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二日目

ハーブの在り処①

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 山小屋の二階は、布団だけが敷かれているこじんまりとした寝室が、二部屋ある。
 その片方に、恵那は住ませてもらっていた。もう片方は、当然藤沢の寝室だ。
 三角屋根の天井に付いている正方形の小窓から、心地良い朝日が差し込んでくる。
 生きている者には見えないという不思議な山小屋と出会って、一夜が明けた。

 眩い光と、一階から聞こえてくる物音、そしてお味噌の良い香りによって、恵那はパッチリと目が覚める。
 トントンという、包丁がまな板にぶつかる音で、藤沢が一階で何をしているか把握できた。
 恵那は一度だけ思いっきり体を伸ばして、動けるモードに切り替える。
 寝起きだとバレないような明るさを作ってから、すでに活動を開始している藤沢のもとへ、何食わぬ顔をして向かった。

「お、やっと起きたか。寝坊助さん」

「藤沢さんが起きるの早いんですよ」

「毎日ハーブティーを飲んでるとな、良い感じでリラックスできるんだよ」

「私も昨日飲んだんですけど」

「こういうのはな、積み重ねなんだ。マルナも継続して飲んでいれば、寝つきやすくなるかもな」

 キッチンで朝ご飯を作っている藤沢と会話をしながら、いつもの椅子に座る。
 部屋の中は香ばしい匂いと、アロマディフューザーから漂うフローラルの香りが混在していた。
 だけど、別に悪い気はしない。むしろ清潔感を感じる香りなので、恵那にとっては清々しい気持ちになれた。
 心の中で、久しぶりに爽やかな朝を過ごしているなと、実感する。

「もうちょいで、朝飯できるからな。そこでボーっとしとけ」

「ありがとうございます。こんな山奥に住んでるのに、食材とか確保できるんですね」

「まあ、裏ルートってやつさ。マルナはそんなこと気にしなくていいんだよ」

「そ、そうですか……というか、電気も水道も通ってるし。こんな山奥なのに」

「それも、マルナが気にすることじゃないってば。余計なこと考えるなら、手伝ってもらうぞ」

「すいません、黙っておきます」

 何とか有益な情報を得ようと努力しても、藤沢に軽くあしらわれてしまう。
 藤沢についても、このアロマが香る山カフェについても、恵那は知らないことだらけだ。
 非現実的なこの山小屋の謎を、いつかは解明しないといけない。
 恵那の中にある好奇心が、滾るように熱を帯び出した。
 昨日はあんなに死にたかったのに、今はこの山小屋での生活を、恵那なりに楽しもうとしている。

「ほい、お待たせ。たくさん食えよ」
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