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三日目

ずっとそばに⑤

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 暗い雰囲気だったのが嘘みたいに、藤沢の話で盛り上がる二人。
 恵那は、巴先輩に会うという目的を達成した今、次に取るべき行動は何なのか、見失っていたのだ。
 そんな中飛び出した、新たな目標。
 これは、まだ継続してこの山小屋に住むという、理由づけにもなる。
 藤沢のことを知りたいというのは本心だけど、それと同時に、まだここから離れたくないという気持ちも混在していた。
 リュウの意見に乗っかるのは、恵那にとっても好都合だった。

「じゃあ、俺ももう少しだけ、ここに居させてもらおうかな」

「え、リュウも?」

「当然だろ。恵那を一人にさせられないし」

「わ、わかったよ……きっと藤沢さんも、了承してくれると思う。居間のスペースに寝れる所あると思うし」

「良かった。藤沢さんに何か、恩返しが出来ればいいな」

 気持ちを切り替えた様子のリュウは、その場に立ち上がって、天に煌めく小っちゃな星を眺めた。
 無理をしていないか気になった恵那は、真面目なトーンで、大丈夫か聞いてみる。
 ついさっき、浮遊霊になった実の兄が成仏したところなのに、元気がある方がおかしいだろう。
 穏やかになった気持ちを逆撫でしないように、かと言って軽くならないように、慎重にリュウの気持ちを確認してみた。

「リュウ……巴先輩のこと、もう大丈夫なの?」

「まあ、大丈夫って言ったら嘘になるけど、約束したからな。俺は兄貴の分まで、強く生きなきゃいけないんだ」

「……そっか。プロサッカー選手になること、約束したもんね」

「ああ。元々、兄貴は行方不明になってたわけだからな。今日の出来事は胸の中にしまっておくよ。だけど、恵那は大丈夫なのか?」

「え、私?」

「兄貴のこと……好きだったんだろ?」

 直感なのか、前々から勘づいていたのか、リュウの言葉で恵那は全身の血が巡った感覚がした。
 まさかそんなこと言われると思わなかった恵那は、激しく動揺する。
 大きい声で「別に」と否定するけど、それが図星だってことは誰にでもわかることだ。
 リュウは恵那の反応を見ただけで満足したのか、自ら話を切るように「まあいいけど」と言って動き出した。

「リュウ、もう戻るの?」

「おお。恵那のわかりやすい反応が見れただけで、満足したからな」

「ちょっと、どういうことよ!」

 小競り合いをしながら、温かい室温を保っているはずの山小屋に戻る。
 さっきの悲しき別れを払拭するように、お互いが無理にふざけ合っているようだった。
 恵那も内心で、リュウが悲しくならないように、気丈に振舞わないといけないという、変な正義感が働いていたのだ。
 そしてそれは、リュウも同じな気がした。

「あれ、藤沢さんがいない」

「あれ、さっきまで恵那と洗い物してたよな? どこ行ったんだ」

 山小屋に戻って、いつもの定位置であるキッチンを見てみても、藤沢の存在が見当たらない。
 これから、リュウがここに泊ることを許可してもらおうとしていたので、出鼻を挫かれたみたいだった。
 恵那とリュウが顔を見合わせながら不思議に思っていると、奥のバックヤードから、微かな物音が聞こえてくる。

「……ミマ、会いたいよ」

 半開きになっている隙間から恵那が見たのは、しゃがみ込みながら藤沢が写真を眺めているところだった。
 写真の被写体である『ミマ』という女性に、涙声で語りかけているみたいで、恵那がこれまで見たことのない藤沢の一面でもあった。
 藤沢にも、何か隠している過去がある……まさに確定した瞬間だ。

 藤沢は、どんな過去を経験して、今があるのか。恵那とリュウは、このことをすぐには指摘せずに、また明日問いかけてみることにした。
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