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第四章 緋色(ひいろ)の記憶

最後の警告

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 その夜。来訪者があった時、旬果は玄白から渡された本に目を通していた。
 扉ごしに泰風から声がかかり、旬果は顔を上げた。
「泰風、どうかした?」
「旬果様。洪周様がいらっしゃっております」
「洪周……?」
「お通しいたしますか」
「……ええ。お願い」
 しばらくして、菜鈴が洪周を私室まで案内してくれる。
「ただいま、お茶をお持ちいたします」
 と言う菜鈴に、洪周は、
「大丈夫よ。すぐに帰るから」
 と告げた。

 そして菜鈴が退出すれば、二人きりになる。
 洪周は人目を忍ぶように、地味な色の外套を着込んでいた。
 妙な緊張感を覚える旬果は、務めて笑顔を作ろうとする。

 しかし洪周の向けてくる眼差しは、鋭かった。
 そしてその第一声は、怒鳴ってこそいないが、怒りを感じた。
「どういうつもりなの。明日の宴に来るなんて……。いえ。まだここにいるなんて……。早く村へ帰れと何度も忠告したのに……っ」
 突然、敵意をぶつけられ、旬果は怯みながらも決して後には引かない。
「私にはやらなくてはいけないことがあるの。だから……」
 洪周は笑う。
「やること? まさか、皇后になれると思っているの?」
「田舎出身の村娘で、貴族の生まれではないからなれないって言いたいの?」
「そうよ」
「……でも、陛下は私を召し出して下さったわ」
「あれは、陛下の戯れに過ぎないわ」
 どうして、洪周とこんな言い合いをしなければいけないのか。

 一時とはいえ、あんなに仲良く話せたはずなのに――。
 旬果が黙ったのを期に、洪周はここぞとばかりに責める。
「これが最後の警告よ。あなたが皇后に選ばれることは絶対にありえない。それはあなたの出自だけの問題じゃない。決定権は陛下ではなく、皇太后にあるからよ。皇太后が選ぶのは自分の姪の劉麗。もし劉麗が皇后になれば、逆らったあなたはただでは済まされない。ああいう連中はどんな些細な恨みも忘れない。最悪、故郷に帰ることも難しくなるでしょうね。そうなりたくなければ、皇后候補を辞退なさい」
「……洪周。私のことをわざわざ心配してくれるなんて、ありがとう」

 突然感謝の言葉を口にされ、洪周は毒気を抜かれたような表情になる。
「心配? これは警告で……。――あなたは馬鹿よ」
 旬果はにこりと微笑んだ。
「そうかも」
「……どうなっても知らないから」
 洪周は説得を諦め、部屋を出て行く。
 洪周が帰宅したのを見届けた後、泰風や菜鈴が心配して部屋に来てくれた。

 泰風が言う。
「洪周様は何と?」
「最後の警告を、してくれたわ」
 旬果は何を言われたかを話した。
 菜鈴は眉を顰《しか》めた。
「……本当にそれだけですか? 不審ですね……」
「……そうね」
 旬果は相槌を打つ。
 洪周と話して、悪意は一切感じなかった。本人は否定していたけれど、本当に旬果のことを心配してくれていたように思えた。
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