゴロンゴロンと転がり落ちているのに、そんなことなど全く気がついていない私を笑う、皮肉な笑みだった。
舞台に上がって恋愛劇を演じていたのは、私1人だったと気がついた時には、何もかもが私の目の前から、煙りのように消え去っていた後だった。
後に思い返してみれば、このバクラユーラ祭りへの外出が、不幸への道へと進む引き金だったと思う。あの時、我が儘を言って出かけなければ良かった。グレイの言う事を聞いて、大人しく家にいれば、こんな事にはならなかったと、何度後悔し涙したことか。
それはともかく、今は大きな不幸が目の前に迫っていることなんて、つゆ知らず、私は馬の上から見える景色に夢中になっていた。
「グレイ、見て!あそこに綺麗な花が咲いてるわ」
私が指差した先に、真っ赤な花の一群があった。
「あれは夢見草です。姫が気に入られたのなら帰りに摘んでいきましょう」
「私の部屋に飾りたいわ」
「あれは部屋に飾ると良い夢を見られるという言い伝えがあります。ただし枯らさないように気をつけて下さいよ。姫」
冗談めかしながら、少し脅すようにグレイは言う。
「枯らすとどうなるの?」
「悪夢を見ると言われます」
「でも、怖い夢を見ても、グレイが助けてくれるんでしょう」
少し甘い声を出して、私はうっとりとグレイにもたれる。
「姫の夢の中に入り込む秘術を私は持ち合わせおりませんが、必ず姫を御守りします。例え相手が悪夢であろうとも、必ずや姫をお助けいたします」
私の腰を支えるようにして抱えていたグレイの手に、ぐっと力がはいる。
姫に頼られて嬉しい。そんな感情を隠す事なく、グレイは誇り高く返答をする。
『姫を必ず御守りする』
グレイと初めて会ってから、何度となく、グレイが口にしてきた言葉だった。
そして、私はその言葉を疑った事は一度もなかった。
このままこうして、グレイに守られて、一生ここで、この森の中で、グレイと共に暮らしたい。
私は揺れる馬の上で、グレイに身体をぴたりと寄せながら、心の底からこの幸せが永遠に続くよう、懸命に祈り、願っていた。
馬が進んでゆくと、やがて行く手を阻むように小さな小川が現れた。
馬は怯むどころか、楽しむようにパシャンと水音を立てて軽々と川を超える。さらに進むと、広々とした草原が目前に広がり、羊のような動物が集団でモグモグと草を食べていた。
のどかで牧歌的な風景だった。
平たんな砂利道に出ると、グレイが
「少し馬を速めます。姫、しっかりと掴まっていて下さい」
と声をかけた。
私は頷いて、グレイの腰にしっかりとしがみつく。
グレイの合図で馬が走り出し、馬の上の私たちの体も時折、バウンドするように弾む。
そのたびに、私はぎゅっとグレイにしがみついて、馬から落ちないようバランスを取る。
それはまるでグレイと一心同体になった気分だった。
グレイの体が少し左に傾けば、私も同じ方向に体重を傾け、グレイの体が右に傾くと、私も同じようにする。
こうすることで、二人で馬を操っていくのだ。
「上手ですよ。姫」
グレイが嬉しそうに笑う。
「私も1人で馬に乗れるようになるかしら?お城で私は馬に乗っていたのかしら」
尋ねると、グレイはうーんと唸る。
「姫の兄君であるシュリ様は、それはそれは姫の事を大切になさっておられましたから、乗馬のような危険な事は、させていなかったと思いますよ」
「そう……」
そんなに私のことを大切にしてくれていたという兄に、私は想いを馳せる。
一度でいいから、会いたかったな。
兄妹ってどんな感じなんだろう。一緒に遊んで、おやつを一緒に食べて、それから、たまには喧嘩して。そんな何気ない日常を過ごしてみたかった。
「グレイは兄弟とかいるの?」
私の問いにグレイは首を横に振る。
「いいえ。私に兄弟はおりません」
そう言ってから、
「今は姫が自分の妹のように感じます。もし、私に妹がいたら、こんな感じなのかと思う事が時々あります」
と続けた。
そして、はっとしたように
「姫を私の妹に例えるなど、ご無礼お許し下さい」
そう生真面目に謝った。
「ううん。私も、私もグレイを家族のように感じるわ」
グレイの顔を見上げながら、私の思いを伝える。
グレイは何か答えようとして、言葉を呑み込んだ。
私はグレイが何を言おうとしたのか、薄々と感じ取ってしまう。
『姫、私とは身分が違います。姫と私とは家族にはなれないのです』
声に出さなくとも、グレイの身体がそう語っていた。
私はグレイを求めるように、グレイの厚い胸板にフードを被った頭をぎゅっと押し付ける。
私とグレイの気持ちは、交わるように見せかけて、常に平行線だった。
やがて馬が進むと、目の前に高い塀が現れ、大きな紋章がレリーフされた、鉄の門が現れた。
「姫、ここで暫くお待ち下さい」
グレイは私のフードがちゃんと顔を隠しているかをもう一度確認してから、手綱を私に渡して、軽々と馬を降りる。
そして、門の脇にある小さな小屋の中に消えた。
やがて、すぐにグレイと若い男が現れた。
グレイは若い男に何か耳打ちすると、その手に金貨を握らせる。
「姫、お待たせしました」
グレイは再び馬に跨がる。グレイが馬の上から若い男に頷いて合図を送ると、若い男は力いっぱいに鉄の門を、ギギギギと押し開けた。
馬一頭が通れる隙間が開くと、グレイは素早く門を通り抜ける。
私たちが通り過ぎると、門は再びガチャンと大きな音を立てて閉じた。
門の向こうには、さっきまでの美しく牧歌的な風景とは違って、殺風景で少し寂れた雰囲気の道が延々と続いていた。
その時、初めて気がついた。
さっきまで私が見ていた景色は、「人工的に作られた田園風景」だったのだと。
私たちが普段暮らしている森も、さっきからずっと馬を走らせてきた丘陵地も、すべて意図的に“造られた”、広大な庭なのだ。
「あそこは、誰かの敷地なの?」
グレイに尋ねると、グレイは微笑み、「姫を安全に匿える場所です」とだけ答えて、それ以上は何も言わなかった。
顔を覆う大きなフードを被った私は、ぐいっと腕をグレイに引っ張られてあっという間に馬上に引き上げられた。裾の長いドレスを着ているので、横座りになり、私の手が、しっかりと自分の腰に回されたのを確認すると、グレイは右手に手綱を持ち、左手で私の体をガッシリと支える。
グレイが馬に合図を送ると、馬は、バクラユーラ祭りの行われている町へと向かって、ゆっくりと歩き出した。
「きゃぁ」
揺れる馬の上は思いのほか高くて、思わずグレイにしがみつくと、私が洗ったグレイのシャツからは、石鹸の香りがほんのりとした。
ふっふっふっ。
思わず顔がニヤケてしまう。
あーもう、わかるかしら?この感じ。
毎日せっせと、お料理やお洗濯、お掃除やらで、大好きなグレイのお世話をしてて、今のグレイは私が作り上げてると言っても過言ではないと、頭の中ハッピー回路で私は自惚れちゃってるワケで。
もう、最高に幸せ!
な感覚を、ぴったりと寄り添うグレイのシャツから漂うシャボン玉の香りで実感してる最中で。
私は間違いなく、この時、確信してた。
これはもう、恋愛の女神サマが私のために微笑んでいるとしか思えない!と。
グレイの視線に入らないようにしながら、私はガッツポーズをキメる。
そう。確かに女神は笑っていたのだ。
それは、不幸の坂をゴロンゴロンと転がり落ちているのに、そんなことなど全く気がついていない私を笑う、皮肉な笑みだった。
舞台に上がって恋愛劇を演じていたのは、私1人だったと気がついた時には、何もかもが私の目の前から、煙りのように消え去っていた後だった。
後に思い返してみれば、このバクラユーラ祭りへの外出が、不幸への道へと進む引き金だったと思う。あの時、我が儘を言って出かけなければ良かった。グレイの言う事を聞いて、大人しく家にいれば、こんな事にはならなかったと、何度後悔し涙したことか。
それはともかく、今は大きな不幸が目の前に迫っていることなんて、つゆ知らず、私は馬の上から見える景色に夢中になっていた。
「グレイ、見て!あそこに綺麗な花が咲いてるわ」
私が指差した先に、真っ赤な花の一群があった。
「あれは夢見草です。姫が気に入られたのなら帰りに摘んでいきましょう」
「私の部屋に飾りたいわ」
「あれは部屋に飾ると良い夢を見られるという言い伝えがあります。ただし枯らさないように気をつけて下さいよ。姫」
冗談めかしながら、少し脅すようにグレイは言う。
「枯らすとどうなるの?」
「悪夢を見ると言われます」
「でも、怖い夢を見ても、グレイが助けてくれるんでしょう」
少し甘い声を出して、私はうっとりとグレイにもたれる。
「姫の夢の中に入り込む秘術を私は持ち合わせおりませんが、必ず姫を御守りします。例え相手が悪夢であろうとも、必ずや姫をお助けいたします」
私の腰を支えるようにして抱えていたグレイの手に、ぐっと力がはいる。
姫に頼られて嬉しい。そんな感情を隠す事なく、グレイは誇り高く返答をする。
『姫を必ず御守りする』
グレイと初めて会ってから、何度となく、グレイが口にしてきた言葉だった。
そして、私はその言葉を疑った事は一度もなかった。
このままこうして、グレイに守られて、一生ここで、この森の中で、グレイと共に暮らしたい。
私は揺れる馬の上で、グレイに身体をぴたりと寄せながら、心の底からこの幸せが永遠に続くよう、懸命に祈り、願っていた。
馬が進んでゆくと、やがて行く手を阻むように小さな小川が現れた。
馬は怯むどころか、楽しむようにパシャンと水音を立てて軽々と川を超える。さらに進むと、広々とした草原が目前に広がり、羊のような動物が集団でモグモグと草を食べていた。
のどかで牧歌的な風景だった。
平たんな砂利道に出ると、グレイが
「少し馬を速めます。姫、しっかりと掴まっていて下さい」
と声をかけた。
私は頷いて、グレイの腰にしっかりとしがみつく。
グレイの合図で馬が走り出し、馬の上の私たちの体も時折、バウンドするように弾む。
そのたびに、私はぎゅっとグレイにしがみついて、馬から落ちないようバランスを取る。
それはまるでグレイと一心同体になった気分だった。
グレイの体が少し左に傾けば、私も同じ方向に体重を傾け、グレイの体が右に傾くと、私も同じようにする。
こうすることで、二人で馬を操っていくのだ。
「上手ですよ。姫」
グレイが嬉しそうに笑う。
「私も1人で馬に乗れるようになるかしら?お城で私は馬に乗っていたのかしら」
尋ねると、グレイはうーんと唸る。
「姫の兄君であるシュリ様は、それはそれは姫の事を大切になさっておられましたから、乗馬のような危険な事は、させていなかったと思いますよ」
「そう……」
そんなに私のことを大切にしてくれていたという兄に、私は想いを馳せる。
一度でいいから、会いたかったな。
兄妹ってどんな感じなんだろう。一緒に遊んで、おやつを一緒に食べて、それから、たまには喧嘩して。そんな何気ない日常を過ごしてみたかった。
「グレイは兄弟とかいるの?」
私の問いにグレイは首を横に振る。
「いいえ。私に兄弟はおりません」
そう言ってから、
「今は姫が自分の妹のように感じます。もし、私に妹がいたら、こんな感じなのかと思う事が時々あります」
と続けた。
そして、はっとしたように
「姫を私の妹に例えるなど、ご無礼お許し下さい」
そう生真面目に謝った。
「ううん。私も、私もグレイを家族のように感じるわ」
グレイの顔を見上げながら、私の思いを伝える。
グレイは何か答えようとして、言葉を呑み込んだ。
私はグレイが何を言おうとしたのか、薄々と感じ取ってしまう。
『姫、私とは身分が違います。姫と私とは家族にはなれないのです』
声に出さなくとも、グレイの身体がそう語っていた。
私はグレイを求めるように、グレイの厚い胸板にフードを被った頭をぎゅっと押し付ける。
私とグレイの気持ちは、交わるように見せかけて、常に平行線だった。
やがて馬が進むと、目の前に高い塀が現れ、大きな紋章がレリーフされた、鉄の門が現れた。
「姫、ここで暫くお待ち下さい」
グレイは私のフードがちゃんと顔を隠しているかをもう一度確認してから、手綱を私に渡して、軽々と馬を降りる。
そして、門の脇にある小さな小屋の中に消えた。
やがて、すぐにグレイと若い男が現れた。
グレイは若い男に何か耳打ちすると、その手に金貨を握らせる。
「姫、お待たせしました」
グレイは再び馬に跨がる。グレイが馬の上から若い男に頷いて合図を送ると、若い男は力いっぱいに鉄の門を、ギギギギと押し開けた。
馬一頭が通れる隙間が開くと、グレイは素早く門を通り抜ける。
私たちが通り過ぎると、門は再びガチャンと大きな音を立てて閉じた。
門の向こうには、さっきまでの美しく牧歌的な風景とは違って、殺風景で少し寂れた雰囲気の道が延々と続いていた。
その時、初めて気がついた。
さっきまで私が見ていた景色は、「人工的に作られた田園風景」だったのだと。
私たちが普段暮らしている森も、さっきからずっと馬を走らせてきた丘陵地も、すべて意図的に“造られた”、広大な庭なのだ。
「あそこは、誰かの敷地なの?」
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