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三日目

悲しき浮遊霊④

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 後ろから聞こえてきた藤沢の声で、恵那は救われたみたいだった。
 藤沢が巴先輩にハーブティーを提供するのを、邪魔しないように一歩後ろに下がる。
 恵那が立っていたポジションにそのまま藤沢が立つと、目の前のテーブルにコトッとティーカップを置いた。
 ふとキッチンの様子が気になって、リュウの方に視線を移すと、リュウはキッチンの中にある食器棚に寄り掛かりながら、俯くように床を見ていた。
 今はリュウに触れない方が良いみたいだ……そう思えた恵那は、改めて視線をテーブルの上に移す。
 いつもの透明なティーカップに入っているのは、やや黄色っぽい茶色をした、爽やかな色合いのハーブティーだった。
 湯気が立っているけど、爽快感を演出しているハーブティーで、巴先輩はすぐに興味を示した。

「へぇー、ハーブティーか。市販の冷たいお茶しか飲まないので、珍しく感じます」

「そうですか。こちらはリンデンのハーブティーです。リンデンは、辛いことがあった日や、何だかモヤモヤする日にオススメです。きっと巴様にも、寄り添ってくれるハーブティーでしょう」

「リンデン……ですか。まだ高校生なので、こういうのを美味しく飲める自信はないですが、いただきます」

 たどたどしくティーカップを持って、リュウ以外の視線を集める巴先輩が、恥ずかしそうにハーブティーを飲んだ。
 恵那はあんまり見ない方が良いと心では思いつつも、巴先輩の仕草に目が離せないでいた。
 今までのように気軽に話せるような存在ではなくて、十中八九浮遊霊になった巴先輩なわけだから、少しでも目に焼き付けておこうと思えているのかもしれない。
 悲しみを覚えるのは当然だけど、今この瞬間だけは、目の前に存在する巴先輩としっかり向き合いたかったのだ。

「うん、美味しいです。苦くもないし、温まります」

「巴様のお口に合ったようで、何よりです。リンデンはクセがない方なので、お若い巴様にピッタリでしたね」

「はい、淀みなく温かみが染み渡ってきます。胸の中にあった侘しさが、消えていくように」

「リンデンはリラックス効果が期待できますからね。そういう気持ちになるのもわかります」

 巴先輩と藤沢の静かな会話の中、恵那は間に入って何かを言うつもりはない。
 今は、お客様である巴先輩の発言に集中するだけで、余計な話を振るのはお門違いだと思えていた。
 このハーブティーを飲み終えてひと段落したら、恵那が待ち望んでいたやり取りができるだろう。
 巴先輩がどんな重荷を背負って、ここまで来たのか。
 恵那と同じように、家族の中に居場所がなくて、心が廃れていったのか。
 大体はわかることも、この機会に確実に聞いておかなければならない……。

「それで、弟や恵那ちゃんがこの場所にいる説明を、してもらえませんか?」
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