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第五章 桃園の謀

泰風、皇帝に質《ただ》す

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 日が傾き始めていたが、旬果たちの姿はいつまでも見えなかった。
 泰風は苛立っていた。
(遅すぎるっ!)
 周りの者に聞いた所によれば、皇帝の海棠がある場所まで男の足で、往復一刻ほどだという。それならば当に戻って来ても良いはずだ。

 それが一人も戻ってこない。
 これは何かあったと思う他ない。

 泰風は痺《しび》れを切らし、瑛景が休んでいる幕舎の方へ歩み寄った。
 その出入り口は二人の兵士によって固く守られて、出入り出来るのは世話をする女官か、皇后陛下だ。その皇后陛下は今、別の幕舎で休んでいた。

 泰風の姿を見るや、兵士たちは槍で×の字を作る。
「陛下は休まれている。下がれっ」

 泰風は引き下がらない。
「私は旬果様付きの武官として、陛下に奏上したき儀がございます。どうかお取り次ぎを……」
 だが、兵士たちは頑なだ。
「こちらに立ち入られる者は、皇后陛下の許しがある者のみ。魁夷など論外だ!」
 泰風は二人の兵士を睨み付ければ、二人はやや腰が引けた。
「この時刻になるまで、誰一人としてお戻りになられないのはおかしい! 女性方は皆、すべて陛下の皇后候補の者たち。何かあれば、どう責任を取るつもりだっ!」
「と、とにかく、ここは通せない」
「そんなことを言っている場合かっ!」
「力ずくで押し通ると言うのならば、反逆罪として裁かれるぞっ!」
 旬果が危険な目に遭っているかもしれないのだ。
 反逆罪になろうが何だろうが、構わない。
 泰風は押し通るつもりで、一歩踏み込んだ。
「それがどうした。罪に問われようとも、陛下に――」

 その時。
「――何を騒いでいる……」
 幕舎ごしに聞こえて来た声に、泰風や兵士たちはその場に跪く。
 泰風は声を上げる。
「陛下! 泰風でございます! お目通りを!」
 だが兵士たちに押し返される。
「魁夷《かいい》如きが図に乗るなっ!」

 しかし瑛景は幕舎の向こうから告げる。
「良い。通せ」
 兵士たちは戸惑う。
「し、しかし、皇太后様の御名により……」
「朕が許す。早う致せ」
「……はっ」
 兵士たちは苦虫を噛み潰したような顔で、引き下がった。
 泰風は幕舎に入る。
 瑛景は寝台の上に腰掛けていた。

 泰風は拝礼する。
「泰風。いかがした」
「皇帝の海棠《かいどう》を取りに行かれた旬果様方が、未だお戻りになられません。どうか、私も捜索隊に加わることをお許し下さい」
「その件なら仁傑に任せてある」
「陛下、私は……」
 瑛景は手で制した。
「お前は、手勢もいないであろう。たった一人、加わった所で何も変わらない」
「私は魁夷でございますれば、普通の人間よりも夜目が利きます。間もなく日が落ちます……」
「不要だ」
「旬果様……姉上君が、危険な目に遭われているのかもしれませんっ」
「しつこい。下がれ」

 瑛景は、泰風を一瞥することなく告げた。
(何と冷たい方だ)
 歯噛みしても、無駄だった。引き下がらざるを得なかった。
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