拗れてく俺と拗れてるお前

暮雨

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拗れてく俺と拗れてるお前⑩

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 この出来事が小説だったなら、エンドマークを打ちたくなるような気分になるが。これは現実だ。
 ちいさな公園で想いを告げた俺は人通りのない夕暮れの道であるのをいいことに、佐野と手を握り合ったまま、アパートに帰った。

「えーっと玲、オレ……お前とふたりきりになったらまずいんだけど」
 エレベーターのボタンを押す寸前で佐野は小声でそんなことを言ってくるので。俺はふっと息を吐いてひと刷毛赤い佐野の顔を見上げた。
「陽人」
 俺のことをアキラと呼び始めた佐野に倣ってハルト、と呼びなれない名前を呼んでからやっぱり自分は佐野、と呼び続けようか迷ったけれど。肩を抱く佐野の腕に力がこもるのを感じて、佐野が名前を呼ばれただけの、ささやかなことで喜んだのだと感じると名前で呼ぶしかないかとも思う。

「そういうのも『こみ』で俺は考えたから……痛いのは嫌だし用意もいるから今日は無理だけど……俺はお前になら何されてもいいと思ってる」
 エレベーターに乗って鍵を取り出しながらそう囁くと佐野が首まで紅くなって。どこかぎこちない手つきで俺の体を手繰り寄せ。俺は佐野の手の熱さを感じながらエレベーターを降り、じれったい気持ちで玄関の扉を開け……
 部屋の中に踏み込んだ途端。ドアが閉まり錠が落ちる音とともに引き寄せられ。公園でした、お互いの体温をそっと均すような優しく控えめなくちづけではなく。呼吸を奪われるような激しく深いくちづけを仕掛けられて。目を大きく見開いた。

 唇より先に舌が絡み合うようなキスをするのは初めてで、息ができないけれど俺は佐野の体に縋りついて必死に応え。佐野は喉で呻くような声を漏らしながら俺の体をドアに押し付けて。まるで性行為の疑似行為のように覆いかぶさって散々俺の口の中を。先を尖らせた舌で蹂躙した。

「あのさ、玲……もうちょっと手加減とかしてくれないかな」
 そんな甘く激しい時間の後。佐野はへたり込む俺の唇の上でそんなことを囁いてくるので、俺は意味が分からなかったけれど。手加減、という言葉に反応して眉を寄せた。
「しないぞ。お前はモテるんだ。奥ゆかしさとか、欲しいなら頑張って身に着けるけど……それとこれとは別で、お前のこと、ちゃんと引き留めておきたい」
 とりあえずずっと考えたことを過たずに伝えておかないといけないと思ってそんな言葉を漏らすと佐野がぎゅっと俺の体を抱きしめてまた、呻く。
 
「んー……玲、ごめんね」
 甘ったるく掠れた声を零して笑った佐野は。信じられないくらいいい男で。
一方の俺は何故謝られるのかわからないまま目を瞬かせ。
 あっと思う間もなく体を抱き上げられて。俺はとりあえずスニーカーを玄関で足からそぎ落とし。その様を佐野に笑われながらベッドの上に押し倒された。
「気持ちいことだけするし、玲がいやなことはしないから……」
 そんなことを言いながら佐野は着ていたシャツを脱ぎ捨てて半裸になるから。俺もベッドの上で身をよじって、下げたままだった鞄をベッドの上から落として服を脱いだ。

 躊躇いなく全裸になるのはなんとなく恥ずかしくて。下着だけを残した状態で抱き合うとしっとりと吸い付くように肌が触れ合う感覚に胸が蕩けそうになる。
 あの夜と似た体勢だが、自分達を煽って見る連中は居ない。
 けれどあの夜以上に体が敏感で、おかしくなりそうなくらい気が高ぶっているのは佐野のことを好きで、恋人になったからで。これから愛しあう行為をするからだ。

「陽人」
 抱きしめてくれる佐野の唇の上で囁くと臍の下にぐっと硬いものが押し当てられる。
 熱を交わそうとする体位になる佐野の体は記憶の中にあるよりもずっと大きくて、どっしりとした、大人の男らしい重さを帯びつつあって、逞しい。

「玲……どうしよう、オレ、幸せで死にそう」
 喉で呻くような声を漏らした佐野が唇を重ねてくる。
 また息継ぎが必要なキスをされながら、体を撫でまわされた俺はローションを出そうか迷ってやめた。
この状況で半分減ったローションを出せばどうなるか。わからないほど馬鹿にはまだなってない。

 佐野の手つきは優しいのに。時々我慢できなくなったかのようにまさぐるようで。そこから佐野の余裕のなさを拾ってしまうと心が蕩けてしまって、いけない。
 長いくちづけを、甘ったるい吐息を混ぜながら幾度も幾度もつなげて続け。ベッドの上を転がるようにしてお互いの体を撫でまわしながら脚と脚を絡める。
 下着越しに触れ合うお互いの昂ぶりはもう、臍につきそうなほど勃起していて。下着越しにそっと触れると鈴口が触れ合う部分が先走りの匂いでとろりと湿っていた。

 佐野の全部を知りたくて。腰骨をひっかくようにして下着に手を掛けると蕩けた顔をして笑う佐野が、応えるように腰をよじって同じように俺の下着をずらしてくる。
 どうしても自分で脱ぐより拙い手つきになって。興奮して湿った下着はあっという間に捻じれる。
 けれどお互い、下着よりも中身に興味があるからお互いの下着を蹴りあってベッドの上のどこかにやってから再び脚を絡めた。
 下着で多少押さえつけられていたのだろう。佐野の昂ぶりは伸びあがるように勃起して。擦れた俺の臍あたりに擦れた。
 先走りがとめどなく伝う、ぱっつりと張り詰めた亀頭が肌に擦れて、雄の匂いのするいやらしい線を引く感覚は、何とも形容しがたい。
 あの夜は、そんなことを思わなかったのに。触れ合う肌は汗で湿って。下腹に佐野の匂いを付けられているのだと思うと、腰の奥が疼いて駄目になりそうだ。

 佐野は興奮しきった顔をしながらもどうにか衝動を抑えようとしているかのように震える手で俺の体を愛撫する。
 首筋をなぞって、指の這った後に丁寧に唇を這わせて、日に焼けていない白い肌に触れた痕を残すように吸い付いて。鎖骨に、胸骨に、と惜しみなく触れていく。
 他人から……いいや、好きな相手からもたらされる、ローションを付けて自分で胸を愛撫する感覚とは全く違った強い快感が肌の表面を走って、腰の奥に溜まるようで。
 俺は佐野にベッドの上に閉じ込められるような、甘美な感覚に陥りながら佐野の手と唇が生む快感に身悶えた。

「玲の乳首、ちいさくてかわいい」
 そんな言葉を、吐息と共に胸に吹き付けられた俺は。シーツを逆手に掴んで目を瞑った。
 ぐっと力んだ体が弓なりに反って。絞り出すように先走りが、勃起した昂ぶりから臍の下に滴る。
佐野からすると、羞恥に身をよじったように見えたのだろうか。
 はっと息を漏らして。まるで見せつけるように乳首を舐めてくる。
 男らしく整った唇からのぞく、どこか上品に突き出された舌が、俺のちいさくて先っぽが赤い乳首に戯れるように絡みついてくるのが、言いようのないほどにいやらしい。

「だ、め……ッ」
 そんなところ。舐められたことなんてない。
 ましてやこんなふうに、好きな相手に至近距離で見つめられて。焦らすように吐息を吹きかけられ。舌先でつつくようにされてからぺとりと舌を付けて舐められて。まるで色を濃くしようとするみたいにきつく吸われる快感なんて……想像すらできなかった。

「あーもう、かわいい……なんでそんな敏感なの?」
 乳首を舐めるたびに俺が腰を跳ねさせるのが不思議なのだろう。
 怪しまれたかと頭の片隅に微かに残った、自分の冷静な部分が怯えるけれど。佐野は終始蕩けた顔をしてシーツに背中を擦りつけて感じる俺を……いいようにした。

 佐野がようやく俺の胸から顔を上げた時。俺はもう、目尻も口角も濡らしきっていて。マグロになりたくないのに佐野の背中を震える手で撫でまわすだけの存在に成り下がっていた。
 もう昂ぶりは自分が漏らした先走りと佐野が擦りつけた先走りでどろどろで。俺はこれ以上はおかしくなると思って。佐野の腰に脚を絡めて腰を揺らした。

「なぁ、はると……いっかいイきたい」
 腕も使ってぎゅうぎゅうと佐野の体に縋りつくと、佐野の体がぐっと熱を帯びた。
「やっぱオレ、玲にいいようにされる……」
「なに、いってんの」
 いいようにしているのは佐野の方だと思うのに。佐野はそんな不可解なことを言って。目元にかかった髪をかき上げてこちらを見下ろしてくる。
 額まで露わになった佐野の顔に、俺は思わず見惚れた。

 男らしい太い眉にまっすぐ通った綺麗な鼻筋。尾翼は控えめで形よく。その下には情深そうな厚めの、綺麗な唇。
 なだらかな頬はしなやかな青年らしさから大人の男の精悍さを纏いつつあり。まだ佐野が、自分と同じ歳の十八歳でこれからさらにいい男になるのだと思うと、信じられない気持ちになる。

「オレ、興奮しすぎて情けないくらい、すぐ出そう」
「そんなの、俺もだって」
 情けないような、けれど浮ついた囁きを交わしながらお互いの体を抱き合って腰を揺らす。ぬちぬちと音を立てて昂りがこすれあって。押し付けあった唇が歪んで熱い呼気が漏れた。
「でも、せっかく玲と恋人になれて、もっと玲といいことしたいのに、出したら終わっちゃう……」
「にかい、やったらいいだろ」
「へへ、そっかぁ……ん、あきら……ッ」
 お互いとお互いの昂ぶりが押し合うようにこすれあい、たっぷり濡れた性器を、お互いの手を絡めあうようにして擦ると一気に体は絶頂へと向かっていく。

 お互いのものを触りあいながら、俺は佐野についていくように亀頭を撫でられたら佐野の亀頭を、鈴口を指の腹でいじめられたら同じようにして……そうしている間もお互いを煽り立てるように腰を遮二無二揺らしあった。
 そして。喉で呻いた佐野が濡れた俺の手を捉えて掌を重ねるように指を絡めて握り、シーツに押し付けた。
 そのまま佐野は腰を振り。俺は大きく開いた脚で、いつかのように佐野の腰を引き付け。佐野は俺の下腹に自分の昂ぶりを擦りつけるようにしながらびくんと体を震わせた。

「陽人……」
「ん、あきら……ッ」
 佐野はもう限界なのだろう、と思いながら囁くと佐野があぁ、と甘く息を詰めた。
その切羽詰まった声を聞いた俺も煽られるように下唇を噛み。
 同時に俺も佐野の、限界まで張りつめた昂ぶりから佐野の体温を纏った精液が勢いよくぶちまけられるのを感じて。性器の付け根からせりあがる熱と衝動に抗わず。佐野が息を詰めるたび、下腹に、臍に、わき腹にぶちまけられる精液を浴び。お互いの下腹に圧迫される感覚に喘ぎながら射精した。
 つい反射的に力んだり緩んだりしてしまう、繋いだ手を幾度も握り直しながら見つめあい。なかなか整わない吐精の息を吹き込みあいながら唇を重ねているとどうしようもないほど幸せで、蕩けた気分になった。

 そして男の体は射精したら落ち着くものであるはずなのに。しばらくしても俺たちはお互いを見つめあったまま甘ったるい仕草で唇を重ねていた。
 当然、体勢が下の俺の腹には二人分の精液が溜まってわき腹を舐めながら零れていて。
 その様を見た佐野は喉に引っかかるような呼気を漏らしながらまだ射精している大きな昂ぶりを俺の腹に擦りつけ。腹に溜まったとろみのある水たまりをぐちゃぐちゃにしながら腰を振った。
「あッ……ぁ、もう……」
 薄暗がりのなかでもべっとりと白く見えるほど濃い、栗の花に似た生命の匂いが薄い腹にすりつけられて。俺は弱々しく声を漏らした。
 俺の昂ぶりは芯を残してはいるけれど、達したばかりでひどく敏感になっていて。同じ男ならそのくらいわかっているだろうに。佐野は『はッはッ』と短く荒い呼気を漏らしながら射精した時の形から欠片も萎えていないように見える昂ぶりで、腰をはねさせ、下腹を震わせる俺の体を押さえつけて腰を振る。

 あぁ、いつか佐野に抱かれたらこんなふうに……一回中に出した後、すぐに二回目を挑まれたり……見せつけるみたいに奥に出した精液を中でかき混ぜられるんだ、なんて考えたらもう、いけない。
 感じすぎてひりつくくらい敏感になった体が震えて。俺は腰を振る佐野の体に縋ることしかできなくなる。
「だめ、とまって……はると……!」
 感じすぎて全身に鳥肌が立っているし、弄られた乳首もぴんぴんで。そんなあさましいまでに興奮した俺を、佐野は舌なめずりせんばかりの目でつぶさに見て。腰の動きを激しくして俺を喘がせ……結局、俺がまた、下腹に精液をぶちまけられて。その刺激で腰を震わせて射精するまで放してくれなかった。



「ごめん、ちょっと箍が外れちゃった」
 佐野がそう詫びながら、浴室に運んだ俺の体をきれいにしてくれる。
「謝ることなんてない……俺も、気持ちよかったし」
 そんな言葉を返しながら、俺は均整の取れた佐野の体を抱きしめた。
 最後まで致したわけではないけれど。ざあざあと音を立てる湯の帳に包まれながら好きな相手と抱き合うというのは驚くほどの多幸感を連れてくるものだと知る。

 慣れないことをしたからだろう。
 射精を二回立て続けにすることは別に珍しいことではないのに。佐野の体に縋っていたからか、脚に力が入らない。
 そのうえたくさん愛撫されたから胸はまだ色づいたままで、擦りつけられたから下腹が疼いていて、性器の付け根がなんだか少し、だるかった。

「玲、大好きだよ」
 そんなことを考えているとどこか感極まったような声で囁いた佐野が俺を抱きしめてくる。
 その、あまりにも唐突でまっすぐな好意を受けた俺は自分の頬が熱くなっているのを感じながら佐野の腕の中で身じろいで。自分より頭半分大きい佐野の体を抱き返した。
「陽人……」
 胸から湧き上がる感情のままに同じ言葉を返そうとしたのに、なんでか恥ずかしくて大好き、とは言えなかった俺は佐野を見つめたまま瞬きをして唇を尖らせ。
 そんな俺の顔を見た佐野がどうしようもないくらい幸せそうに笑う顔を見た俺は。濡れた髪に指先を突っ込んで搔き乱しながら……その少し腫れた唇に深いくちづけを仕掛けた。

 湿気にまみれた狭いバスルームで肺の奥まで爛れそうな甘い吐息を交わしていた俺達が……またほんの少し、青い衝動に身を任せてから風呂を出て食事を用意するのはもう少し後だ。



 俺は黒いベッドシーツをベッドに掛け。ビデオカメラを三脚にセットした。
 忘れないようにローテーブルにはローションとコンドームと……あの不思議なキツネ先輩にもらったおしゃれな仮面を用意する。
 例によって例のごとく。グレーの下着一枚になった俺は仮面を身に着けて深く息を吸い込んだ。
 まだ佐野にはこのことを、打ち明けられていないけれど。いつかちゃんと打ち明けられたらいいと思う。
 それに佐野を受け入れるために、まだカメラの向こうの誰かの力が必要なのだ。
 そう思いながら俺はビデオカメラのボタンを押した。
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