悪役王女サマは傾国の美女になんかなりたくないっ！

明日に向かって、立て！

やっと、私が外に出させてもらえない訳も、お姫様なのに、お城じゃくて、森の奥の山小屋での生活なのも、理解ができた。

けれど、正直に言うと、「祖国が無くなった」と聞いても、あまりピンとは来なかった。

まだ自分がマルスティラの人間だという自覚もないし、どちらかと言えば、元の世界への方が、思いが強く残っていたから。

それよりも、何よりもショックだったのが、もうこの世に、肉親が存在しないという事だった。

「残念ながら、前大公殿下と妃殿下も既に亡くなられております」

私の両親の事を尋ねると、グレイは首を振ってそう答えた。

結局、この世でも独りぼっちの孤独なんだ。そう考えると、自然と涙が溢れてこぼれ落ちてきた。

私って、どこまでも人生にツイてないんだろう……

思わず、ヒックヒック……と泣き出した私を見て、グレイが慌てて自分の胸に私を抱きしめる。

「姫、大丈夫です。私が側についております」

その言葉にすがりつくように、私はグレイの首に腕を回して、ギュッと力を込める。

私にはグレイがいる。

ううん。私にはグレイしか、もういないんだ……

見知らぬ異世界に、たった１人で取り残されたのが、心細くて、苦しくて、グレイから伝わる人の体温のぬくもりを離したくなくて、私はグレイにしがみついて、子供みたいに大きな声をあげて、泣いた。

「大丈夫ですよ、姫。大丈夫です」

私が泣いている間、私の髪や背中をさすり続けてくれている、グレイの温かな手のひら

泣いて、泣いて、思い切り泣いて、体中の水分を出し切るくらいに、わんわんと大声で泣いて。

堪えようとしても押し寄せるように流れてくる涙を延々と流している間、グレイは私を守るように、ずっと抱きしめていてくれた。

その優しい感覚に、高ぶった気持ちもだんだんと落ち着いてくる。

この世界に来て、心の中で澱んでいた、不安とか恐れとか、そういったものを、涙と共にすっかりと全部吐き出した後、次第にいつもの私が戻ってきた。

１人で生きるのは慣れてる。

今まで、たった一人で生きてきたのだから、これからだって、生きていけるはず。

私は涙を手の甲で拭うと、グレイから身体を離し、二本の足で、しっかりと立ち上がる。

それに、今はグレイや婆やが側にいてくれる。
血は繋がってないかもしれないけれど、家族のように私を受け入れてくれてる人たち。

これ以上、何を望むっていうの？

涙を拭って力強く微笑んだ私を、グレイは少し驚いたように見つめる。

「さぁ片付けをしましょう」

そう言ってテキパキとテーブルの上の食器を片付け始めた私を見て、グレイが慌てる。

「ひ、姫。そのような事はなさる必要はございません！」

「いいえ、グレイ。これからは、私も家事に参加するわ」

お姫様扱いで、何もせずにじっとしてるのは、私の性格に向いていないし！

「し、しかし……」

「グレイ、これからは私も出来る事からやっていこうと思うの。家事とか畑仕事とか、何だってやるわ。それが公国復興のためだと思うの」

そう言うと、グレイは予想外の展開にどうしたら良いのか分からなくなり、思わず天を仰いで神に祈りの言葉を呟いた。