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三日目

悲しき浮遊霊⑨

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「店長さん……僕は、間違っていたのでしょうか?」

 藤沢に同情されて、侘しさが涙に変わった巴先輩が、テーブルに雫をこぼしながら聞いた。
 藤沢は少しだけ考えて、それに対するアンサーをする。
 その言葉は、恵那にとっても大切な言葉になりそうな気がして、聴覚に神経を注ぐことにした。

「巴様が行方不明になって……多くの人の人生が狂いました。家族や、ここにいる丸井も、同じくらいに痛い思いをしたんです」

「……周りのことは、考えられなかったんです」

「巴様にとっては、楽になれる決断だったと思いますが、残された人にとっては、苦しみでしかありません。だから、それは間違いだったと断言できます」

「やはり……そうですよね」

「もちろん、当時は自分以外のことを考えられる状態でなかったのは理解できます。ですが、大切な人を失った人の気持ちが、今だったらわかりますよね?」

 心臓を揺らすような藤沢の問いかけに、巴先輩は歯を軋ませながら悔しそうに頷いた。
 藤沢の質問を最後に、しばらくの静寂が走る。
 恵那もリュウも、巴先輩がこの世の人間ではないということを、痛烈に実感した瞬間だった。
 全てを受け止めた様子の巴先輩に向かって、藤沢がその静寂を破る言葉を送る。

「だから巴様は……それだけ愛されていたんです」

「僕が、愛されていた?」

「リュウ君にも、両親にも、愛されていないわけがないでしょう。巴様が健やかに生きられるように、みんなはちゃんと向き合っていたはず」

「僕だけが……向き合わずに逃げてしまったんですね。最後の最後まで」

「はい……それに、丸井は巴様がいなくなったことによって、生きる希望を失ったんですよ」

「恵那ちゃんが?」

 巴先輩は、しっとりと流れる涙を人差し指で拭った後に、恵那の方に顔を向けた。
 恵那は、その想いはここでは封印しようと思っていたので、わかりやすく狼狽えてしまった。
 肯定も否定もできずに、ただ目線を忙しくするだけの恵那をサポートするように、藤沢が端的に説明する。

「丸井も、巴様と似たような境遇でした。妹の方が才能に溢れていて、家族の中での居場所がわからなくなっていた。そんな中、巴様が行方不明になったと聞いて、丸井も同じ道を歩もうとしたんです」

「恵那ちゃんも、この自殺スポットに?」

「ええ。丸井も、その時は気が動転していたのですが、まだ巴様が死んだとも確定していませんでしたし、何とか思いとどまるように説得しました」

「店長さんが、恵那ちゃんの死を止めてくれたんですね」

 恵那は、自分の話が行われているのにも関わらず、間に入っていくことができなかった。遠い昔に、巴先輩と『同じ境遇だね』と笑い合ったことを思い出していたからだ。
 似たような空気を感じ取って、一度だけ悩みを共有したその時から、恵那は巴先輩が気になり始め、生きる希望になったのだ。
 あの時の淡い感情が蘇ってきて、恵那も目の奥が熱くなりだしていた。
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