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番外編~お前の世話をさせてくれ
④:奮闘劇
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「それじゃ、何をすればいいんだ」
少年少女たちから期待に輝く視線を一身に受ける。
「……まあ、とりあえず」
「とりあえず?」
男子たちがずいっと前のめりになる。
「話し合いだ」
「は、話しあい? なんだよそれっ!」
トマスが抗議する。
「何もなければそれにこしたことはないだろう。あきらかにこっちのほうが年齢が低いんだ」
「あんなやつら、話しなんて聞くわけないだろ」
「だから俺がいる。俺が話しをしてみよう」
ジクムントに押し切られ、トマスは不満たらたらながらあの森へと再び向かう。
連中はやっぱり果物を食い散らかしつづけている。
(こいつら、もっと子どもらしく野山でも駆け回ってろよ)
「おい」
トマスと共に、ジクムントは広場へと踏みこんだ。
「な、なんだよ」
ジクムントの迫力ある姿に、それまで夢中で手も口も果汁でベトベトにしていた少年たちがびっくりしたみたいに後退り、リーダー格のふてぶてしそうな少年のもとへ集まる。
「話しがある」
「なんだよ、おっさん!」
少年はふくれた腹をさすりながら起き上がる。
「おっさん……だと?」
「っ」
声をあげると、少年は「ひっ……」と息を呑むが、仲間たちの手前、強気に目尻を釣り上げ、ジクムントではなく、その隣のトマスを睨んだ。
「お、お前、農村《アソル》のやつだろっ」
トマスは息を呑んだが、すぐに声をあげる。
「た、頼むよ、日替わりでいいんだ……この森はみんなの森……だろ……?」
「うるせえ! 大人を連れてきやがって!
おっさん、俺のこと、誰だか知ってんのかっ!」
ガキは興奮のあまり頬を上気させる。
「誰かどうかは関係ない。子ども同士、仲良く遊べ」
「俺はな! 貴族なんだ! お前みたいなちんぴら風情、怖かねえんだぞっ!」
口元を果汁でヌラヌラさせながら、言い切った。
(なんてふてぶてしいツラをしてんだ……。それにしても貴族はロクでもないやつが多いな)
真っ先に頭に思い浮かんだのはループレヒトのことだ。
(まあ、あんなヤツが生まれるくらいだからな、こういうやつはいて当然か)
「本当に駄目なのか」
「農民風情がえらそうに! 這いつくばって、お願いしますといったら考えてやらないけどな!」
「……分かった」
ジクムントが少し動くと、少年は大げさにびくっとなった。
しかしまさか殴りかかるはずもなくトマスをつれ、引き下がった。
「やーい! やーい!」
「農民のくせに、逆らうんじゃねえぞ!」
「だらしねえ大人だな、すっげびびってたぞ!」
子ども連中の腹立たしい囃し声が響くのも無視して、再び集合場所へ戻る。
「ゆるせねえよ、あいつらっ!」
トマスは怒りに拳を硬く握る。
「そうだな、あのまま増長させたら何をするかわからないな」
特に、あの貴族のガキだ。貴族だというのが本当だろうが、嘘だろうが関係ない。
ここいらで少しは痛い目を見る必要がある。
「よし、連中を追い払うぞ。作戦会議だ」
まず全員の名前、年齢を確認する。年少組は二人一組にして、引率の年上を一人つける。
そうすると3人・3人・2人の三チームに分けられる。
「今回は俺も参加する」
「え、大人が参加しちゃ駄目なんじゃないのかよ」
「いや、あのバカにはお灸を据えなきゃならないからな。おまえらは周囲の子分どもを頼んだぞ」
ジクムントは枝を手にして地面に地図を描く。
「ここが、あの果樹のある場所だ……」
「え、もうどんな場所か分かるのかよ」
トマスが驚くが、これまで何度も強行偵察任務も数多くこなしているジクムントの頭の中ではすでに地図が存在している。
「まあな。
こっちは年格好どっちも向こうに比べれば劣る。しかしその分、藪のなかに身をひそめることで身を隠せるという利点がある。だから、罠をつくって、そこへおびき出す。
……相手は十人だからな、挑発してまずは相手をバラバラにして追いかけさせるんだ」
「そんな、うまくいくのか?」
「藪に隠れれば向こうからは見つからないだろう。離れた場所からから、からかったりして挑発をするんだ。石をなげつけたりな。
まあそれでもそいつが暴れたりして危なくなったら俺がそうとは分からないよう助太刀してやる」
罠といっても道具なんてなにもないから、窪みをつくったり、草と草とを結んで足をひっかけられるようにしたりする程度しかできないが、こらしめる程度ならそれでいいだろう。
「どうだ? やっぱりやめるか? それでも俺は……」
「やろうぜっ、みんな! あんなやつらに、果物ぜんぶ食べられたくないだろっ。森はみんなのものなんだしっ!」
トマスが声をあげ、子どもたちも大きくうなずく。
「よっし、がんばろう!」
「おーっ!」
戦うにはあまりにも可愛らしい声が響き合った。
■■
「ジャズさん、さっきのあいつらなんだったんですかね」
ジャズと呼ばれた貴族の少年は雑に食べた果物を放り出し、「さあな」と腹を撫でながらつぶやく。
「でも、あいつら、アソルのガキだったよな。農民め。パパに言って、なんとかしてもらわなくちゃな」
「ジャズさんは貴族ですもんね」
「いやあ、すごいなあ。何でもできるんだなんて」
取り巻きたちは感心したように褒めそやせば、ジャズはもっと気が大きくなる。
「当たり前だ。貴族が一番この世界で偉いんだからなっ!」
そうですよね、そうっすよねえ、とジャズとつるんでいる農民の子どもたちがこびへつらう。
その時、
「おい! このブタ野郎っ!」
急な罵倒にジャズは周囲を睨んだ。
「誰だ、今のは!」
「どこに目をつけてんだ、こっちだっ!」
顔を上げると、そこにはさっき目つきの悪い大男と一緒にやってきたアソルのガキがいた。
「悔しかったら捕まえてみろよ、ブタ野郎!」
言うや少年は背を向けて藪のなかへ飛び込んだ。
「捕まえろ!」
ジャズはよだれをとばしながら声をあげた。
取り巻きたちが数人駆け出し、森の向こうへ消えていった。
「くそ、ただじゃすまねえから……痛ぇっ!」
頭に何かがあたる感触があった。小石だった。
「な、なんだっ」
振り返ると、さっきの子どもよりもさらに年下なガキが二人に、それより少し年上の少女がみんなそろって「あっかんべー」をして、小石やら泥団子やらを投げつけてくる。
「なんだ、お前らは!」
鼻息あらく叫べば、「うわー、ブタが怒ったぞ!」と囃しながら逃げていく。
ジャズは肥満してふくれた顔を赤黒くさせ、「てめえら、許さねえぞ!」と叫び、取り巻きたちに追いかけさせる。
気づけば、ジャズはそこで一人きりだった。
周囲からは鳥の鳴き声が遠くに聞こえるほかは、しんと静まりかえる。
まだ日差しのある時間帯なのに、妙に心細くなってしまう。
ジャズはさっき取り巻きの一人に探せてもってこさせた木の棒を掴んだ。
「な、なにやってんだアイツら。たかがガキを捕まえるだけだってのに……!」
寂しいと考えてしまう気持ちを振り払うように、大声で叫んでみる。
しかしやっぱりそれに応じる声はなにもない。
余計、孤独感が強まる。
ジャズは小さな目をきょどきょどさせながら果物を囓《かじ》るが、味もなにもしない。
ガサッとそばの茂みが揺れる音に、
「ひい……!?」
心臓がとまりそうなくらい驚いてしまう。
しかし現れたのは野ウサギだった。
「な、なんだよ、驚かしやがって!」
八つ当たりぎみに怒鳴り、木の棒を放り投げれば、ウサギはびっくりしたように逃げていった。
「くっ……くそ、くそぉっ……なんだ、な、なんなんだよ……っ!」
たまらずジャズは雄叫びをあげてしまう。
それからしばらく何もない時間が流れる。
ジャズは貧乏譲りしながら、
(あいつら、僕にこんな想いをさせて、戻って来たら承知しないぞ……!)
と苛立っていると、「おい」と背後から不意に声をかけられた。
「ーーーーーーーーーーーっ!!!?」
声にならない声をあげ、勢いのままにでんぐりがえった。
すると、背後にいたのはあの大男だった。
その男はさっきまでジャズが座っていた切り株に腰掛ける。
「……お前、貴族なんだってな。姓は」
「……っ」
「おい、答えろ」
「あっ、ああ……ああ……」
「あ? どうしたビビってるのか?」
「アンディーノ……」
「爵位は?」
「だ、男爵……っ」
「なら、たんまりとれそうだな」
「へ……?」
「金だよ、金」
言うや、男は懐からナイフを取り出し、ジャズの喉元につきつけてきた。
「ひいいいいいいいいいい!」
「馬鹿なやつだ。自分から生まれを吹聴してまわるなんざ。俺みたいなヤツに狙ってくださいって言ってるようなもんじゃねえか」
にやりと男は酷薄な笑みを浮かべた。
「あ、あんた、アソルの農民じゃねえのかよっ」
「農業なんざくだらなくてやってられるか。そんなことより手っ取り早く稼げるほうがいいだろうが」
鋭い視線で値踏みされ、心臓が今にも爆発してしまいそうだった。
脂の浮いた頬をナイフの腹でペチペチとやられる。
「いや、お前を殺した方が愉しいかもな。最近、血を見てねえからなあ」
ぺろりと男は唇を舐める。
「ひ、っひいいい……」
ジャズは白目を剥き、ぐったりしてしまう。
股間はみるみる真っ黒にそまっていった。
■■
「ジクムント!」
トマスをはじめようとする子どもたちがわらわらと集まってくる。
みんな、お漏らしをしたジャズを前に、「うわー」と声をあげ、笑い出す。
「――おい、起きろ」
ジクムントは頬をペチペチと叩き、少年を起こす。
「ひ!」
「おい、もう二度とここへは近づくな。もし、……さっきの話しは、本気だからな」
「もしここで見かけたら、お漏らししたことバラしてやるからな!」
トマスが追い打ちをかければ、少年は泣き顔のまま鈍重なあしどりで逃げていった。
「ひとまずこれでいいだろう」
子どもたちは「やったー!」とよろこんだ。
しばらく賑やかな会話が交わされるなか、
「……ジクムント、さん……」
妙に他人行儀な呼び方に眉をあげて振り返れば、トマスたちを筆頭に子どもたちが整列していた。
「ありがとうございます!」
トマスが頭を下げれば、年少組たちも声をそろえて「ありがとーございまーす!」と声をあわせる。
「……お、おう」
ジクムントとしてみれば、どう反応すればいいのか分からず、ぶっきらぼうにうなずくことしかできなかった。
「それじゃ戻るか」
「……眠い」
幼少組が次から次へと目をこすり、ぼやく。
「もう少し我慢しろ」
「いやあっ!」
「……っく」
やっぱりこうなるのか。
涙ぐんだ子どもの視線を受け、ジクムントはかすかに舌打ちをした。
■■
それからアソルに戻ると、すっかり日が暮れようとしていた。
村の入り口にいた子どもたちの親が駆け寄ってくる。
ジクムントは背中に一人、両腕に三人というコブを早々に親へと引き渡す。
「ほぉ、お前さん、子どもたちをものにしようだなあ」
デミスが感心したように言った。
「さあな」
「照れるな照れるな。子どもらの顔をみれば、それくらいのことはすぐに分かる。エイシスにも負けん腕前だな」
「正直、もうこりごりだ」
「えー! またきてくれよっ!」
トマスが叫ぶと子どもたちも異口同音に声をあげた。
「分かった分かった」
ジクムントは子どものキンキン声に耳を塞ぎつつ言った。
「約束だぞ」
「……ああ」
「男同士の、だからな」
その背伸びをした言い方に、かすかに苦笑しながらも、
「分かった。またきてやる」
小指同士を絡ませると、村人からどっさりと渡された野菜や肉、卵と共に馬を一頭借り受け、森へと帰っていった。
■■
「――というわけだ」
「へえ……」
食事と薬を飲むのを見届ける間、ジクムントは今日あったことを話して聞かせたのだった。
エイシスは表情豊かに話しを聞いてくれるから、話し甲斐がある。
「もう、トマスってば一番の悪ガキで手をやいてたのになあ。そんな男らしさがあったのね」
「あいつは良い男になる……まあ、俺には劣るがな」
「え、嫉妬してるの」
「バカ言うな」
「冗談よ」
エイシスはくすくすと微笑んだ。
ジクムントは身を乗り出すと、再びおでこどうしをつきあわせた。
「……ん、熱は下がったみたいだな」
「おかげさまでね」
「こうして、額をあてつづけたらまた、熱があがるか?」
「あ、あのね、私だってこれくらいのスキンシップくらいで、いちいち恥ずかしがったりなんてしないからぁっ!」
「そうかそうか」
「もう……っ!」
ジクムントは笑いながら、エイシスの赤面を満足げに眺めるのだった。
少年少女たちから期待に輝く視線を一身に受ける。
「……まあ、とりあえず」
「とりあえず?」
男子たちがずいっと前のめりになる。
「話し合いだ」
「は、話しあい? なんだよそれっ!」
トマスが抗議する。
「何もなければそれにこしたことはないだろう。あきらかにこっちのほうが年齢が低いんだ」
「あんなやつら、話しなんて聞くわけないだろ」
「だから俺がいる。俺が話しをしてみよう」
ジクムントに押し切られ、トマスは不満たらたらながらあの森へと再び向かう。
連中はやっぱり果物を食い散らかしつづけている。
(こいつら、もっと子どもらしく野山でも駆け回ってろよ)
「おい」
トマスと共に、ジクムントは広場へと踏みこんだ。
「な、なんだよ」
ジクムントの迫力ある姿に、それまで夢中で手も口も果汁でベトベトにしていた少年たちがびっくりしたみたいに後退り、リーダー格のふてぶてしそうな少年のもとへ集まる。
「話しがある」
「なんだよ、おっさん!」
少年はふくれた腹をさすりながら起き上がる。
「おっさん……だと?」
「っ」
声をあげると、少年は「ひっ……」と息を呑むが、仲間たちの手前、強気に目尻を釣り上げ、ジクムントではなく、その隣のトマスを睨んだ。
「お、お前、農村《アソル》のやつだろっ」
トマスは息を呑んだが、すぐに声をあげる。
「た、頼むよ、日替わりでいいんだ……この森はみんなの森……だろ……?」
「うるせえ! 大人を連れてきやがって!
おっさん、俺のこと、誰だか知ってんのかっ!」
ガキは興奮のあまり頬を上気させる。
「誰かどうかは関係ない。子ども同士、仲良く遊べ」
「俺はな! 貴族なんだ! お前みたいなちんぴら風情、怖かねえんだぞっ!」
口元を果汁でヌラヌラさせながら、言い切った。
(なんてふてぶてしいツラをしてんだ……。それにしても貴族はロクでもないやつが多いな)
真っ先に頭に思い浮かんだのはループレヒトのことだ。
(まあ、あんなヤツが生まれるくらいだからな、こういうやつはいて当然か)
「本当に駄目なのか」
「農民風情がえらそうに! 這いつくばって、お願いしますといったら考えてやらないけどな!」
「……分かった」
ジクムントが少し動くと、少年は大げさにびくっとなった。
しかしまさか殴りかかるはずもなくトマスをつれ、引き下がった。
「やーい! やーい!」
「農民のくせに、逆らうんじゃねえぞ!」
「だらしねえ大人だな、すっげびびってたぞ!」
子ども連中の腹立たしい囃し声が響くのも無視して、再び集合場所へ戻る。
「ゆるせねえよ、あいつらっ!」
トマスは怒りに拳を硬く握る。
「そうだな、あのまま増長させたら何をするかわからないな」
特に、あの貴族のガキだ。貴族だというのが本当だろうが、嘘だろうが関係ない。
ここいらで少しは痛い目を見る必要がある。
「よし、連中を追い払うぞ。作戦会議だ」
まず全員の名前、年齢を確認する。年少組は二人一組にして、引率の年上を一人つける。
そうすると3人・3人・2人の三チームに分けられる。
「今回は俺も参加する」
「え、大人が参加しちゃ駄目なんじゃないのかよ」
「いや、あのバカにはお灸を据えなきゃならないからな。おまえらは周囲の子分どもを頼んだぞ」
ジクムントは枝を手にして地面に地図を描く。
「ここが、あの果樹のある場所だ……」
「え、もうどんな場所か分かるのかよ」
トマスが驚くが、これまで何度も強行偵察任務も数多くこなしているジクムントの頭の中ではすでに地図が存在している。
「まあな。
こっちは年格好どっちも向こうに比べれば劣る。しかしその分、藪のなかに身をひそめることで身を隠せるという利点がある。だから、罠をつくって、そこへおびき出す。
……相手は十人だからな、挑発してまずは相手をバラバラにして追いかけさせるんだ」
「そんな、うまくいくのか?」
「藪に隠れれば向こうからは見つからないだろう。離れた場所からから、からかったりして挑発をするんだ。石をなげつけたりな。
まあそれでもそいつが暴れたりして危なくなったら俺がそうとは分からないよう助太刀してやる」
罠といっても道具なんてなにもないから、窪みをつくったり、草と草とを結んで足をひっかけられるようにしたりする程度しかできないが、こらしめる程度ならそれでいいだろう。
「どうだ? やっぱりやめるか? それでも俺は……」
「やろうぜっ、みんな! あんなやつらに、果物ぜんぶ食べられたくないだろっ。森はみんなのものなんだしっ!」
トマスが声をあげ、子どもたちも大きくうなずく。
「よっし、がんばろう!」
「おーっ!」
戦うにはあまりにも可愛らしい声が響き合った。
■■
「ジャズさん、さっきのあいつらなんだったんですかね」
ジャズと呼ばれた貴族の少年は雑に食べた果物を放り出し、「さあな」と腹を撫でながらつぶやく。
「でも、あいつら、アソルのガキだったよな。農民め。パパに言って、なんとかしてもらわなくちゃな」
「ジャズさんは貴族ですもんね」
「いやあ、すごいなあ。何でもできるんだなんて」
取り巻きたちは感心したように褒めそやせば、ジャズはもっと気が大きくなる。
「当たり前だ。貴族が一番この世界で偉いんだからなっ!」
そうですよね、そうっすよねえ、とジャズとつるんでいる農民の子どもたちがこびへつらう。
その時、
「おい! このブタ野郎っ!」
急な罵倒にジャズは周囲を睨んだ。
「誰だ、今のは!」
「どこに目をつけてんだ、こっちだっ!」
顔を上げると、そこにはさっき目つきの悪い大男と一緒にやってきたアソルのガキがいた。
「悔しかったら捕まえてみろよ、ブタ野郎!」
言うや少年は背を向けて藪のなかへ飛び込んだ。
「捕まえろ!」
ジャズはよだれをとばしながら声をあげた。
取り巻きたちが数人駆け出し、森の向こうへ消えていった。
「くそ、ただじゃすまねえから……痛ぇっ!」
頭に何かがあたる感触があった。小石だった。
「な、なんだっ」
振り返ると、さっきの子どもよりもさらに年下なガキが二人に、それより少し年上の少女がみんなそろって「あっかんべー」をして、小石やら泥団子やらを投げつけてくる。
「なんだ、お前らは!」
鼻息あらく叫べば、「うわー、ブタが怒ったぞ!」と囃しながら逃げていく。
ジャズは肥満してふくれた顔を赤黒くさせ、「てめえら、許さねえぞ!」と叫び、取り巻きたちに追いかけさせる。
気づけば、ジャズはそこで一人きりだった。
周囲からは鳥の鳴き声が遠くに聞こえるほかは、しんと静まりかえる。
まだ日差しのある時間帯なのに、妙に心細くなってしまう。
ジャズはさっき取り巻きの一人に探せてもってこさせた木の棒を掴んだ。
「な、なにやってんだアイツら。たかがガキを捕まえるだけだってのに……!」
寂しいと考えてしまう気持ちを振り払うように、大声で叫んでみる。
しかしやっぱりそれに応じる声はなにもない。
余計、孤独感が強まる。
ジャズは小さな目をきょどきょどさせながら果物を囓《かじ》るが、味もなにもしない。
ガサッとそばの茂みが揺れる音に、
「ひい……!?」
心臓がとまりそうなくらい驚いてしまう。
しかし現れたのは野ウサギだった。
「な、なんだよ、驚かしやがって!」
八つ当たりぎみに怒鳴り、木の棒を放り投げれば、ウサギはびっくりしたように逃げていった。
「くっ……くそ、くそぉっ……なんだ、な、なんなんだよ……っ!」
たまらずジャズは雄叫びをあげてしまう。
それからしばらく何もない時間が流れる。
ジャズは貧乏譲りしながら、
(あいつら、僕にこんな想いをさせて、戻って来たら承知しないぞ……!)
と苛立っていると、「おい」と背後から不意に声をかけられた。
「ーーーーーーーーーーーっ!!!?」
声にならない声をあげ、勢いのままにでんぐりがえった。
すると、背後にいたのはあの大男だった。
その男はさっきまでジャズが座っていた切り株に腰掛ける。
「……お前、貴族なんだってな。姓は」
「……っ」
「おい、答えろ」
「あっ、ああ……ああ……」
「あ? どうしたビビってるのか?」
「アンディーノ……」
「爵位は?」
「だ、男爵……っ」
「なら、たんまりとれそうだな」
「へ……?」
「金だよ、金」
言うや、男は懐からナイフを取り出し、ジャズの喉元につきつけてきた。
「ひいいいいいいいいいい!」
「馬鹿なやつだ。自分から生まれを吹聴してまわるなんざ。俺みたいなヤツに狙ってくださいって言ってるようなもんじゃねえか」
にやりと男は酷薄な笑みを浮かべた。
「あ、あんた、アソルの農民じゃねえのかよっ」
「農業なんざくだらなくてやってられるか。そんなことより手っ取り早く稼げるほうがいいだろうが」
鋭い視線で値踏みされ、心臓が今にも爆発してしまいそうだった。
脂の浮いた頬をナイフの腹でペチペチとやられる。
「いや、お前を殺した方が愉しいかもな。最近、血を見てねえからなあ」
ぺろりと男は唇を舐める。
「ひ、っひいいい……」
ジャズは白目を剥き、ぐったりしてしまう。
股間はみるみる真っ黒にそまっていった。
■■
「ジクムント!」
トマスをはじめようとする子どもたちがわらわらと集まってくる。
みんな、お漏らしをしたジャズを前に、「うわー」と声をあげ、笑い出す。
「――おい、起きろ」
ジクムントは頬をペチペチと叩き、少年を起こす。
「ひ!」
「おい、もう二度とここへは近づくな。もし、……さっきの話しは、本気だからな」
「もしここで見かけたら、お漏らししたことバラしてやるからな!」
トマスが追い打ちをかければ、少年は泣き顔のまま鈍重なあしどりで逃げていった。
「ひとまずこれでいいだろう」
子どもたちは「やったー!」とよろこんだ。
しばらく賑やかな会話が交わされるなか、
「……ジクムント、さん……」
妙に他人行儀な呼び方に眉をあげて振り返れば、トマスたちを筆頭に子どもたちが整列していた。
「ありがとうございます!」
トマスが頭を下げれば、年少組たちも声をそろえて「ありがとーございまーす!」と声をあわせる。
「……お、おう」
ジクムントとしてみれば、どう反応すればいいのか分からず、ぶっきらぼうにうなずくことしかできなかった。
「それじゃ戻るか」
「……眠い」
幼少組が次から次へと目をこすり、ぼやく。
「もう少し我慢しろ」
「いやあっ!」
「……っく」
やっぱりこうなるのか。
涙ぐんだ子どもの視線を受け、ジクムントはかすかに舌打ちをした。
■■
それからアソルに戻ると、すっかり日が暮れようとしていた。
村の入り口にいた子どもたちの親が駆け寄ってくる。
ジクムントは背中に一人、両腕に三人というコブを早々に親へと引き渡す。
「ほぉ、お前さん、子どもたちをものにしようだなあ」
デミスが感心したように言った。
「さあな」
「照れるな照れるな。子どもらの顔をみれば、それくらいのことはすぐに分かる。エイシスにも負けん腕前だな」
「正直、もうこりごりだ」
「えー! またきてくれよっ!」
トマスが叫ぶと子どもたちも異口同音に声をあげた。
「分かった分かった」
ジクムントは子どものキンキン声に耳を塞ぎつつ言った。
「約束だぞ」
「……ああ」
「男同士の、だからな」
その背伸びをした言い方に、かすかに苦笑しながらも、
「分かった。またきてやる」
小指同士を絡ませると、村人からどっさりと渡された野菜や肉、卵と共に馬を一頭借り受け、森へと帰っていった。
■■
「――というわけだ」
「へえ……」
食事と薬を飲むのを見届ける間、ジクムントは今日あったことを話して聞かせたのだった。
エイシスは表情豊かに話しを聞いてくれるから、話し甲斐がある。
「もう、トマスってば一番の悪ガキで手をやいてたのになあ。そんな男らしさがあったのね」
「あいつは良い男になる……まあ、俺には劣るがな」
「え、嫉妬してるの」
「バカ言うな」
「冗談よ」
エイシスはくすくすと微笑んだ。
ジクムントは身を乗り出すと、再びおでこどうしをつきあわせた。
「……ん、熱は下がったみたいだな」
「おかげさまでね」
「こうして、額をあてつづけたらまた、熱があがるか?」
「あ、あのね、私だってこれくらいのスキンシップくらいで、いちいち恥ずかしがったりなんてしないからぁっ!」
「そうかそうか」
「もう……っ!」
ジクムントは笑いながら、エイシスの赤面を満足げに眺めるのだった。
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