浮遊霊は山カフェに辿り着く ～アロマとハーブティーで成仏を～

一日目

街の噂②

　一ノ瀬山の神隠し……。
　この街の裏サイトに書いてある、奇妙な噂。
　恵那はその話を、もうとっくに知っていた。そして、ネットで検索すれば簡単に知り得ることができる情報で騒いでいるみんなに、僅かな哀れみを覚えていた。
　恵那は、さらにもう一段上の噂を、知っているからだ。

　事の発端は、五年前に街一番の美人と噂されていた社長令嬢が、突然行方不明になったことがきっかけだ。
　当時、大学生だった大企業の娘が失踪したというニュースは、街の中だけではなく日本中でも話題になった。
　最後にその女性を見た目撃者によると、女性は綺麗なドレスを着たまま、一ノ瀬山に向かったという。生気を失ったような顔で一ノ瀬山に向かい、結局帰ってこなかった……。
　いくら捜索しても社長令嬢は見つからなかったため、その山の神隠しにあったんだと言われるようになったのだ。
　それ以来、街から行方不明者が出る度に、一ノ瀬山の祟りのせいにされている。
　
　だけど、それにはもう一つの噂があった。このもう一つの噂は、誰もが知っているような問題ではない。
　それは、一ノ瀬山を五合目まで登った所に、不思議な抜け道があるということ。
　木々が生い茂っていて、本来だったら進むことを躊躇するような狭い道だが、枝葉をかき分けるように進むと、綺麗な断崖絶壁に突き当たる。崖の下は粘度の高い沼で、飛び降りた者の姿は二度と見られなくなるだろう。
　そのスポットに辿り着いた者の精神状態は正常ではなく、皆が思い詰めたような顔をしているという……。

　……そう。
　一ノ瀬山の神隠しなんて、ただのデマに過ぎなかった。
　正確には、一ノ瀬山にある断崖絶壁へと自殺志願者が向かっているだけで、人が消えたわけでも、祟りに遭っているわけでもない。
　死を決意した者たちが、その沼に飛び込んでいるだけなのだ。
　それを一部のオカルトマニアが、一ノ瀬山の神隠しとして、面白可笑しく風説を流しているだけ。
　この隠れた真実を知っているからこそ、神隠しという言葉に踊らされている生徒たちを、恵那は不憫で仕方ないと思っていた……。


「貴様ら、いい加減にしろっ！！　何回注意させるつもりだ！　そんなに授業が嫌なら全員帰ればいいじゃないか！」


　教科書を机に叩きつけながら、山下先生はクラス中に睨みを利かせている。
　山下先生のこんなに怒っているところを見たことがない恵那は、バンッという野蛮な音と共に、即座に顔を上げた。
　今の今まで祭り事のようにうるさかったのに、おじいちゃん先生の見違えるような形相に、クラスは飲まれるように声を失った。

「ったく、今日はもうこれで終わり。次からは全員、心を入れ替えるように」