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二日目
取り戻せない居場所③
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美しい薄緑色のカモミールティーは、まだ湯気が立っている。
確実に熱いはずなのに、鮫島は恐れることなく一口目を口にした。
案の定、想像以上の熱さを感じているのか、鮫島は片目を瞑りながら悶絶してしまった。
こんなに勢いよく飲み込むと思っていなかった藤沢は、その鮫島の大胆さに苦笑している。
「鮫島様、大丈夫ですか? もう少し冷ましてからの方が……」
「あ、ああ、すまんすまん。こんなに熱かったとはね」
「すいません、少し冷ましてからお出しすれば良かったです」
「気にしないでくれ。それにしても、温まるなぁ」
一口目から少し時間を空けて、今度は熱さを感じることなく飲み始める。
鮫島はハーブティーを口に含む度に、舌全体で味を確かめているようだった。
柔和な表情のままこの山カフェに来店してきたはずなのに、ハーブティーが喉を通ってからは、深刻な面持ちに変わっている。
その変化にいち早く気づいた藤沢は、今日の本題に切り込むことにした。
「では……鮫島様。鮫島様の抱えている疲れや悩みとは、一体どのようなものですか?」
藤沢の踏み込んだ質問で、手に持っていたティーカップをそっと置いた。
鮫島も心の内を曝け出す状態になれているのか、人生を回想するかのように天井を見上げている。
顔を藤沢の方に向けることはしないまま、優しくアクセルを踏むみたいに、しっとりと語り始めた。
「私は……何のために働いているのか。最近、それがわからなくなってね」
「……なるほど、働く理由ですか」
「ああ。昔は家族のためにという気持ちで一生懸命に働いていたけど、もう子供も大きくなったからなぁ。会社内でも板挟みになるし……つくづく社会が嫌になるよ」
「モチベーションが、続かなくなっているんですね」
「モチベーション? いや、そうじゃないな。私はきっと、自分の存在価値が見出せなくなったんだ」
何もない天井に向いていた鮫島の視線が、藤沢の方に向いた。
そして、存在価値が見出せないという言葉を聞いた恵那は、目を丸くさせながら共感している。
恵那と同じような感情を、こんなにしっかりとした大人でも抱いているなんて。
一体どんな経験を経て、その境地に辿り着いてしまったのか。
恵那は二人のやり取りに、俄然興味が湧いた。
「存在価値……ですか? 何が原因で、そこまで思い詰めることになったのでしょうか」
「この歳でこんなことを言うのは恥ずかしいんだけどね。私は、孤独になってしまったんだ」
「えーっと……どういう意味でしょうか。奥様もお子様もいらっしゃるはずですが」
「ああ、ちゃんと家族はいる。だけど孤独なんだ。私の味方は誰もいなくなってしまった。家庭でも、職場でも。それが、自分自身の存在価値を失ったと思う理由だ」
確実に熱いはずなのに、鮫島は恐れることなく一口目を口にした。
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「鮫島様、大丈夫ですか? もう少し冷ましてからの方が……」
「あ、ああ、すまんすまん。こんなに熱かったとはね」
「すいません、少し冷ましてからお出しすれば良かったです」
「気にしないでくれ。それにしても、温まるなぁ」
一口目から少し時間を空けて、今度は熱さを感じることなく飲み始める。
鮫島はハーブティーを口に含む度に、舌全体で味を確かめているようだった。
柔和な表情のままこの山カフェに来店してきたはずなのに、ハーブティーが喉を通ってからは、深刻な面持ちに変わっている。
その変化にいち早く気づいた藤沢は、今日の本題に切り込むことにした。
「では……鮫島様。鮫島様の抱えている疲れや悩みとは、一体どのようなものですか?」
藤沢の踏み込んだ質問で、手に持っていたティーカップをそっと置いた。
鮫島も心の内を曝け出す状態になれているのか、人生を回想するかのように天井を見上げている。
顔を藤沢の方に向けることはしないまま、優しくアクセルを踏むみたいに、しっとりと語り始めた。
「私は……何のために働いているのか。最近、それがわからなくなってね」
「……なるほど、働く理由ですか」
「ああ。昔は家族のためにという気持ちで一生懸命に働いていたけど、もう子供も大きくなったからなぁ。会社内でも板挟みになるし……つくづく社会が嫌になるよ」
「モチベーションが、続かなくなっているんですね」
「モチベーション? いや、そうじゃないな。私はきっと、自分の存在価値が見出せなくなったんだ」
何もない天井に向いていた鮫島の視線が、藤沢の方に向いた。
そして、存在価値が見出せないという言葉を聞いた恵那は、目を丸くさせながら共感している。
恵那と同じような感情を、こんなにしっかりとした大人でも抱いているなんて。
一体どんな経験を経て、その境地に辿り着いてしまったのか。
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「この歳でこんなことを言うのは恥ずかしいんだけどね。私は、孤独になってしまったんだ」
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