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二日目
取り戻せない居場所⑤
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さっきまでは、目線を藤沢と恵那に振りまいていた鮫島も、今はテーブル中央にあるディフューザーを一点見つめしている。
淀みのある瞳を動かさないまま、その時のことを思い出しながら話してくれていた。
その顔の哀愁は、藤沢と恵那が簡単に同情をしてはいけないくらいの暗さを放っている。
言葉に気を使いながら話を振る藤沢に、恵那は心の底から頼もしさを感じた。
「鮫島様……それでも、会社は辞めなかったんですか?」
「……ああ。何とかクビは免れたけど、大幅な減給を喰らった。この歳で転職する体力もないし、何より私のことを慕ってくれた部下がいる」
「上司に見捨てられても、部下には恵まれていたと」
「まあね。不幸中の幸いってやつかな」
「会社には居づらくなったのでは?」
「それ以降も、私には上司の圧力から部下を守るという役目があった。部署のために、私が中間に立たなければいけないんだ。自らを鼓舞して、なんとか耐えていたけど……」
藤沢の問いかけにポンポンと返答していた鮫島の口が、急に動かなくなった。その先を言おうと試みてはいるけど、声が詰まって言葉にならない。
よく鮫島を見てみると、テーブルの上に置いている両手が、小刻みに震えているのがわかる。
悔しさを滲ませながら、何とか声を出そうとしている鮫島のことを、藤沢と恵那は何も言わずに見届けていた。
何も言わずに、鮫島が振り絞った言葉を聞き取る準備だけしている。
「……そ、そのせいで家族を養っていけなくなったんだ。妻にも幻滅させてしまったし、娘たちも事情を知ってか、私に冷たくなった」
鼻を啜りながら懸命に声を出している鮫島を見て、恵那の頭には可哀想という言葉が真っ先に浮かんだ。
会社に居づらくなったけど、年齢的にも会社を辞められない。部下を守る役目もあるから、それでも頑張らなければならない。心をすり減らしながら働いている上に、家族にも見放された……。
悲し過ぎて、不幸過ぎて、叶うことなら助けてあげたいと思うけど、もはやそれは不可能なのだ。
何故なら、鮫島はもう、この世にいないから。
早く楽にしてあげてほしい……恵那の気持ちが藤沢に届いたのか、藤沢はさっきよりも重い声を作って、本題に迫っていく。
「会社内での人付き合い、そして家族との付き合いにも、歪みが生じていたんですね」
「ああ、身も心もズタボロになってしまった。私の生きる意味が……わからなくなったよ」
声に力が入っていない鮫島を見て、藤沢は重要な発言をする決心がついた。
強引に目を合わせにいった、その藤沢の目力は、一人の男を制するには十分だった。
パニックにさせないように、慎重に、尚且つ丁寧に発言する。
「鮫島様。こんなこと、口にしたくはないのですが……鮫島様はもう、死んでいます」
「……え?」
「死んだ日のことは記憶にないと思いますが、鮫島様は自殺をしました。そして、まだこの世に未練があるために、浮遊霊となってこの山カフェに行き着いたんです」
藤沢の言葉がすぐには信じられないのか、鮫島は目を見開いたまま、呆然としている。
流れていた涙を拭く素振りも見せず、涙は頬を伝ってテーブルの上に落ちるだけだ。
数秒間考えた後に、ようやく藤沢の言葉の意味が理解できたのか、息を大きくフゥーっと吐いた。
鮫島は、すでにもう自分が死んでいるという現実を、受け入れたみたいだった。
淀みのある瞳を動かさないまま、その時のことを思い出しながら話してくれていた。
その顔の哀愁は、藤沢と恵那が簡単に同情をしてはいけないくらいの暗さを放っている。
言葉に気を使いながら話を振る藤沢に、恵那は心の底から頼もしさを感じた。
「鮫島様……それでも、会社は辞めなかったんですか?」
「……ああ。何とかクビは免れたけど、大幅な減給を喰らった。この歳で転職する体力もないし、何より私のことを慕ってくれた部下がいる」
「上司に見捨てられても、部下には恵まれていたと」
「まあね。不幸中の幸いってやつかな」
「会社には居づらくなったのでは?」
「それ以降も、私には上司の圧力から部下を守るという役目があった。部署のために、私が中間に立たなければいけないんだ。自らを鼓舞して、なんとか耐えていたけど……」
藤沢の問いかけにポンポンと返答していた鮫島の口が、急に動かなくなった。その先を言おうと試みてはいるけど、声が詰まって言葉にならない。
よく鮫島を見てみると、テーブルの上に置いている両手が、小刻みに震えているのがわかる。
悔しさを滲ませながら、何とか声を出そうとしている鮫島のことを、藤沢と恵那は何も言わずに見届けていた。
何も言わずに、鮫島が振り絞った言葉を聞き取る準備だけしている。
「……そ、そのせいで家族を養っていけなくなったんだ。妻にも幻滅させてしまったし、娘たちも事情を知ってか、私に冷たくなった」
鼻を啜りながら懸命に声を出している鮫島を見て、恵那の頭には可哀想という言葉が真っ先に浮かんだ。
会社に居づらくなったけど、年齢的にも会社を辞められない。部下を守る役目もあるから、それでも頑張らなければならない。心をすり減らしながら働いている上に、家族にも見放された……。
悲し過ぎて、不幸過ぎて、叶うことなら助けてあげたいと思うけど、もはやそれは不可能なのだ。
何故なら、鮫島はもう、この世にいないから。
早く楽にしてあげてほしい……恵那の気持ちが藤沢に届いたのか、藤沢はさっきよりも重い声を作って、本題に迫っていく。
「会社内での人付き合い、そして家族との付き合いにも、歪みが生じていたんですね」
「ああ、身も心もズタボロになってしまった。私の生きる意味が……わからなくなったよ」
声に力が入っていない鮫島を見て、藤沢は重要な発言をする決心がついた。
強引に目を合わせにいった、その藤沢の目力は、一人の男を制するには十分だった。
パニックにさせないように、慎重に、尚且つ丁寧に発言する。
「鮫島様。こんなこと、口にしたくはないのですが……鮫島様はもう、死んでいます」
「……え?」
「死んだ日のことは記憶にないと思いますが、鮫島様は自殺をしました。そして、まだこの世に未練があるために、浮遊霊となってこの山カフェに行き着いたんです」
藤沢の言葉がすぐには信じられないのか、鮫島は目を見開いたまま、呆然としている。
流れていた涙を拭く素振りも見せず、涙は頬を伝ってテーブルの上に落ちるだけだ。
数秒間考えた後に、ようやく藤沢の言葉の意味が理解できたのか、息を大きくフゥーっと吐いた。
鮫島は、すでにもう自分が死んでいるという現実を、受け入れたみたいだった。
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