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3 破談

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「今は重要な席だ。邪魔だ、帰れッ」

 父は敵意に染まった眼差しを向けるが、ギルフォードはまったく動じない。

「何か言いたいことはあるか?」

 温度を感じさせない、敵意を秘めた視線を向けられる。
 一体いつからこんな関係になってしまったのか。胸を締め付けられるような苦しさを感じながら、ジュリアはかつて仲の良かった幼馴染を見た。

「重要とまでは言わないでしょ。それに副官を代理出席させているはずよ」
「あいつでは駄目だ。何の為の会議だと思っている」
「私にとっては見合いも大切な務めなの。それに欠席の申請も認めてられてるわ」
「ハッ。どうせ、今回も失敗するだろう」
「誰のせいで失敗していると思っている! お前がことあるごとに邪魔をするからだろうッ!」

 父がさらに獰猛に吼えると、ギルフォードははじめて目を向けた。

「俺は単に時間の無駄を省いてやっているだけだ。言っておくが、この見合いも失敗だ」
「いいや、成功させるッ!」

 当事者であるジュリアのことなどおかまいなしだ。

 ――もう、騒ぐなら二人だけでやって……。

「無理だ。この男はジュリア以外に、お気に入りがいるようだからな」
「な、なにを! でまを言うな!」

 クリストフが目を見開く。

「ならみせてやる」

 ギルフォードは右手の掌を天井へ向けると、水色の球体が浮かび上がった。
 そこに映像が浮かび上がる。クリストフと、見知らぬ女性が映し出されている。
 二人がいるのはバルコニーで、二人は友人同士にしてはあまりに距離が近すぎるし、両者の服はかなり着崩れている。

『もうそんなに飲んでも平気なのぉ? 明日、お見合いなんでしょぉ?』
『ハッ、平気だ。俺がにこりと笑いかければ、落ちない女はいない。見てろよ。俺は今はまだうだつのあがらない三男だが、公爵家の当主になれば贅沢ができるぞぉ! お前にも欲しいものを買ってやるからなぁ!』
『いやあん、嬉しい~!』

 球体の映像はそこまでで止まる。

「な、なんだ、今のは! ね、捏造だ!」
「相手は、レッドフォード子爵家の令嬢、マリアンヌ。妻帯者だ。今からそいつをここへ引っ張ってきてやってもいいんだぞ」
「……クリストフさん」

 ジュリアは溜息をつく。

「ひいいいいい! ゆ、許してくださいぃぃ! こ、これはほんの出来心でぇぇぇ!」

 クリストフが土下座をする。
 しかし一部始終を両家の親たちもばっちり目撃していた。

「こ、このぉぉぉぉぉ! お前という奴は! またも見合いをぶちこわしたのかあ……!!」

 父が激怒する。はげ上がった頭が茹でダコのように真っ赤に染まった。

「なぜ怒るんだ。褒めて欲しいな。浮気男と結婚するのを防いでやったんだ」

 先方の母親は「なんてことをぉ!」と泣き出すし、ゴーティエ侯爵に関しては茫然自失で言葉も出ない。
「お父様……」

 その時、右手首をがっしりと掴まれた。

「行くぞ」
「ちょ、ちょっと――」

 次の瞬間、そこはホテルの一室ではなく、会議室だった。
 テレポートの魔法だ。
 突然人が現れたことに、会議に出席していた面々があんぐりと口を開けている。

「会議をはじめるぞ」

 ギルフォードはまるで何事もなかったように席に着く。
 さすがにここでギルフォードと揉めるわけにはいかない。
 心の中でうなりながら、ジュリアは結局、座席につかざるをえなかった。

 ◇◇◇

 会議が終わるなり(そしていつもの定例のもので重要な議題は何もなかった)、ジュリアは部屋を出ていこうとするギルフォードを呼び止めた。

「ギル、待って」
「何だ?」
「……あの映像のことはありがとう。助かったわ。ただし、もっと穏便にできたはずよ。相手が誰か分かってるんでしょ」
「官僚派の侯爵の馬鹿息子、だろ」
「それはそうだけど…・ あれのせいで軍人と官僚の間が険悪になるとは考えないの?」
「連中に何かができるとでも? 口ばかり達者で、戦争が起これば、俺たちの後ろに隠れて震えていることしかできない連中だ」
「ギル、どうしてあなたはそう……」
「俺は忙しい。用がないなら話は終わりだ」

 一方的に告げたかと思えば、ギルフォードはテレポートの魔法で消えてしまう。
 一体いつから、ギルフォードはあんな風になってしまったのだろう。

 ジュリアとギルフォードは子どもの頃からの幼馴染。
 しかしジュリアのゼリス家とギルフォードのクリシィール公爵家は不倶戴天の敵同士と言っても過言ではない。
 互いに常に相手よりも高い地位や役職を求め、暗闘を繰り広げているという負の歴史があった。

 陸軍の名門であるゼリス家、そして魔導士の名門クリシィール家。
 両者は戦場で常に競いあい、時に決闘まで行ったが、最終的な決着がつくことはなかった。しかしその負の連鎖はジュリアとギルフォードに関しては受け継がれなかった。
 ジュリアは父親からクリシィールの人間がいかに陰険で陰湿かを聞いて育ったが、ギルフォードを嫌うことはなかった。

 子どもながら紳士的で、優しく、ジュリアが父につけられた稽古で負った怪我を心配してくれ、治癒魔法をかけてくれた。
 ジュリアもまたそんなギルフォードが大好きだった。
 何でも話せる親友であり、切磋琢磨できる好敵手。
 二人の関係は、両家の負の連鎖を断ち切れると信じてもいた。

 しかしいつからか、二人の関係は変わった。
 具体的にいつを境にというのは記憶にないが、ジュリアからしたら突然だった。

 まずギルフォードが笑いかけてくることがなくなり、父がクリシィールの人間に向けるように敵意のこもった眼差しを向けてくるようになった。
 口を開けば皮肉ばかり。心当たりがないから余計に混乱し、困惑した。
 話し合いを持とうとも思っても。ギルフォードに避けられた。

 ――いつまでもこんな関係でいたくはない。

 昔のような関係に戻りたいというのが贅沢であるのならば、それでも構わない。
 でも、このまま父親世代のように憎み合いたくなかった。
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