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三日目

人捜し②

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「見えるもなにも、普通に建ってるじゃないですか? 普通の人には見えないってことですか?」

「そ、そうか……万が一のこともあるから、一旦中に入って」

 リュウの手を引っ張って、茶の間まで案内する。後ろから遅れて、恵那も二人について行く。
 万が一のこととは……リュウも浮遊霊になっているというケースだろう。
 恵那も初日に、浮遊霊かどうか確認されたから、すぐに何をするか予想することができた。
 案の定、椅子に座っているリュウに向かって、藤沢は温め直したローズヒップティーを提供した。

「君、まずはこれを飲んでみてくれ。ただのローズヒップティーだから、怪しまなくていい」

「い、いいっすけど」

「少し熱いから、フーフーと息を吹きかけてから飲んでごらん」

「わ、わかりました」

 多分違うとは思うけど、もしかしたら浮遊霊になっているかもしれない。
 ここに来ている時点で、絶対という言葉は存在しないのだ。
 恵那は、リュウが浮遊霊になっていないことを願いながら、まずはハーブティーを体内に入れるところを見守る。
 グッと一口飲んだ後に、何か異変が起きないかを疑うように、リュウが藤沢の顔を確認した。
 藤沢は、真ん丸な目で見てきたリュウを気にする素振りもなく、そのままの流れで、ディフューザーの香りを嗅がせる。

「よし、それじゃあこのアロマディフューザーの蒸気に顔を近づけて、ゆっくりと匂いを嗅いでごらん」

「一体何なんすか。まあ、別にいいですけど」

「すまないな。とにかく嗅いでくれ」

 藤沢に言われるがまま、リュウは続けてディフューザーの香りを嗅ぐ。
 フローラルの香りとなっているディフューザーの蒸気に、躊躇うことなく顔を近づけた。
 恵那の角度からでも、リュウの鼻が蒸気を吸ったのが見える。
 蒸気は確実にリュウの鼻腔を通っていって、何の感想を言わないまま無言の時間だけが進んで行った。
 ハーブティーを体内に取り入れ、アロマの香りを嗅ぐという、成仏するための二項目を済ませたのにも関わらず、リュウの体が消えることはない。
 すなわち、リュウは生身の人間だということが、これで証明されたのだ。

「よ、よかったぁ」

 リュウが、どうしてこんなことをやらされているのか説明する前に、事情を知っている恵那が安堵の声を上げる。
 恵那が何故安心しているのか、全く事情が読めないリュウは、あっけらかんとした口調で藤沢に質問した。

「あの、恵那がすっかり安心してますけど、俺なんかしたんですか?」

「いや、この山カフェはね、死を受け入れていない浮遊霊が行き着く場所なんだよ。この山小屋は、浮遊霊以外には見えないはずなんだけど、どうやら君は生きているみたいだね」

「は? なんですかそれ。じゃあ、俺は死人かもしれないと思われたんですか」

「ごめんね。でも違ったみたいだな。どうしてこんなにも、人間が接触できるようになったんだろう」
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