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一日目

アロマの香りで成仏を⑤

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 泣きそうな声で、恵那が呟いた。
 それを聞いた藤沢は「またそれかよ」と呟き返す。
 喧嘩とまではいかないレベルの、冷たい空気が流れ出した。
 静寂が二人を包み込むと、蛇口から垂れ落ちる水滴の音だけが部屋に響く。
 居た堪れない表情に変わっている恵那を見て、藤沢は穏やかな声色で話すことを意識した。
 椅子に座った恵那の肩に手を置いて、励ますような言葉をかけ始める。

「いいか、マルナ。ここを訪れる浮遊霊は皆、夜に来るのが通例なんだ」

「……そう、みたいですね」

「だからこそ、まだ明るいうちに訪れたお前に驚いた。ただの自殺志願者には、この山小屋が見えないはずだしな。特異な浮遊霊かと思ったけど、まさか特異な人間だったとは」

「珍しい人なんですね、私」

「そうなんだよ。マルナは浮遊霊と接することができる数少ない人間だ。ちょっと変わった才能だけど、それを絶やしてしまうのはもったいないぞ」

 藤沢なりに考えて、恵那が生きる意味を探してくれた。この山小屋に辿り着いたこと自体が、奇跡に近いということだ。
 変わっているということを強調された恵那は、不気味な笑みを浮かべるだけ。
 そんな理由なんかでは、生きようとは思えないのだった。
 話を本気で受け止めていないのが伝わってくる藤沢は、咳払いを一つだけする。一直線に恵那を見る瞳からは、真面目さが前面に押し出されていた。
 真剣モードのスイッチが急に押されたのか、今度は猫のような甘い声で、恵那に追撃の質問をした。

「どうして……そんなに死にたいんだ?」

 今更ながらの単純な質問に、目を丸くさせる恵那。
 この自殺スポットに来た理由……それをまだ、藤沢には言っていなかった。
 ピントが合っていた藤沢の目を、ちゃんと見つめ直しながら、真似するように咳払いを一度だけする。
 頭の中で巴先輩のことを思い浮かべながら、死にたくなった理由を説明した。

「ずっとずっと、好きだった先輩がいました。簡潔に言うと、その先輩が行方不明になったからです」

「行方不明? ってことは、その先輩もこの自殺スポットに?」

「きっと……いや、間違いなくそうだと思います。私はその先輩を追って、ここに来たんです」

「何でわかるんだよ、その先輩が自殺したなんて」

「そ、それは……」

 ぼんやりと思い浮かべていた先輩の虚像が、段々と濃くなっていく。
 藤沢に上手く説明できないと、この先の道に進ませてくれないだろう。
 巴先輩の顔や声、そして表情までを細かく思い出して、その根拠を伝えた。
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