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三日目

ずっとそばに③

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「リュウ、どこに行くの?」

「どこにも行かないよ。ただ、外の風を感じたかっただけ」

 さっきまで酷かった雨が止んでいるとはいえ、リュウ一人で真っ暗な外に出すのは危険だと感じた恵那。精神状態も心配ではあったので、無理矢理にでもついて行こうとする。
 山小屋の前は断崖絶壁だから、もしリュウが変な気を起こしたら、取り返しのつかないことになってしまうから。
 そんな心情を察したリュウは、不安げな顔をして玄関まで来た恵那を、朗らかな表情を作って追い返した。

「恵那、大丈夫だって。俺は死んだりしないからさ。少しの時間だけ、一人にさせてくれ」

「リュウ、絶対だよ」

「当たり前だろ。俺まで死んだら、親が絶望しちゃうよ。恵那は藤沢さんの手伝いでもしといてくれ」

 そんな捨て台詞と共に、リュウは明かりのない不気味な夜の山中に飛び出していった。
 扉を開けた途端、夏の季節には考えられないほどの冷気が部屋に侵入してくる。
 扉が閉まるまでリュウの姿を見届けて、完全に扉が閉まった後は、これまでの重荷が全て降りたような虚無感に襲われた。
 どっと疲れを感じながらも、リュウに言われたように、今度は藤沢の手伝いをしにキッチンに向かう。

「何だ、リュウ君と一緒に居なくていいのか?」

「リュウが、一人になりたいんですって」

「そうか……リュウ君なら心配ない。強い男だからな」

「そうですね。藤沢さん、私も後片付け手伝いますよ」

「おう、頼むわ」

 藤沢が洗剤を使って汚れを落とし、水で流す。
 綺麗になった食器類を恵那に渡して、恵那はそれらをドライタオルで拭いていく。
 初めの方は無言で手を動かしていたけど、作業のリズムが一定になっていった時に、ようやく藤沢から今日の一件についての話が出された。

「マルナ、告白しなくて良かったのか?」

「……え? いや、もうすでに死んでいる人に対して、告白なんかしても意味がないことに気づきまして」

「……まあ、告白までとはいかなくても、好きでしたくらいは言っても良かったんじゃないか? 生きる希望とかなんとかは言ってたけど、それじゃあ違う意味で捉えられるだろ」

「そうですけど……この恋心は、私の胸に刻むことにします。私の大切な思い出です」

「ふーん。まあ、いいんじゃない」

 藤沢から前に言われたように、今を強く生きていれば、巴先輩に会うことだってできたのだ。
 だからこそ、これはいい教訓になった。
 恵那の中には、もはや自分が死んでやろうという気を起こす考えは、微塵もなくなっている。 
 それは、紛れもなく藤沢のおかげだった。
 藤沢が恵那にポジティブな言葉をかけてくれなかったら、きっと今回の巴先輩の成仏に耐えられなかっただろうから。
 洗い物を二人でしながら、恵那は心の中で藤沢に感謝していた。
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