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最終日

最後の成仏③

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 ちょうどハーブティーをテーブルに運ぼうとしていたリュウが、お盆をひっくり返しそうになっている。
 何とかティーカップを倒さぬまま藤沢の前まで運ぶと、藤沢はまた小さな声で「ありがとう」と言った。
 そんな場合ではない恵那は、その真意を前傾姿勢で聞く。

「ど、どうして、闇サイトを藤沢さんが!?」

「ああ。その闇サイトを作ったのは、五年前、ミマが自殺したと悟った日。孤独になった俺は、インターネット上で同じ悲しみを持つ人を募ろうとした」

「それで……あのサイトを」

「最初は、誰か一緒に死んでくれないかという想いがあったけど、他人を巻き込むのは悪いと思ってな」

「一ノ瀬山の自殺スポットだけを、記しておいたんですね」

「さっすがマルナ、鋭い読みだな。同じ想いをしている人の救い道として、この自殺スポットを記載した。まさか、こんなに見ている人がいるとは思わなかったけど」

 藤沢のカミングアウトに、恵那は動揺を隠すのに必死だった。
 リュウも同じく驚いているみたいだけど、何も発さずにキッチンに戻っていく。
 今やり取りすべきなのは恵那だと感じ取ったのだろう、キッチンに立って、聞く専門に徹していた。
 恵那がここに来たのも、浮遊霊たちがここに来たのも、みんなあの闇サイトを見たからで、リュウももちろんそうだ。
 唯一違ったのは、ミマだけだった。ミマは、恵那とリュウに導かれて、この山カフェに来たから。
 恵那は、闇サイトが作られた経緯を聞いた後に、思ったことをそのまま言うことにした。

「あの闇サイトを見るのは、本当に人生が辛くなった人だけです。その他の人は、面白がって街の裏サイトを見るだけなので。でも、闇サイトが存在してくれたおかげで、楽になれた人も多いはず。だから、私は藤沢さんに、感謝します」

「何だよ、あんなの作ったんだから、もっと怒れよ」

「怒れないですよ。自殺した人が増えたかどうかは知らないですけど、あれを目に留めた人は、間違いなく病んでいた人ですから」

「まあ、最初はそんな人たちを解放してあげたいって思って作ったけど、やっぱりダメなんだよ。人は生きないと」

 そう言った後に、藤沢はティーカップを持って、好物であるジャスミンのハーブティーをグイッと一口飲み込んだ。
 恵那は藤沢の『人は生きないと』というセリフを聞いて、体が痺れるような感覚になった。
 藤沢はその味を楽しむようにニコッと笑って、まだ中身が減っていないティーカップをゆっくりテーブルに置く。
 そして、おもむろに席を立って、恵那とリュウに笑顔を向けた。

「マルナ、最後の願いだ。あの闇サイトを、消してほしい」

「消す? いや、最後って……?」

「後はリュウ君、マルナを守ってあげてくれ。コイツは危なっかしいから」

「え? はい、任せてください。いや、藤沢さん、どうしたんですか?」

「本当の最後に、マルナよく聞け! 生きていたら自分を変えられるんだ。強く生きろよ」

「ちょっと、藤沢さん!!」


「……じゃあな」


 藤沢は、浮遊霊たちが最後にしてきた行動を、同じようにした。
 テーブル中央のアロマディフューザーから立ち上がる蒸気に顔を近づけ、そのジャスミンの香りを鼻から吸引する。
 他の浮遊霊たちと例外なく、藤沢もまた、蒸気に包まれていった。
 
 ……藤沢も浮遊霊だったのだ。
 闇サイトを作って、先陣を切るように、藤沢はこの自殺スポットから飛び降りた。
 思念が強すぎるが故に、この世に残って、一ノ瀬山の断崖絶壁という地で、山カフェを作ろうと思索した。
 それは、この一ノ瀬山でミマが彷徨っていると予想してのことだろう。
 結果的に、多くの浮遊霊を寄せ付けることになって、成仏させるような不思議なカフェになったのだ。
 
 恵那とリュウは、藤沢の最後の言葉を受け取った後、身動きを取る前に、目の前が真っ白になった。
 藤沢を包み込んだ蒸気が大きくなり、瞬く間に部屋中を飲み込むくらいの大きさに成長したのだ。
 恵那とリュウの目が眩んだ瞬間に、雷が山小屋に直撃したくらいの衝撃が襲ってくる。
 激しい揺れが収まるまで目を開けれずに、身を守るようにしゃがみ込んでいると、三十秒後にピタッと異常が消えた。
 二人して、震えながら目を開けてみると、そこにあったはずの山小屋が綺麗に消えている。目の前にあるのは、悍しいほど危険な断崖絶壁だけだった。

「なあ、恵那。夢だったのかな」

「……本当よね」

「だって、さっきまでここに山小屋があったはずだし、空も暗かったはずなのに……何もない、ただの晴れた一ノ瀬山に変わったぞ」

「……いや! 確かにここに、アロマが香る山カフェは存在したんだよ!」

「何だよ、急に大きい声出して」

「これ、見て!!」

「……あ」


 恵那とリュウが、さっきまで居たはずの不思議な山小屋。
 山小屋があったであろうその空間の土から、ジャスミンの花たちがビッシリと顔を出していた……。
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