32 / 49
第四章 緋色(ひいろ)の記憶
最後の警告
しおりを挟む
その夜。来訪者があった時、旬果は玄白から渡された本に目を通していた。
扉ごしに泰風から声がかかり、旬果は顔を上げた。
「泰風、どうかした?」
「旬果様。洪周様がいらっしゃっております」
「洪周……?」
「お通しいたしますか」
「……ええ。お願い」
しばらくして、菜鈴が洪周を私室まで案内してくれる。
「ただいま、お茶をお持ちいたします」
と言う菜鈴に、洪周は、
「大丈夫よ。すぐに帰るから」
と告げた。
そして菜鈴が退出すれば、二人きりになる。
洪周は人目を忍ぶように、地味な色の外套を着込んでいた。
妙な緊張感を覚える旬果は、務めて笑顔を作ろうとする。
しかし洪周の向けてくる眼差しは、鋭かった。
そしてその第一声は、怒鳴ってこそいないが、怒りを感じた。
「どういうつもりなの。明日の宴に来るなんて……。いえ。まだここにいるなんて……。早く村へ帰れと何度も忠告したのに……っ」
突然、敵意をぶつけられ、旬果は怯みながらも決して後には引かない。
「私にはやらなくてはいけないことがあるの。だから……」
洪周は笑う。
「やること? まさか、皇后になれると思っているの?」
「田舎出身の村娘で、貴族の生まれではないからなれないって言いたいの?」
「そうよ」
「……でも、陛下は私を召し出して下さったわ」
「あれは、陛下の戯れに過ぎないわ」
どうして、洪周とこんな言い合いをしなければいけないのか。
一時とはいえ、あんなに仲良く話せたはずなのに――。
旬果が黙ったのを期に、洪周はここぞとばかりに責める。
「これが最後の警告よ。あなたが皇后に選ばれることは絶対にありえない。それはあなたの出自だけの問題じゃない。決定権は陛下ではなく、皇太后にあるからよ。皇太后が選ぶのは自分の姪の劉麗。もし劉麗が皇后になれば、逆らったあなたはただでは済まされない。ああいう連中はどんな些細な恨みも忘れない。最悪、故郷に帰ることも難しくなるでしょうね。そうなりたくなければ、皇后候補を辞退なさい」
「……洪周。私のことをわざわざ心配してくれるなんて、ありがとう」
突然感謝の言葉を口にされ、洪周は毒気を抜かれたような表情になる。
「心配? これは警告で……。――あなたは馬鹿よ」
旬果はにこりと微笑んだ。
「そうかも」
「……どうなっても知らないから」
洪周は説得を諦め、部屋を出て行く。
洪周が帰宅したのを見届けた後、泰風や菜鈴が心配して部屋に来てくれた。
泰風が言う。
「洪周様は何と?」
「最後の警告を、してくれたわ」
旬果は何を言われたかを話した。
菜鈴は眉を顰《しか》めた。
「……本当にそれだけですか? 不審ですね……」
「……そうね」
旬果は相槌を打つ。
洪周と話して、悪意は一切感じなかった。本人は否定していたけれど、本当に旬果のことを心配してくれていたように思えた。
扉ごしに泰風から声がかかり、旬果は顔を上げた。
「泰風、どうかした?」
「旬果様。洪周様がいらっしゃっております」
「洪周……?」
「お通しいたしますか」
「……ええ。お願い」
しばらくして、菜鈴が洪周を私室まで案内してくれる。
「ただいま、お茶をお持ちいたします」
と言う菜鈴に、洪周は、
「大丈夫よ。すぐに帰るから」
と告げた。
そして菜鈴が退出すれば、二人きりになる。
洪周は人目を忍ぶように、地味な色の外套を着込んでいた。
妙な緊張感を覚える旬果は、務めて笑顔を作ろうとする。
しかし洪周の向けてくる眼差しは、鋭かった。
そしてその第一声は、怒鳴ってこそいないが、怒りを感じた。
「どういうつもりなの。明日の宴に来るなんて……。いえ。まだここにいるなんて……。早く村へ帰れと何度も忠告したのに……っ」
突然、敵意をぶつけられ、旬果は怯みながらも決して後には引かない。
「私にはやらなくてはいけないことがあるの。だから……」
洪周は笑う。
「やること? まさか、皇后になれると思っているの?」
「田舎出身の村娘で、貴族の生まれではないからなれないって言いたいの?」
「そうよ」
「……でも、陛下は私を召し出して下さったわ」
「あれは、陛下の戯れに過ぎないわ」
どうして、洪周とこんな言い合いをしなければいけないのか。
一時とはいえ、あんなに仲良く話せたはずなのに――。
旬果が黙ったのを期に、洪周はここぞとばかりに責める。
「これが最後の警告よ。あなたが皇后に選ばれることは絶対にありえない。それはあなたの出自だけの問題じゃない。決定権は陛下ではなく、皇太后にあるからよ。皇太后が選ぶのは自分の姪の劉麗。もし劉麗が皇后になれば、逆らったあなたはただでは済まされない。ああいう連中はどんな些細な恨みも忘れない。最悪、故郷に帰ることも難しくなるでしょうね。そうなりたくなければ、皇后候補を辞退なさい」
「……洪周。私のことをわざわざ心配してくれるなんて、ありがとう」
突然感謝の言葉を口にされ、洪周は毒気を抜かれたような表情になる。
「心配? これは警告で……。――あなたは馬鹿よ」
旬果はにこりと微笑んだ。
「そうかも」
「……どうなっても知らないから」
洪周は説得を諦め、部屋を出て行く。
洪周が帰宅したのを見届けた後、泰風や菜鈴が心配して部屋に来てくれた。
泰風が言う。
「洪周様は何と?」
「最後の警告を、してくれたわ」
旬果は何を言われたかを話した。
菜鈴は眉を顰《しか》めた。
「……本当にそれだけですか? 不審ですね……」
「……そうね」
旬果は相槌を打つ。
洪周と話して、悪意は一切感じなかった。本人は否定していたけれど、本当に旬果のことを心配してくれていたように思えた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
男爵家の娘の私が気弱な王子の後宮に呼ばれるなんて何事ですか!?
蒼キるり
恋愛
男爵家の娘という後宮に呼ばれるのに相応しい位ではないミアは何故か皇子の後宮に上がることになる。その皇子はなんとも気弱で大人しく誰にも手が出せないようで!?
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
想い合っている? そうですか、ではお幸せに
四季
恋愛
コルネリア・フレンツェはある日突然訪問者の女性から告げられた。
「実は、私のお腹には彼との子がいるんです」
婚約者の相応しくない振る舞いが判明し、嵐が訪れる。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる