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二日目
ハーブの在り処⑤
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急に近くで発した藤沢の声に、頭の中が真っ白になる。
気がつくと、恵那の右腕を藤沢が掴んでいた。
目の前には、落ちたら死ぬであろう高さの崖がある。
恵那は、風の気持ち良さを感じるがあまり、目の前に崖があることに気づいていなかったのだ。
「ったく、だから気をつけろって言ったんだよ」
「す、すいません」
「この山は崖が多いんだよ。山カフェの前にある大きな崖以外にも、危険な崖はたくさんあるからな」
「急だったので、気づきませんでした……」
「どんだけ死にたいんだよ、お前は」
鼻で笑った後に、藤沢が先頭になってまた歩き出す。今度は迷惑をかけないように、足元を確認しながら慎重に進む。
どんだけ死にたいんだよ……藤沢の言葉が、恵那の頭の中に残っている。
今の瞬間は、決して死んでやろうとは思ってなかったし、この後も藤沢の手伝いをする気で満々だったのに、あんなにわかりやすい危険な道が目に入っていなかったなんて。
まだ潜在的に、死にたい欲を秘めているのだろうか。
完全に自殺したいという欲が消えたわけではないけど、少なくとも今日はそんなことを思ってはいなかったのに……。
恵那は、自分のことが少しだけ怖くなった。
「ふぅー、やっと着いたな。マルナ、無事か?」
「はい、少し疲れましたけど……特に問題はありません」
「そうか。木の枝が刺さったりとか、泥濘にハマって足を捻ったりとかしてないか?」
「大丈夫ですよ。藤沢さん、急に優しくなりましたね」
「ちょっと、さっきは冷たくし過ぎたかなと思って」
照れている顔を隠すように、後ろを向いて反省の色を恵那に見せた。
拠点である山小屋の、その玄関の前で、藤沢はモジモジさせながら柔らかい声を出す。
まさかそんな態度になるとは思わなかった恵那は、にやけてしまう顔つきを我慢できない。
ツンデレな要素が垣間見れた藤沢に、恵那も感謝の言葉を返すことにした。
「いえ、さっきは私が調子に乗ったので。助けてくれてありがとうございました」
「……はい、もうこの話はおしまいな!」
「あ、藤沢さん、照れてる?」
「うるせぇな。畏まって話すと、そりゃ照れるだろ。そんなことより、ハーブはちゃんと持ってるか?」
「大きい声出さないでくださいよ。ちゃんと持ってますから」
落ち着かない様子の藤沢に、しっかりと握っていたレモングラスのハーブを渡した。
収穫したレモングラスが全部あるのを確認してから、靴についている泥を落とす。
ここまで長い距離を歩くと思っていなかった恵那は、安堵の溜息と共に室内に入った。
「よし、じゃあ……作業開始するか!」
「え、作業ってなんですか?」
「ハーブティーに合うお菓子を作っていくんだ」
「え!? ちょっとは休ませてくださいよ!」
「休んでる暇はないぞ。日が落ちたらお客様が来ちまうだろ」
「そ、そんなぁ」
鬼のような藤沢の指示に、恵那はブツブツと文句を言っている。そんなことを全く気にしていない藤沢は、鼻歌交じりで準備を進めていた。
キッチンの前に立ち、貯蔵庫から色々な材料を取り出している。
一体、どんなお菓子を作っていくのか。
藤沢が手際よく作業を進めていくのを見ていたら、恵那のテンションも不思議と上がっていた……。
気がつくと、恵那の右腕を藤沢が掴んでいた。
目の前には、落ちたら死ぬであろう高さの崖がある。
恵那は、風の気持ち良さを感じるがあまり、目の前に崖があることに気づいていなかったのだ。
「ったく、だから気をつけろって言ったんだよ」
「す、すいません」
「この山は崖が多いんだよ。山カフェの前にある大きな崖以外にも、危険な崖はたくさんあるからな」
「急だったので、気づきませんでした……」
「どんだけ死にたいんだよ、お前は」
鼻で笑った後に、藤沢が先頭になってまた歩き出す。今度は迷惑をかけないように、足元を確認しながら慎重に進む。
どんだけ死にたいんだよ……藤沢の言葉が、恵那の頭の中に残っている。
今の瞬間は、決して死んでやろうとは思ってなかったし、この後も藤沢の手伝いをする気で満々だったのに、あんなにわかりやすい危険な道が目に入っていなかったなんて。
まだ潜在的に、死にたい欲を秘めているのだろうか。
完全に自殺したいという欲が消えたわけではないけど、少なくとも今日はそんなことを思ってはいなかったのに……。
恵那は、自分のことが少しだけ怖くなった。
「ふぅー、やっと着いたな。マルナ、無事か?」
「はい、少し疲れましたけど……特に問題はありません」
「そうか。木の枝が刺さったりとか、泥濘にハマって足を捻ったりとかしてないか?」
「大丈夫ですよ。藤沢さん、急に優しくなりましたね」
「ちょっと、さっきは冷たくし過ぎたかなと思って」
照れている顔を隠すように、後ろを向いて反省の色を恵那に見せた。
拠点である山小屋の、その玄関の前で、藤沢はモジモジさせながら柔らかい声を出す。
まさかそんな態度になるとは思わなかった恵那は、にやけてしまう顔つきを我慢できない。
ツンデレな要素が垣間見れた藤沢に、恵那も感謝の言葉を返すことにした。
「いえ、さっきは私が調子に乗ったので。助けてくれてありがとうございました」
「……はい、もうこの話はおしまいな!」
「あ、藤沢さん、照れてる?」
「うるせぇな。畏まって話すと、そりゃ照れるだろ。そんなことより、ハーブはちゃんと持ってるか?」
「大きい声出さないでくださいよ。ちゃんと持ってますから」
落ち着かない様子の藤沢に、しっかりと握っていたレモングラスのハーブを渡した。
収穫したレモングラスが全部あるのを確認してから、靴についている泥を落とす。
ここまで長い距離を歩くと思っていなかった恵那は、安堵の溜息と共に室内に入った。
「よし、じゃあ……作業開始するか!」
「え、作業ってなんですか?」
「ハーブティーに合うお菓子を作っていくんだ」
「え!? ちょっとは休ませてくださいよ!」
「休んでる暇はないぞ。日が落ちたらお客様が来ちまうだろ」
「そ、そんなぁ」
鬼のような藤沢の指示に、恵那はブツブツと文句を言っている。そんなことを全く気にしていない藤沢は、鼻歌交じりで準備を進めていた。
キッチンの前に立ち、貯蔵庫から色々な材料を取り出している。
一体、どんなお菓子を作っていくのか。
藤沢が手際よく作業を進めていくのを見ていたら、恵那のテンションも不思議と上がっていた……。
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