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謀反

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 英麟が宣室殿近くを通ると周囲に煌々とかがり火がたてられ、さっきまでの静寂な夜のしじまが掻き乱されていた。
 かがり火から巻き上がる白煙が夜空を霞ませ、パチパチと薪が爆ぜる音と、馬のいななきが宣室殿を覆っていた。

「何事だ」

 見知った顔に言葉をかける。
 男は、羌士忠の部下で禁軍を預かる将軍の袁壮だ。

「陛下っ!」

 将軍を始め、周囲の兵士たちが叩頭する。

「羌大将軍のご下命により、防備に当たっております……」
「防備? 何故だ。賊でも入ったのか」
「実は、経綸殿が謀反とのことでございます!」
「経綸が!?」

 あまりにばかげたことだった。
 確かに経綸は士忠に対して快く思わなかっただろうが、あれは皇太后に左遷されても尚、実直に仕事をこなしつづけ、決して自暴自棄にはならなかったのだ。
 そんな男が、謀反など企むはずがない。

「士忠はどこだ!」
「大将軍は御自ら、賊の屋敷に向かった次第でございます」
「誰か、馬を引けっ!」
「陛下、なりません。羌将軍より陛下をこちらにお守りせよとの……」
「いいから、黙ってついてこいっ!」
「は、ははっ!」

 拱手した将軍を引き連れ、英麟は夜着のまま馬に跨がり硬く護られている宮門へ向かう。

「陛下の出御である。門を開けよっ!」

 袁壮の怒声でようやく門が開かれるが、一つ一つの門はまるで、三十丈もあろうかという巨人のために誂えられたような巨大なものだから、通り抜けられる幅まで開くのをじりじりとした思いで待たなければならない。
 経綸の屋敷は官庁街の一角にある。

(士忠め、どうして俺に一言いわなかったんだっ!)

 ようやく兵士の集団が見えてきた。
 掲げられた『羌』の軍旗が夜風に靡いている。
 空気は緊迫している。

「士忠はどこだ、朕だっ!」

 英麟はその集団の中に馬ごと乗り入れ、叫んだ。
 すると、今しも屋敷から縄目を打たれた経綸やその家族が庭先に引き出され、首を打たれようというところだった。

「やめよっ!」
「陛下!?」

 場がざわつく。
 それもそのはずだ。
 今の英麟は髪を振り乱し、夜着は着崩れ、とても皇帝にあるべき姿ではなかった。
 しかしそんなことなど英麟は気にせず馬から下りると、兵士たちが並べて叩頭するのも一顧だにせず、庭先に踏み出した。

「士忠、これはどういうことだ」
「陛下」

 行儀良く拱手する羌士忠は夜闇の中でもはっきりとうかがえる軍装だった。
 魚の鱗を思わせる銀の装飾がかがり火を浴びて乱反射する。

「縄目を解け」
「これは罪人にございます」

 士忠は一歩も譲らないと言わんばかりに、言った。

「証拠は」
「これでございます」

 差し出された紙には、

『朝廷を恣《ほしいまま》にする奸賊・羌士忠を討つ』

 という一文を筆頭に、数名の名前と名前の下に赤い印……血判が捺されていた。
 名前は主に文官だが、都の警察権を預かる軍人の名前もある。

「陛下、違います……これは何かの罠にございます……っ」

 やつれた経綸は仰ぎ見ながら叫んだ。

「他の者たちは」
「すでに、首は落としました」

 かすかに奥歯を噛みしめた。

「陛下、他にも証拠がございます、どうか、屋敷の中へ」
「嘘を申すな!」

 経綸はがなるが、士忠は構わず、英麟を導いた。
 そして室内に入るなり、膝を折った。

「証拠は?」
「ございません」
「朕を騙したのか」
「……外には他の者の目もございます」
「では証拠はこれだけということか? 誰もが偽装できそうなものだけで、朕の臣の首を落としたのかっ」
「全ては陛下の為と、小臣は決意いたしまいた」
「では、何故朕に一言言わなかった!」
「私は大将軍という栄職を陛下より預かりました。ここに動員しましたものは、私の一存にて動かせる兵でございます」
「経綸は一国の宰相だぞ!?」

 かすかに目を上げた士忠の眼差しのなかにある光は強い。
 自分のやっていることを決して悔いないものの目だ。

「陛下は、わざわざ皇太后に左遷された経綸殿をふたたび登用するほど、買っておいでです。今のお言葉のように経綸殿の罪を認められないだろうと……しかし、乱が実際に起きてからでは遅いのです。実際、この反乱に関与した将軍の屋敷からは、多くの武器や武具が発見されております。今すぐにと仰せならば、その者の屋敷へ是非、ご案内したく存じます。もし、陛下が小臣を許さないと仰せなら、どうか、罪を問うてくださいませ。ただ、部下たちは私の命で動いたのです。決して罪はございません……っ」

 かすかな間をおき、

「……このたびの出馬はともかく、朕の臣を勝手に成敗したことは不問に付す」
「ありがたき幸せっ」

 士忠は叩頭した。

「このあと、乱に関与したものの屋敷からでたという武具を見せよ」
「はっ」
「それから、経綸についてだが、獄につなげ。家族は都より放逐せよ。――それからこれ以降は勝手なことはいたすな。よいな」

 英麟は士忠とともに屋敷の外に出る。

「経綸は獄へつなげ。その家族は都より追放する。陛下のご下命であるっ!」

 都の空に、「応ッ!」という将兵の声がとどろき渡った。

(経綸、すまん……)

 今は、士忠の弁を過ちだとは言えない。
 たとえ皇帝であったとしても罪の疑いがあるものを問答無用に許すようなことになれば、臣下から反発を買うことになる。それを強引にすすめれば」それこそ、皇太后の再来と思われかねない。
 経綸の命を守るにはこのやり方しかなかった。
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