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三日目

人捜し⑤

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「俺と兄貴と恵那で、加奈子ちゃんの走り幅跳びの試合を見に行った日だよ。あの試合で加奈子ちゃんは優勝して、街の人気者になっただろ?」

「あ、あの日ね……」

「小学生の女子記録を更新して、すごい盛り上がったじゃんか。なのに、恵那は帰り道からずっと様子がおかしくて」

「そうだったっけ……」

「そうだよ。それで、なんかフラフラしてるなって思ったら、車がバンバン走ってる道路に飛び出していったんだ」

「……へぇ」

 今でもフラッシュバックするくらいに記憶している場面なのに、一つ一つ説明されると胸に来るものがある。
 出来れば耳を塞ぎたくなるほど、暗い過去の記憶だけど、リュウは気にせずに話し続けていた。
 あの時は一瞬だけ、本気で死んでもいいやという気持ちが頭に降りて来たのだ。
 ついこないだは、一瞬どころではなくて、それこそ藤沢に生を説かれるまでは死のうと思えていたけど、あの時はほんの一瞬だった。
 リュウの中では、これまで触れることのできなかった記憶みたいだけど、この機会を逃すものかという勢いで、細かく説明してくれている。

「まじで意味がわからなかったよ。恵那がフラッと道路に出て行って、向かってくる車を受け入れようとしてて……もう何が何だか」

「何だろうね……血迷ったのかな」

「笑えねぇよ。俺が助けようとして、恵那の腕を引っ張っても全然動かなかったし。あの時は、俺さえも死を覚悟したぞ」

「……あれ、その時って、どうなったんだっけ」

 恵那の記憶は、リュウに腕を引っ張ってもらったシーンで途切れていた。というよりも、リュウに助けてもらったと思っていた。
 でもリュウの口ぶりから察するに、それは間違った記憶だったみたいだ。
 リュウも、恵那に巻き添えを食らう形で、死を覚悟していたなんて。
 そんな展開は全く覚えていなかったので、ついリュウにその時のことを追求してしまった。

「あんなに衝撃的だったのに、覚えてないのかよ。結局あの時は、俺ら二人共を女の人が助けてくれたんだよ。動かなかった恵那と俺を、力づくで引っ張ってくれたんだ。忘れたのか?」

「女の人が? そうだったんだ……」

 リュウに答えを聞かされたところで、いまいちピンとは来なかった。
 その記憶は、恵那の中で完全に消去された内容だったのだ。
 リュウの言う通り、かなりインパクトがある場面なはずなのに、そこだけ綺麗に記憶がないなんて。
 それほど、いっぱいいっぱいな感情だったということだろう。
 恵那は自分に言い聞かせるように納得して、その時のことをリュウに素直に謝った。

「リュウ、ごめんね。いつも心配かけて」
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