坂の上のサロン ~英国式リフレクソロジー~

成木沢 遥

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第三話 遠山蘭子の冬

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「大丈夫ですか?」
 辛そうな彼は指でオッケーサインを作り、私を安心させた。
 落ち着いた後に、もう一口紅茶を飲み込んでから、また話し出す。
「じゃあ、そろそろ続き読んでみる? 四章まで読んだ?」
「はい。残りは最終章のみです」
「わかった。最後の展開に注目してね」
 その言葉を合図に、もう一度集中タイムを作る。彼の書く連作短編は、流れがスムーズ且つわかりやすい。
 奇をてらった仕掛けなどはなく、人間の本質を意識して書いていると思われた。各章で出てくる登場人物全員に芯のある考え方があって、しかも読み手に訴求したい部分が上手に表現されている。
 最終章もそうかなと思ったけど、期待は裏切られた。
 最終章の中身は恋に発展するかしないかの男女の心情が書かれている、ちゃんとした恋愛ものだった。
「系統が変わりましたね……」
 思わず呟いた独り言。もちろん彼はそれを拾わない。
 各章の中で一番引き込まれた。恋の甘さや辛さを書いているわけではない。私自身も興味深い、男女の駆け引きがテーマだ。
 でも、若い女性アーティストが歌詞の中で言っているような、スマホでメッセージを送り合う時のあるあるに共感してもらうとか、そういうレベルではない。
 気持ちを伝えるのが下手くそな男の、シンプルな心理戦。気持ちは伝わっているだろうかとか、不安でグラグラな心理状況を吐露している主人公が書かれている。
 何だか、彼そのものの繊細な感情を書き連ねているみたいだ。

「どう、だった?」
 最後まで読み終えた私は、テーブルの上に最後の原稿を置く。
 置いたと同時に、彼が感想を聞いてきた。早く聞きたくてうずうずしているみたいだ。
 私は息を一つ吐いた後、率直に浮かんだ感想を、忌憚なく発しようと思えた。
「面白かったです! 特に最後の章が!」
「……本当? 良かった、全部力を込めて書いたけど、最終章は個人的な想いも乗せて書いたから」
 個人的な想い……恋に臆病な男の主人公が、天真爛漫で夢を応援してくれる女の子を好きになる話。
 しかも主人公の男のナイーブさは、まるで彼そっくりだ。
 彼が自分自身を主人公にしていたとしたら、この話の女の子のモデルは誰……まさか、私?
 そこまで考えが行き着いて、心臓の鼓動が激しくなってしまう。何とか言葉を返さないと。
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