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一日目

夜の訪問者④

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「では茂木様、そろそろ飲みやすくなったと思います。お召し上がりください」

「そうですね、いただきます」

 唇で温度を確認するように、ゆっくりとお茶の表面に近づく。
 一度口につけた後、もう熱くないと感じたのだろう。今度は躊躇なく啜った。
 舌で転がすように味を確かめた後、ゴクッと噛みしめるように飲み込む。
 体内に染み渡るのを体感しているのか、しばらく目を瞑ったまま何も言葉にはしなかった。その様子を、恵那と藤沢は黙って見ている。
 フゥーと息を吐いた茂木に、藤沢は真剣な顔つきで新たな話を切り出した。

「それで……茂木様の人生は、一体どんなものだったのでしょうか」

 これまでとは違う、藤沢のシリアスな口調。そんな内容、お客様に聞いていいのか。恵那はキッチンから、二人の様子を見届けている。
 お客様の人生に切り込むなんて、ただのカフェ店員がすることじゃない。
 恵那は藤沢が始めた人生相談のようなノリに、疑問を感じた。

「そうですね……一言で言うと、無駄な人生だったかな」

「無駄……ですか」

 茂木が藤沢の問いに答えているのを見て、恵那は唖然とした。
 この不思議な山カフェは、こんなスタイルでやっていたのか。
 見た目がチャラついている藤沢からは、想像ができないようなスタイルのカフェだ。
 とは言っても、恵那も他人の人生には興味がある。
 恵那自体が人生に絶望しているのだから、この底気味悪い山を登ってしまうほど堕ちた人間の人生を聞いてみたかった。
 きっと、恵那に似た心の膿が、露になるはずだ。
 会話に参加するつもりはないけれど、恵那も茂木の人生について、しっかりと聞き入れてみようと思えた。

「一体何が、無駄だったと思わせたのでしょうか?」

「……私、不倫してたんですね」

「な、なるほど」

「私は独身だったんですけど、相手には奥さんがいて」

 この茂木という女性は……恵那の予想だと二十代後半くらいのお姉さんだ。
 整った顔つきをしていて、手足もスラっと長い。目もパッチリとしていて、まさにモデルのような風貌なのに、そんな泥沼な問題を抱えているなんて。
 若干高校二年生の恵那にとって、この話は刺激が強いとは思いつつも、余計に興味が湧いてしまう。
 どうして茂木が、人生を無駄にしたと後悔しているのか。
 その訳を、早く知りたいという欲が、恵那の中に生まれてきてしまっていた。

「茂木様は、不倫が原因で、人生を壊してしまったと?」

「その通りです。相手は、会社の上司でした。たった一夜の過ちが、私を狂わせたんです」
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