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一日目
夜の訪問者②
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勝手に決められたあだ名。そして、今更ながらに知った男の名前。
恵那は、人生で一度も呼ばれたことがない『マルナ』というあだ名をつけられた。
男のことは『藤沢さん』と呼ばなければいけないらしい。
これからは仕事中になるわけだから、恵那もそれには従おうと思えた。
「お客様、大変お待たせしました。当店はハーブティー専門のカフェでございます。まず初めに、今のご気分を教えていただけますでしょうか」
「今の気分……ですか」
お客様である女性の前で立ち膝をついて、下から見上げるように様子を伺う。その紳士的な佇まいは、それこそホストのように甘かった。
接客モードに変わった藤沢を見て、恵那にも仕事中だという自我が芽生える。
数時間前までは、今日で人生が終わると思っていたのに、まさかバイトをすることになるとは。
あまりにも予測不能過ぎて、恵那は現状を整理することができないでいた。
とにかく、藤沢の言う通りにするだけだ。
藤沢の問いかけに対して少し考えた後、女性も小さく口を開いた。
「今は、どんよりとした気分です……」
その覇気のない声で、女性の精神状態を察することが容易にできた。
よく見ると、女性のスニーカーには、まだ新しめの泥が付着している。
まさか、この女性も恵那と同じ自殺志願者なのか……。
恵那は心の中で、もしかしたら同族なのかもしれないという見方をするようになった。
そうじゃないと、こんな特殊ルート、通ってはこないだろう。
噂の自殺スポットを目掛けて来ただけで、この山小屋を訪れたのはただの興味本位。
恵那は、自分と同じような不安定さを、この女性も抱えているように思えた。
「どんよりとした気分……ですね。かしこまりました。ただいま、お客様にピッタリなハーブティーをお持ちします」
藤沢はスマートに一礼をした後に、恵那が突っ立っているキッチンの中に入っていく。
手で払うように恵那をキッチンの外に出すと、そのままの流れで貯蔵庫を開けた。中から保存用の瓶を取り出して、蓋を軽い力で捻る。
瓶の中には、恵那には判断のつかない緑色のハーブが入っており、藤沢は何枚か取り出してティーポッドの中に入れた。
まだ新鮮なハーブだということは、恵那でもわかる。色味が、明らかに鮮やかだった。
お湯が注がれていく様子をじーっと見ていたところで、藤沢の小言が飛んでくる。
「何ボーっとしてんだよ。ほら、お客様と話してこい」
「話す? 私が?」
「そうだってば。お客様を退屈にさせるなよ、早く行け」
「わ、わかりましたよ!」
恵那は、人生で一度も呼ばれたことがない『マルナ』というあだ名をつけられた。
男のことは『藤沢さん』と呼ばなければいけないらしい。
これからは仕事中になるわけだから、恵那もそれには従おうと思えた。
「お客様、大変お待たせしました。当店はハーブティー専門のカフェでございます。まず初めに、今のご気分を教えていただけますでしょうか」
「今の気分……ですか」
お客様である女性の前で立ち膝をついて、下から見上げるように様子を伺う。その紳士的な佇まいは、それこそホストのように甘かった。
接客モードに変わった藤沢を見て、恵那にも仕事中だという自我が芽生える。
数時間前までは、今日で人生が終わると思っていたのに、まさかバイトをすることになるとは。
あまりにも予測不能過ぎて、恵那は現状を整理することができないでいた。
とにかく、藤沢の言う通りにするだけだ。
藤沢の問いかけに対して少し考えた後、女性も小さく口を開いた。
「今は、どんよりとした気分です……」
その覇気のない声で、女性の精神状態を察することが容易にできた。
よく見ると、女性のスニーカーには、まだ新しめの泥が付着している。
まさか、この女性も恵那と同じ自殺志願者なのか……。
恵那は心の中で、もしかしたら同族なのかもしれないという見方をするようになった。
そうじゃないと、こんな特殊ルート、通ってはこないだろう。
噂の自殺スポットを目掛けて来ただけで、この山小屋を訪れたのはただの興味本位。
恵那は、自分と同じような不安定さを、この女性も抱えているように思えた。
「どんよりとした気分……ですね。かしこまりました。ただいま、お客様にピッタリなハーブティーをお持ちします」
藤沢はスマートに一礼をした後に、恵那が突っ立っているキッチンの中に入っていく。
手で払うように恵那をキッチンの外に出すと、そのままの流れで貯蔵庫を開けた。中から保存用の瓶を取り出して、蓋を軽い力で捻る。
瓶の中には、恵那には判断のつかない緑色のハーブが入っており、藤沢は何枚か取り出してティーポッドの中に入れた。
まだ新鮮なハーブだということは、恵那でもわかる。色味が、明らかに鮮やかだった。
お湯が注がれていく様子をじーっと見ていたところで、藤沢の小言が飛んでくる。
「何ボーっとしてんだよ。ほら、お客様と話してこい」
「話す? 私が?」
「そうだってば。お客様を退屈にさせるなよ、早く行け」
「わ、わかりましたよ!」
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