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4章 八丁味噌の豆乳味噌スープ 〜挽肉とブロッコリーと香るごま油〜

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 神様は、人間だった時の記憶を思い出すと、成仏してしまう。
 ネトは「最後の一口を飲む前に、みそ汁の表面を見てくれ」と告げる。
 クリーミーにも見えるみそ汁の表面には、小さかった頃の羽根田とその母が仲睦まじく食卓を囲んでいる様子が映し出されていた。

「ははは……なんだかんだで、幸せだったな。私も」
「家族と飯を食べていたことが、一生忘れられない思い出ってことだな」
「そうみたいだ……お兄さんありがとう。楽にならせてもらうよ」

 ひと口啜って、ゴクリと飲み込む。ネトが「お疲れさん」と返し、羽根田は小さく笑った。
 湯気がもう一度立ち上がったのか、それとも羽根田の体から出ている光なのか、アキの目には判断がついていない。
 細やかな粒子は羽根田を消していき、数秒後には汁椀しか存在しなくなった。
 羽根田の神様としての活動は、これにて終了みたいだ。

「神様まで……あの世に送っちゃうなんて。さすが死神」

 アキが我慢できずに落とした言葉を、ネトは気が悪そうに拾い上げた。
 八重歯が牙になって見える。アキに噛みつくように反論した。

「これに関しては誰がこっち側やってもあの世行きだろ。羽根田さん自身がもう疲れてたんだぞ」
「サリさんだったら、もう少し活動してみたらって言うかもしれないですよ」
「鬼かよあいつは。これで良かったんだよ」

 アキと羽根田が使った食器類を洗いながら、ちょっと疲れたように目線を下げるネト。
 羽根田が消えてしまったのを見てしまったアキは、唐突に春風のことを思い出した。

「春風君も、本当は成仏したいのかな」

 ネトはこぼれたアキの言葉を聞いて蛇口を閉めた。
 水の音がしなくなって静かになった店内に、ネトの低くて神妙な声が響く。

「もしかしたら、その子も昔の記憶を取り戻したいのかもしれないな」
「え?」
「……神様っていうのは、意外と精神的に辛いんだろ」
「ネトさんも神様じゃないですか」
「俺は……まあ好き勝手やってるから、どうでもいいけど」

 アキは「なんだ」とちょっと残念そうに口を尖らせた。
 もしネトにも辛いことがあるのなら、話し相手になろうと思っていたのに。
 弱みを見せないネトに少しがっかりする。

 羽根田がいなくなり……一日が終わりを迎えようとしている。
 人が消えていく様をここまで見てきて、アキの中の不安も加速した。

 いつまでここにいるのか。
 春風に会いたい。人間の姿ではなく、羽根田みたく神様とわかった状態で……。
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