悪役王女サマは傾国の美女になんかなりたくないっ!

瀬能なつ

文字の大きさ
上 下
13 / 15

女神の微笑み

しおりを挟む
「姫、持ち上げますよ。さぁ、私にしっかりと掴まって下さい」

顔を覆う大きなフードを被った私は、ぐいっと腕をグレイに引っ張られてあっという間に馬上に引き上げられた。裾の長いドレスを着ているので、横座りになり、私の手が、しっかりと自分の腰に回されたのを確認すると、グレイは右手に手綱を持ち、左手で私の体をガッシリと支える。

グレイが馬に合図を送ると、馬は、バクラユーラ祭りの行われている町へと向かって、ゆっくりと歩き出した。



「きゃぁ」

揺れる馬の上は思いのほか高くて、思わずグレイにしがみつくと、私が洗ったグレイのシャツからは、石鹸の香りがほんのりとした。

ふっふっふっ。

思わず顔がニヤケてしまう。

あーもう、わかるかしら?この感じ。

毎日せっせと、お料理やお洗濯、お掃除やらで、大好きなグレイのお世話をしてて、今のグレイは私が作り上げてると言っても過言ではないと、頭の中ハッピー回路で私は自惚れちゃってるワケで。

もう、最高に幸せ!

な感覚を、ぴったりと寄り添うグレイのシャツから漂うシャボン玉の香りで実感してる最中で。

私は間違いなく、この時、確信してた。

これはもう、恋愛の女神サマが私のために微笑んでいるとしか思えない!と。

グレイの視線に入らないようにしながら、私はガッツポーズをキメる。

そう。確かに女神は笑っていたのだ。

それは、不幸の坂をゴロンゴロンと転がり落ちているのに、そんなことなど全く気がついていない私を笑う、皮肉な笑みだった。

舞台に上がって恋愛劇を演じていたのは、私1人だったと気がついた時には、何もかもが私の目の前から、煙りのように消え去っていた後だった。

後に思い返してみれば、このバクラユーラ祭りへの外出が、不幸への道へと進む引き金だったと思う。あの時、我が儘を言って出かけなければ良かった。グレイの言う事を聞いて、大人しく家にいれば、こんな事にはならなかったと、何度後悔し涙したことか。

それはともかく、今は大きな不幸が目の前に迫っていることなんて、つゆ知らず、私は馬の上から見える景色に夢中になっていた。

「グレイ、見て!あそこに綺麗な花が咲いてるわ」

私が指差した先に、真っ赤な花の一群があった。

「あれは夢見草です。姫が気に入られたのなら帰りに摘んでいきましょう」
「私の部屋に飾りたいわ」
「あれは部屋に飾ると良い夢を見られるという言い伝えがあります。ただし枯らさないように気をつけて下さいよ。姫」

冗談めかしながら、少し脅すようにグレイは言う。

「枯らすとどうなるの?」
「悪夢を見ると言われます」
「でも、怖い夢を見ても、グレイが助けてくれるんでしょう」

少し甘い声を出して、私はうっとりとグレイにもたれる。

「姫の夢の中に入り込む秘術を私は持ち合わせおりませんが、必ず姫を御守りします。例え相手が悪夢であろうとも、必ずや姫をお助けいたします」

私の腰を支えるようにして抱えていたグレイの手に、ぐっと力がはいる。

姫に頼られて嬉しい。そんな感情を隠す事なく、グレイは誇り高く返答をする。

『姫を必ず御守りする』

グレイと初めて会ってから、何度となく、グレイが口にしてきた言葉だった。
そして、私はその言葉を疑った事は一度もなかった。

このままこうして、グレイに守られて、一生ここで、この森の中で、グレイと共に暮らしたい。

私は揺れる馬の上で、グレイに身体をぴたりと寄せながら、心の底からこの幸せが永遠に続くよう、懸命に祈り、願っていた。

馬が進んでゆくと、やがて行く手を阻むように小さな小川が現れた。

馬は怯むどころか、楽しむようにパシャンと水音を立てて軽々と川を超える。さらに進むと、広々とした草原が目前に広がり、羊のような動物が集団でモグモグと草を食べていた。

のどかで牧歌的な風景だった。

平たんな砂利道に出ると、グレイが

「少し馬を速めます。姫、しっかりと掴まっていて下さい」

と声をかけた。

私は頷いて、グレイの腰にしっかりとしがみつく。

グレイの合図で馬が走り出し、馬の上の私たちの体も時折、バウンドするように弾む。

そのたびに、私はぎゅっとグレイにしがみついて、馬から落ちないようバランスを取る。

それはまるでグレイと一心同体になった気分だった。

グレイの体が少し左に傾けば、私も同じ方向に体重を傾け、グレイの体が右に傾くと、私も同じようにする。

こうすることで、二人で馬を操っていくのだ。

「上手ですよ。姫」

グレイが嬉しそうに笑う。

「私も1人で馬に乗れるようになるかしら?お城で私は馬に乗っていたのかしら」

尋ねると、グレイはうーんと唸る。

「姫の兄君であるシュリ様は、それはそれは姫の事を大切になさっておられましたから、乗馬のような危険な事は、させていなかったと思いますよ」

「そう……」

そんなに私のことを大切にしてくれていたという兄に、私は想いを馳せる。

一度でいいから、会いたかったな。

兄妹ってどんな感じなんだろう。一緒に遊んで、おやつを一緒に食べて、それから、たまには喧嘩して。そんな何気ない日常を過ごしてみたかった。

「グレイは兄弟とかいるの?」

私の問いにグレイは首を横に振る。

「いいえ。私に兄弟はおりません」

そう言ってから、

「今は姫が自分の妹のように感じます。もし、私に妹がいたら、こんな感じなのかと思う事が時々あります」

と続けた。

そして、はっとしたように

「姫を私の妹に例えるなど、ご無礼お許し下さい」

そう生真面目に謝った。

「ううん。私も、私もグレイを家族のように感じるわ」

グレイの顔を見上げながら、私の思いを伝える。

グレイは何か答えようとして、言葉を呑み込んだ。

私はグレイが何を言おうとしたのか、薄々と感じ取ってしまう。

『姫、私とは身分が違います。姫と私とは家族にはなれないのです』

声に出さなくとも、グレイの身体がそう語っていた。

私はグレイを求めるように、グレイの厚い胸板にフードを被った頭をぎゅっと押し付ける。

私とグレイの気持ちは、交わるように見せかけて、常に平行線だった。

やがて馬が進むと、目の前に高い塀が現れ、大きな紋章がレリーフされた、鉄の門が現れた。

「姫、ここで暫くお待ち下さい」

グレイは私のフードがちゃんと顔を隠しているかをもう一度確認してから、手綱を私に渡して、軽々と馬を降りる。

そして、門の脇にある小さな小屋の中に消えた。

やがて、すぐにグレイと若い男が現れた。
グレイは若い男に何か耳打ちすると、その手に金貨を握らせる。

「姫、お待たせしました」

グレイは再び馬に跨がる。グレイが馬の上から若い男に頷いて合図を送ると、若い男は力いっぱいに鉄の門を、ギギギギと押し開けた。

馬一頭が通れる隙間が開くと、グレイは素早く門を通り抜ける。

私たちが通り過ぎると、門は再びガチャンと大きな音を立てて閉じた。

門の向こうには、さっきまでの美しく牧歌的な風景とは違って、殺風景で少し寂れた雰囲気の道が延々と続いていた。

その時、初めて気がついた。

さっきまで私が見ていた景色は、「人工的に作られた田園風景」だったのだと。

私たちが普段暮らしている森も、さっきからずっと馬を走らせてきた丘陵地も、すべて意図的に“造られた”、広大な庭なのだ。

「あそこは、誰かの敷地なの?」

グレイに尋ねると、グレイは微笑み、「姫を安全に匿える場所です」とだけ答えて、それ以上は何も言わなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

勘違い

ざっく
恋愛
貴族の学校で働くノエル。時々授業も受けつつ楽しく過ごしていた。 ある日、男性が話しかけてきて……。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...