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三日目
ずっとそばに②
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恵那の心の中では、今でも巴先輩の存在が強くいる。
巴先輩のおかげで生きてみようと思えたし、自分の性格や境遇と闘ってみようと思えた。
だけど、巴先輩を失ってからは、地獄のような毎日になって、結果的に巴先輩と同じ道を辿ろうとしてしまった。
寸前のところで止められたおかげで、巴先輩の浮遊霊と会話ができているのだ。
最後のチャンスに、巴先輩に恋心を伝えようと口にしてみるけど……恵那は言葉にすることが難しく感じてしまった。
それを口にしたところで、もう巴先輩が生き返ることはないと、自己解決してしまったからだ。
恵那の口から最終的に出たその先の言葉は、告白とは程遠い感謝の言葉だった。
「私は、巴先輩に今まで救われて生きてきたんです。そんな巴先輩がもういないなんて信じられないですけど、本当に感謝しています」
「恵那ちゃんも、ありがとう。恵那ちゃんは僕と似た境遇だから、すごく心配だけど……恵那ちゃんの周りにはこんなにも優しい人がいるから。だから、前向きに生きてね」
「巴先輩は……そんなこと言わないでください」
「確かに、どの口が言ってんだって感じか。まあでも、リュウのこと、よろしく頼むよ」
あっけなく終わった恵那の会話に、藤沢は『もういいのか』と言いたげな顔をしている。
藤沢の目線に頷いて応えると、藤沢は「もったいないな」と小声で呟いた。
そんな小さな言葉なんて耳に入っていない巴先輩は、深呼吸を一度だけした。
息を全て吐いて、後は蒸気を吸い込むだけだ。
藤沢は手でアロマディフューザーの方を誘って、それに呼応するように巴先輩も顔を近づける。
前かがみの姿勢になった巴先輩が蒸気を鼻から吸い上げると、ゆっくり湯気と同化するように、天に昇っていく。
「兄貴! 俺、必ずプロのサッカー選手になるからな! 見とけよ!」
「ああ、リュウなら絶対になれるし、楽しみにしてるよ。僕はいつでも、そばにいるから。ずっと、そばにいるからな……」
ボコボコと蒸発する音と、巴先輩の最後の言葉が同化して、消えた後は冷ややかな沈黙に包まれた。
現実的にはあり得ないことが目の前で行われて、初めての成仏を見たリュウは、腰を抜かすように床に座り込んだ。
「まじかよ……本当に、成仏したのか?」
「リュウ君のお兄さんは、完全に死を受け入れたんだ。だから、この世から姿を消して、天国へ旅立った」
「嘘みたいな話だけど……幻じゃなかったんだよな。俺は確かに、兄貴と会話をした。夢じゃなかったんだ」
「これは夢なんかじゃない。まだまだ、死を受け入れられずに、この世を彷徨っている浮遊霊は存在する。その浮遊霊を一人一人、成仏させてあげるのが、この山カフェの使命なんだ」
緊張が途切れたリュウにそう告げて、藤沢がテーブルの上に寂しく置かれている、空のティーカップをキッチンへと運び出した。
リュウはこの山カフェの存在意義を把握したところで、おもむろに玄関まで足を動かす。
その後ろ姿に向かって、恵那は心配するように言葉を投げかけた。
巴先輩のおかげで生きてみようと思えたし、自分の性格や境遇と闘ってみようと思えた。
だけど、巴先輩を失ってからは、地獄のような毎日になって、結果的に巴先輩と同じ道を辿ろうとしてしまった。
寸前のところで止められたおかげで、巴先輩の浮遊霊と会話ができているのだ。
最後のチャンスに、巴先輩に恋心を伝えようと口にしてみるけど……恵那は言葉にすることが難しく感じてしまった。
それを口にしたところで、もう巴先輩が生き返ることはないと、自己解決してしまったからだ。
恵那の口から最終的に出たその先の言葉は、告白とは程遠い感謝の言葉だった。
「私は、巴先輩に今まで救われて生きてきたんです。そんな巴先輩がもういないなんて信じられないですけど、本当に感謝しています」
「恵那ちゃんも、ありがとう。恵那ちゃんは僕と似た境遇だから、すごく心配だけど……恵那ちゃんの周りにはこんなにも優しい人がいるから。だから、前向きに生きてね」
「巴先輩は……そんなこと言わないでください」
「確かに、どの口が言ってんだって感じか。まあでも、リュウのこと、よろしく頼むよ」
あっけなく終わった恵那の会話に、藤沢は『もういいのか』と言いたげな顔をしている。
藤沢の目線に頷いて応えると、藤沢は「もったいないな」と小声で呟いた。
そんな小さな言葉なんて耳に入っていない巴先輩は、深呼吸を一度だけした。
息を全て吐いて、後は蒸気を吸い込むだけだ。
藤沢は手でアロマディフューザーの方を誘って、それに呼応するように巴先輩も顔を近づける。
前かがみの姿勢になった巴先輩が蒸気を鼻から吸い上げると、ゆっくり湯気と同化するように、天に昇っていく。
「兄貴! 俺、必ずプロのサッカー選手になるからな! 見とけよ!」
「ああ、リュウなら絶対になれるし、楽しみにしてるよ。僕はいつでも、そばにいるから。ずっと、そばにいるからな……」
ボコボコと蒸発する音と、巴先輩の最後の言葉が同化して、消えた後は冷ややかな沈黙に包まれた。
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「これは夢なんかじゃない。まだまだ、死を受け入れられずに、この世を彷徨っている浮遊霊は存在する。その浮遊霊を一人一人、成仏させてあげるのが、この山カフェの使命なんだ」
緊張が途切れたリュウにそう告げて、藤沢がテーブルの上に寂しく置かれている、空のティーカップをキッチンへと運び出した。
リュウはこの山カフェの存在意義を把握したところで、おもむろに玄関まで足を動かす。
その後ろ姿に向かって、恵那は心配するように言葉を投げかけた。
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