上 下
15 / 96
1章 麦味噌の記憶 〜つみれと大根とほんのり生姜〜

しおりを挟む
 父を思い出し、涙がこみ上げる。
 アキは不幸な人生の発端を父にぶつけていたことを、今更ながらに後悔した。
 父はアキを幸せにしようと努力していた。それを無下にしたのは、紛れもなくアキ自身だったのだ。

「父に……会いたい」

 アキが呟き、それを合図に猫神様の口が開いた。
 サリはもう一度カウンター内にある椅子に座って、話す番を猫神様に渡した。

「お前の人生は、確かに不幸の連続だったな。もしかしたら、今後もそれが続くかもしれない」
「……いいことなんて、一つもないような気がします」
「ここはお前のこれからを導く場所だ。悲しみの中生きていくか? それとも死んで楽になるか? 決めるのはお前自身だ」

 決めるのはアキ自身……この店は冥土と繋がっている。
 父のもとへ行くか? このまま生きていても、自分にとって何のメリットもない気がする。
 まさか今後を選べるなんて、本当に不思議な世界に迷い込んだものだ。
 アキは冷静に今を分析していた。

「決めたら、生きるか死ぬか、どっちかを思い浮かべながら……残りのみそ汁を平らげてくれ」

 冥土って、心地良い場所なのかな……。
 目を瞑り『生』と『死』の二択で迷いながら、みそ汁茶碗に口をつける。
 冷めていたはずなのに、不思議と温度が戻っていた。構いもせずに、口の中に全てを含んだ。
 亡き父のことを思い浮かべて、ゴクリと飲み込む。

「……それでいいのね?」

 アキの体が白い蒸気に包まれる。
 体の芯から熱くなってくるみたいだ。後悔はない。
 アキはサリの問いかけに「はい」と答え、口元を緩ませた。

 蒸気はアキを覆い、サリからも猫神様からも見えないくらいに真っ白くなる。
 そのまま蒸気は天井に昇っていき、そして沈黙と共に消えていった。
 アキはこれまでの人生を思い返していた。
 少なからず、まったく愛されなかったわけではない。惜しい人生だったのだ。
 もう少し家庭環境が良ければ、きっと死にたいと思うまではならなかっただろう。

 死を受け入れる。
 死んだ方がマシだ。

 ……でも待てよ?

 そういえば、どうして春風はこの不思議なお店を知っていたんだろう……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:334

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

KBT
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:383

のまどさん家は山守りめし屋

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

漢方薬局「泡影堂」調剤録

BL / 連載中 24h.ポイント:356pt お気に入り:1

(アルファ版)新米薬師の診療録

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:8

恋したら、料理男子にかこまれました

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

猫が作る魚料理

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...