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二日目
取り戻せない居場所①
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”コン、コン”
すっかり日が落ちた山奥、目の前には断崖絶壁がある。
月の光で僅かに辺りが見えるだけなので、山小屋の外に出ることはない。
藤沢と恵那は、ご来店の準備を早々と終え、あとはお客様を迎え入れるだけとなっていた。
外の様子がわからない中、木の扉を手の甲で二回ノックする音が聞こえる。
本日のお客様が、ようやくご来店してくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、アロマが香る山カフェへ」
藤沢が静かに扉を開けると、扉の前にはスーツを着た中年男性が立っていた。恵那の父と、同じくらいの年代だろう。
この方が、今日の迷える死者……。
恵那は、改めて見る浮遊霊に、思わず息を飲み込んだ。
藤沢は挨拶をした後に、流れのまま店内に案内する。
恵那は邪魔だけしないように、そそくさとキッチンの中に入っていった。
「こちらの席へお座りください」
「あ、ありがとうございます。いやぁー、素敵なカフェですね」
「嬉しい限りです。私は店長の藤沢と申します」
「随分若い店長さんだね。私は鮫島 篤雄(さめじま あつお)と申します。何だか光に導かれて、来ちゃいました」
「良かったです。こちらはハーブティー専門の山カフェでして、最初に鮫島様のご気分をお聞きしたいと思いますが」
キッチンから、二人のやり取りを黙って見ている恵那。
今恵那にできることは何もないので、ただその場にいることしかできない。
鮫島の発言を聞く限り、やはり鮫島は、自分が死んでいるということに気づいていないみたいだ。
光に導かれてここに来たと言ってはいるが、自らの身に何が起きているかまでは、理解していない。
一体どんな人生を歩んで、この山カフェに行き着いたのか。
まずは今日の気分を聞いてから、このカフェのサービスが始まる。
「今の気分はね……ちょっと疲れ気味かな」
「そうですか。どのような疲れでしょうか?」
「最近お酒の付き合いが多くてさ。中間管理職だから、大変で大変で」
「なるほど。人付き合いが多いと、精神的に疲れちゃいますよね。かしこまりました、少々お待ちください」
鮫島の今日の気分を聞き取ると、その後すぐに恵那が立ち尽くしているキッチンに入る。
藤沢の動線の邪魔にならないように、即座にキッチンを明け渡した。
素早く貯蔵庫を開け、中から乾燥しているハーブを取り出す。
今日は何のハーブティーを提供するのか。鮫島の気分に合わせたハーブをすぐにチョイスできるなんて、恵那からしたら想像もできない芸当だ。
藤沢は一度も手を止めることなく、ハーブをティーポッドに淹れた。
あとは数分間、蒸らすだけだ。
すっかり日が落ちた山奥、目の前には断崖絶壁がある。
月の光で僅かに辺りが見えるだけなので、山小屋の外に出ることはない。
藤沢と恵那は、ご来店の準備を早々と終え、あとはお客様を迎え入れるだけとなっていた。
外の様子がわからない中、木の扉を手の甲で二回ノックする音が聞こえる。
本日のお客様が、ようやくご来店してくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、アロマが香る山カフェへ」
藤沢が静かに扉を開けると、扉の前にはスーツを着た中年男性が立っていた。恵那の父と、同じくらいの年代だろう。
この方が、今日の迷える死者……。
恵那は、改めて見る浮遊霊に、思わず息を飲み込んだ。
藤沢は挨拶をした後に、流れのまま店内に案内する。
恵那は邪魔だけしないように、そそくさとキッチンの中に入っていった。
「こちらの席へお座りください」
「あ、ありがとうございます。いやぁー、素敵なカフェですね」
「嬉しい限りです。私は店長の藤沢と申します」
「随分若い店長さんだね。私は鮫島 篤雄(さめじま あつお)と申します。何だか光に導かれて、来ちゃいました」
「良かったです。こちらはハーブティー専門の山カフェでして、最初に鮫島様のご気分をお聞きしたいと思いますが」
キッチンから、二人のやり取りを黙って見ている恵那。
今恵那にできることは何もないので、ただその場にいることしかできない。
鮫島の発言を聞く限り、やはり鮫島は、自分が死んでいるということに気づいていないみたいだ。
光に導かれてここに来たと言ってはいるが、自らの身に何が起きているかまでは、理解していない。
一体どんな人生を歩んで、この山カフェに行き着いたのか。
まずは今日の気分を聞いてから、このカフェのサービスが始まる。
「今の気分はね……ちょっと疲れ気味かな」
「そうですか。どのような疲れでしょうか?」
「最近お酒の付き合いが多くてさ。中間管理職だから、大変で大変で」
「なるほど。人付き合いが多いと、精神的に疲れちゃいますよね。かしこまりました、少々お待ちください」
鮫島の今日の気分を聞き取ると、その後すぐに恵那が立ち尽くしているキッチンに入る。
藤沢の動線の邪魔にならないように、即座にキッチンを明け渡した。
素早く貯蔵庫を開け、中から乾燥しているハーブを取り出す。
今日は何のハーブティーを提供するのか。鮫島の気分に合わせたハーブをすぐにチョイスできるなんて、恵那からしたら想像もできない芸当だ。
藤沢は一度も手を止めることなく、ハーブをティーポッドに淹れた。
あとは数分間、蒸らすだけだ。
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