優しい雨が、君の頬を伝うとき。

⑱

　＊　＊　＊

　早織に「本気で、一緒に虹山ヶ丘の夕景色を見に行こう」と言うだけ。
　もう早織との会話にも慣れているし、それを躊躇う弱さも投げ捨ててきた。
　朝、学校に着いたらすぐに早織を呼び出して、言う。朝起きた時から、そう心に決めていた。

　少し早めに着いた教室。扉を開けると、僕よりも前に来ていた生徒たちの視線が注がれる。
　一瞬、緊張が走った。血の気がサーっと引く感覚だ。
　でも、すぐに目的を思い出した。早織に元気になってもらいたいから、虹山ヶ丘に誘う。今日来た理由は、ただそれだけ。

　……でも、早織の姿は見つからない。

　今日は遅く来るんだな……寝坊でもしたか？　と思いながら早織の机を見つめる。
　どんどん席に着席する生徒が増えていき、結局は先生まで来てしまった。
　あれ？　今日、早織は休みなのか？

「今日は天海が欠席だ。本来天海が日直予定だったが……岩中、代わりにやってくれ」

　……え？　早織が、欠席だって？
　せっかく虹山ヶ丘に誘おうと覚悟してきたのに、肩透かしをくらった気分だ。
　先生が僕の方を見ている。あ、日直だっけ？
　ど、どうすればいいのか……。

「どうした岩中？　日直をやってくれ」
「……あ、はい。あ、その前に、どうして天海さんは欠席なんですか？」

　みんなの前で、思わず聞いてしまった。
　シーンとした教室に、僕の声だけが響く。鳥肌が立つくらい、緊張感が走った。

「ああ、検査入院だ。岩中、号令から頼む」

　検査入院か……。
　僕は先生に「はい」と答えた後、か細い声で朝の挨拶をした。
　日直なんてやったことがない。僕は言われた通りの仕事を、一日中こなした。
　でもずっと頭には早織の存在があって、検査の結果はどうなんだろうとか……とにかく不安が付きまとっていた。

　――よし、行こう。早織の病院へ。

　このまま家に帰って、不安心を抱いたまま眠るなんてできっこない。
　気になって気になって、何にも手がつけられなくなるだろう。
　僕は先生から早織が入院している病院を教えてもらって、学校帰りにそのまま寄った。街一番に大きい大学病院の、眼科に早織は行ったらしい。

　受付に行って、早織がどの部屋にいるのか聞く。
　お見舞いに来たことくらいわかるだろうと思ったけど、少しふくよかなおばさんのナースさんに「どのような御用で？」と事務的に聞かれた。
　たどたどしく「お見舞いに……」と答えると、今ちょうど検査中ですと冷たく返された。
　どうやら角膜専門外来のお医者さんが検査をしているらしく、その重々しい空気に圧倒されてしまう。

　僕は検査が行われているであろう方の廊下を歩いていく。
　すると、検査中のランプが赤く光っている個室が左手に見えた。目の前の長椅子に、早織のお母さんだと思われる人がソワソワしながら座っている。
　十メートル先で立ち止まった僕と、目が合った。

「あなた……早織のお友達？」
「あ、は……はい」
「お見舞いに来てくれたのね？」

　目尻を垂らしながら優しく微笑んでくれるお母さんに、少し安堵する。
　緊張感のある空間だし、邪険に扱われても仕方ないと思っていたから。