悪役王女サマは傾国の美女になんかなりたくないっ!

瀬能なつ

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おはようから始まる異世界の生活

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「…ふぁぁあ……」

目覚めてベッドの上で大きく伸びをすると、
思わず部屋を見回した。

まだ朝早いのか、部屋は薄暗く
いつも居るグレイの姿が見えない。

ベッドの脇の小さな窓を覗くと、
そこには全てを呑み込むような、鬱蒼とした広大な森が眼下に広がっていた。

マルスティラ公国かぁ……

いったいどんな国なんだろう。

それにしても、グレイは私のことを、
姫と呼ぶけれど、今、私が居る場所はどう見てもお城じゃないわよね……

くるっと部屋の中を見回しても、どう見ても殺風景な田舎の山小屋でしかなかった。

もしかして、私は『拐われたお姫様』なのかな?
でも、そうしたらグレイとあの老婆は悪人なの?

その疑問は自分自身の中で直ぐに打ち消された。

グレイの私への献身さといったら、それはもう言葉に出来ないくらい素晴らしいものだった。

それこそ、銀のスプーンよりも重いものは持たせないような気の使いようで、私のことをまるで繊細な砂糖菓子で出来ているかのように丁寧に優しく扱った。

何より、グレイ自身から善良の塊のようなオーラが出ていた。

常にピシリと伸びているその背中からは、気品と規律が感じられた。

でも、私がこの小さく質素な部屋から出ることが許されていないのも事実だった。

いったいいつまでこんな生活が続くんだろ?

グレイの話しだと、もう元の世界には戻れないらしい。
でも、ここでの生活に慣れる事は出来るのかしら?

様々な疑問と不安が胸の中をグルグルと駆け巡る。

色々と考えていると、ふと、いつもは鍵がかけられているこの部屋の入り口の扉が小さく開いているのに気がついた。

私はベッドから起き上がると、部屋の隅に置かれていたクローゼットを開ける。

そこには、シンプルなモスリンの花柄のドレスが数着かかっていて、そのうちの一つを手に取ると、腕を通す。

それは恐らく私のために用意されていたもので、サイズは誂えたようにピッタリだった。

着替えてから部屋のドアをそっと開ける。

そこは直ぐに階下に降りる階段に繋がっていて
一階からはランプの仄かな灯りが漏れていた。
まだおぼつかない足を引きずりながら

  トン、トン、トン、

と階段を降りていくと、そこには小さなテーブルに飲みかけのカップと書類の山を積み上げ何やら熱心に新聞記事を読み込むグレイの姿があった。

グレイは私の姿に気づくと、少し驚いた表情ながらも直ぐに直立不動の姿勢で立ち上がり

「お早うございます。姫」

と丁寧に挨拶をした。

「おはよう。グレイ」

そう答えた瞬間、まだ足元の覚束ない私の体が一瞬グラついた。

直ぐにグレイが駆け寄り、優しく抱き寄せると
私をそっとイスに座らせた。

「申し訳ありません。直ぐにここを片付けます」

グレイはそういうと、目の前の書類をあたふたと片付け始めた。

「いいの。気にしないで、グレイ。お仕事を続けて」

私は書類をまとめているグレイの手をそっと押さえる。

「しかし……」

少し戸惑うグレイだったが

「姫、急ぎで仕上げたい書類があるのです。
お言葉に甘えてこのまま仕事を続けてもよろしいでしょうか?」

と申し訳なさそうに頭を下げた。

「もちろんよ」

私がそう答えると、グレイは椅子に座り
再び書類の山に没頭しはじめた。

私はそのグレイの横顔をそっと眺める。

グレイは徹夜明けなのか、いつもは綺麗に整ってる黒髪が、やや乱れたように額にかかっていた。

ルーズに外された胸ボタンの隙間から、褐色の厚い肌がチラリと見えて、いつもと違った無防備さが、まぶしいくらいの男の色気のようなものを醸し出している。

向こうの世界にいたら、絶対に出会えないような、ハンサムな人だよね。と思わず食い入るように、見とれてしまう。

この身体に抱かれたんだ。あんな部分やこんな部分を全て見られちゃったんだ……と思うと、急に恥ずかしさが込み上げてきた。

それと同時に、胸の奥がキュンと切なく痛んだ。


私、グレイに恋をしてるんだ……

出逢ったばかりなのに。まだグレイの事なんて、何も知らないのに。
多分、これが一目惚れというものなのかな。

それから、私はあたふたと慌てた。


恋ってどうすればいいの?!

そもそも、異世界で恋をするってどうすればいいのっ

私はお姫様で相手は騎士、こんな時は一体どうすればいいの?!

実は、向こうの世界にいた時は、恋人が欲しくて、こっそりと密かに恋愛マニュアル本みたいなものは、山ほど読んだ。

けれど、こんな『身分違い』の恋の進め方なんて、どこにも書いてなかった。

『グレイ、私の恋人になりなさい』

て命令すれば、この恋は叶う?
っていやいや、なんかそれは違う。

こうもっとロマンティックに両想いになりたい。

『姫、身分を超えてあなたを愛してしまいました。どうぞこのご無礼をお許し下さい』

と、こんな感じでグレイから愛を告白されたい。

なんてアレコレ妄想を膨らませていると、ふと、空になったグレイのカップに気がついた。

そうだ、グレイに新しいお茶を淹れてあげようと思い立ち、グレイのお仕事の邪魔をしないよう、静かにそっと立ち上がる。

それから台所のような場所に向かって、そしてそこで、ウッと足を止める。

当然、そこにはガスコンロや、まして、IHのクッキングオーブンなんてものはなかったのだから。


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