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三日目

悲しき浮遊霊⑧

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「ちょうど、リュウが中学生になった時かな。リュウはサッカーの全国大会で、得点王になったんです。それが僕にとっては喜びでもあり、憂鬱さを感じる材料でもありました」

「弟が活躍することによって、嬉しくもあり惨めでもあり……ということですか?」

「……ぶっちゃけていうと、そうですね。兄弟なのに、人間としての出来がまるで違う。才能に溢れるリュウと、身体的にも精神的にも弱い自分。惨めという方が、どちらかと言えば強かったです」

 明白になった巴先輩の苦悩に、リュウは顔を歪ませながらテーブルに手をついた。
 巴先輩が「ごめんな」と呟くと、リュウはブルブルと顔を振って、必死になって強がる。
 知らない間に、兄のことを追い込んでしまったという、自責の念を抱いたのかもしれない。
 逃れようのないこの会話を受け止めてもらうために、恵那はリュウの背中を擦ってあげる。
 藤沢は肩を落とすリュウのことを気にかけつつも、このナイーブな会話を止めることはできなかった。

「それくらいから、巴様は家族の中でも居場所がないように思えてきたと?」

「はい。何より、純粋にリュウのことを応援できない自分が悔しくて、家族にも変な壁を作っていたのかもしれません」

「……巴様の両親は、どんな感じでした?」

「両親は、塞ぎ込みがちだった僕と、懸命に向き合おうとしてくれました。あなたにはあなたの人生があるって言ってくれましたけど、どうにもそうは思えなくて」

「両親でさえも、信用できなくなってしまったんですか?」

「僕が悪いんですけどね……どうしても、僕を生んだことを後悔しているように見えてしまって……」

 嘆く言葉の全てが鬱々しくて、リュウは特に歯痒く感じてしまうだろう。
 そんなことはないと励ましたところで、巴先輩はもう戻ってこないし、怒りをぶつけたとしても、虚しくなるだけだ。
 巴先輩が小さな頃から感じていた劣等感が、生きる気力を徐々に失わせていって、リュウが成長したのをきっかけに、巴先輩の心が圧迫されてしまった。
 誰も責められない、防ぎようのない、言わば勝手な思い込みなのに……巴先輩は生きることに疲れていった。
 それが、巴先輩の心を狭めた理由……藤沢はこれだけの会話の中で、巴先輩の内にある悲しみを感じ取ることができた。

「巴様は、ずっと自分のことを蔑んで、これまで生きてきた。鬱体質だったのに、自分だけで抱え込んでしまったから、ある日突然姿を消したんです」

「おそらく、間違いありません」

「まだ高校生だというのに、一人で抱え込むのは辛いに決まっています。心にぽっかりと穴が開いたとおっしゃいましたが、その言葉だけでは収まりきらないほどの寂しさがあったでしょう」

 さっき恵那に話したように、リュウの新人戦での活躍を最後に、行方をくらますことにした。
 その時に、巴先輩の中の張り詰めていた糸がピンッと切れて、心にぽっかりと穴が開いたのだろう。
 他の浮遊霊と同様に、精神崩壊した状態で見たのは、この自殺スポットについて書かれた闇サイト。
 そして、一年前の闇夜の日に、この断崖絶壁から身を投げ出し、沼の底に沈んでいったのだ……。
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