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最終日

浮遊霊が行き着く不思議な山カフェ⑨

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 藤沢の相手をする前に聞こえた、二回ノックをする音。この場所に四日滞在している恵那にはわかる……。
 このノックは、浮遊霊が訪れた時に鳴るノックだ。
 反射神経も乏しくなっている藤沢よりも先に、恵那の方が扉を開けた。

「はい、どちらさまですか?」

「すいません。何だかこの場所に、導かれているみたいだったので……来てしまいました」

「ああ! この人、さっき見た人だ!」

 扉の前に立っていた女性は、真っ赤なドレスを着た女性で、リュウがさっき声をかけられた女性だった。
 すでに通り雨は過ぎ去っており、外は真っ暗で風の音が静かに聞こえる。
 リュウがさっき見たのは、幽霊というより……浮遊霊だったのか。
 頭が追い付かない恵那を押しのけて、藤沢がその女性の前に立った。
 藤沢は手で口を押さえて、女性の前で膝から崩れ落ち、つぅーっと涙を流しながら、一言だけ名前を呼んだ。

「……ミマ、なのか」

 藤沢の髪から滴り落ちる水滴と涙が混ぜ合わさって、玄関は水たまりができそうなくらいに湿っていた。
 この真っ赤なドレスを着た美しい女性が、藤沢が胸に抱いていた女性なのか。
 でも、この女性は間違いなく浮遊霊だと思われる。
 もう二度と、恵那やリュウのような特殊な人間パターンは現れないと、恵那の直感的な思考がそう感じているから。
 藤沢が会いたかったはずの女性が浮遊霊だったなんて、これには大きな哀しみがありそうだ。
 ミマと呼ばれた女性が物音立てずにしゃがみ込んで、藤沢の手を取った。
 そして、藤沢と同じように一筋の涙を流しながら、名前を呼び返してあげる。

「椋野……やっと会えた」

 藤沢椋野、それが藤沢の名前だったことを、恵那は今思い出した。
 感動的な再会だということが、何も言われなくても伝わってくる。
 リュウの方を見てみると、リュウは今話すのは無粋だというように、唇を強く結んでいた。
 手と手を握りながら、しばらく泣き合っているのを、恵那もリュウも言葉を出さずにじーっと見ている。
 二つの視線に気づいた藤沢が、涙声で恵那たちに謝った。

「ごめん、二人共。こちら、俺の婚約者のミマ」

 紹介をされたミマが、気恥ずかしそうに会釈をする。
 恵那とリュウも会釈を一つして、順番に自己紹介をしようとしたところ、藤沢がその流れを切って茶の間に向かった。
 それについて行くように、全員が茶の間に集まる。
 廊下に積まれてあったタオルを一つずつ取って、みんなが髪の毛を拭きながら、テーブルの周りに立った。
 藤沢が、ミマだけは椅子に座るように案内して、恵那とリュウはキッチンに向かうように指示をする。

 これは、今日のお客様がミマだということを、表していた……。
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