坂の上のサロン ～英国式リフレクソロジー～

最終話 相武ミオの春

⑱

　元井さんって、攻撃的にもなれるのか。ちょっと意外だった。それに、優斗と真逆な実直さが伝わってくる。その熱量に感化され、私は息を飲んでいた。
　圧倒されている私を見て、元井さんは我に返ったように謝り出す。
「あ、申し訳ありません！　別れたとはいえ、彼氏さんのことを悪く言われるのは良い気がしないですよね？　つい興奮してしまいました」
「い、いいえ！　彼が悪いのは事実ですし、私の味方であってくれて嬉しいです」
　なら良かったと、元井さんはフゥーと息を吐いた。再び、足の裏の刺激を再開させる。
　軽度の緊張感があったこの空間も、元井さんの深呼吸で少し和む。
　私は元井さんの方を見るのを止め、もう一度天井に目線を移した。閉じ込めていた虚無感が、一気に襲ってくる。
　私は一人になってしまったのだ。会社の先輩に、まだ若いのだからたくさん恋愛した方が良いよと、アドバイスされたことを思い出す。その時心に思ったのは、私は一人の人と一生を遂げる気でいる。だからそんなアドバイス聞かなくていいや。こう思った。
　喧嘩しても、優斗が私に関心がなくなったとしても、結局は優斗と一緒になる運命だったと、そう思っていたのに。それがなくなった。未練はないと思っていたのに、悲しい。悲しくて、涙が出てきそうだ……。

――その時、足裏から手の感覚が消えた。

「これ、使ってください」
「え……」
　頬を伝っていく涙。これにいち早く気づいた元井さんが、足裏への施術を中断して、私の手にタオルを渡してくれた。
　その元井さんの表情に、既視感を覚える。
　私は、この光景を見たことがある気がする。この優しさ、タオルの温もり。
　初めてじゃない。涙を拭き取ってから、前を見る。そこには元井さんがいた。心配そうな顔をしてくれていたけど、私が大丈夫だとわかるとすぐに、施術に戻ってくれた。
「あ、あの……」
　確かじゃないけど、聞いてみることにする。ずっと引っかかっていたことを。
「どうしました？」
「前に修学旅行でここら辺を訪れた時、あるカフェにお世話になりました。ゲリラ豪雨に見舞われて、当時の班のみんなと逸れた時、雨が止むまで雨宿りさせてくれて」