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最終章 おふくろの味 ~北海道味噌の石狩風みそ汁~

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「それで、春風君は何しに来たの? もしかして、私もうクビになった?」

 店内を見渡している春風に、アキが話を変えるように聞く。
 春風はサリから受け取ったおしぼりで手を拭きながら、「いや……」と歯切れ悪く返した。
 人間に転生して、ビジネスマンをしながら神様の仕事をこなす。この世界の仕事の話を神様とするのは、どうにも不思議だ。
 でも、同僚だった春風しか知らないアキは、会社の話をするしかなかった。
 まだ、神様だったんだねと聞くところまで、踏み切れないでいる。

「心配で見に来たんだ。胡桃が生きる道を選んだのにも関わらず、全然社会復帰してこないから」

 クールに話す春風に、ドキッとさせられる。アキは「そっか、ごめんね」と小さい声で謝った。
 二人の空間が流れようとしたところで、サリは割烹着の紐を結び直して、手を動かし始めた。
 猫神様が、アキと春風のちょうど間にぴょこんと参上する。
 そのまま、春風に話しかけた。

「お前さん、だいぶこの世界に馴染んでるなぁ。人間の仕事もひょうひょうとこなせるなんて」
「……ああ。あなたも、上手に話せてすごいな。話には聞いていたけど、こんなにもしっかりとした白猫になれるなんて」
「これが運命ってやつだよ。猫の姿も悪くないぞ? お気楽だし、身軽だしな」
「それは言えてるな」

 神様同士の会話を聞きながら、サリは何から春風に聞こうか考えている。
 一番最初に思い浮かんだことを、素直に聞くべきだと思う。アキは、猫神様と春風の会話をぶった切るように聞いた。

「あの、私もこのお店に居候させてもらって、神様の存在や仕事は理解したつもり。春風君は……そもそも神様なの? このお店を紹介してくれたってことは、神様なのかなって勝手に判断しているけど」

 いつしか、春風のことを神様だと思うようになっていた。
 アキが死を避けて生きることにしたのは、このみそ汁食堂を教えてくれた春風が何者か知るまでは、死ねないなと思ったから。
 サリやネト、そして猫神様と接していくうちに、春風もそういう存在なんだと信じ込んでいた。
 今、改めて聞く。
 春風は、神様なのか……。
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